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なぜ、あの飲食店本を読みたくなるのか(その5)バーのマスターが書く理由

どんな仕事もそうだと思う。新人のころは先輩や大ベテランの仕事ぶりが、すごく余裕のあるものに見えたし、本当に同じ職業を名乗っていいのだろうかと気後れすることもあった。

自分は仕事の中身もスカスカなのに、悩みはつきない。わからないことは聞けと言われても、なにがわからないかがわからないのだ。まるで服を買いに行く服がない状態。(ちょっと違う)。

そんなのは誰もが通る道で、その先にはとくに悩むこともなく周りからも評価される悠然とした世界が開けてるのだと思っていた。そう、ベテランになれば。

だけど、現実は違うらしい。

店をやるという選択肢が人生にあってもいいのかもしれない。そんな気になるbar bossa林さんの売れてる新刊『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』をめぐるインタビュー。(前回はこちら


ということがわかってきたのは、自分が中堅とか呼ばれるクラスになってきたころだ。

経験を重ねれば、また今度はそのステージに応じた悩みや葛藤がちゃんと用意されている。

bar bossaの林さんも、この世界で20年以上。まあベテランといっていい。渋谷のバーで20年。なんだか戦闘力がすごそうな感じもするけれど、ベテランだからこその悩みみたいなものはあるのだろうか?

「カレーですね」

カレー? 

「じゃなくて加齢です。加えるほうの」

ボケたわけではなく素で聞き間違えた。まさかここで加齢というワードが出て来るとは思わなかった。

「あのですね。デザイナー30歳説とかもあるじゃないですか。30歳になるまでに自分らしい作品を残して、あの作品=あの人って言われる作風を確立できないと、小さな仕事をたくさん請け負ってやるか、経営者として小さなデザイン会社を興す側になるしかない。

 飲食店も歳をとったら、もう新しいことってできないんですね。本にも書いたんですけど。うちもすごく古い。自分でもわかってるんですけど、どうしようもない。普通だったら閉めるんです。閉めて新しい店にする。大手は絶対そう。なんとか水産が流行ったらそれやって、流行らなくなったら別の業態に変える。ただ、個人の飲食店の場合はそれが難しい」

林さんが言ってるのは店自体の加齢(経年要素やトレンドも含むと思う)と経営者の加齢の両方の問題だ。

「僕みたいにひとりでやってると余計にそうなんです。そこの限界がいつも辛いです。ベテランというか老兵になるというか」

だけど林さんは、年齢を重ねても尊敬される職業として、弁護士の先生とかバーのマスターをあげてた記憶がある。

「それは、ときどき言い訳としてそういうの書くんですね(笑)。ただ、そういう意味では歳とっても大丈夫というのはあるんですけど。これも飲食店独特の話で、これがたとえば銀座で6席だけ、客単価5000円とかならあり得る。老舗でやってる有名なバーテンダーがいたりするお店。

 うちの場合、結構、席がたくさんあるのでそこを埋めるには若い人、流行りものが好きな人に来てもらわないと難しい。でも、実はうち、新規のお客さんずっと多いんです。それはメディアで書いたり本書いたりしてるからですね。それやってないと、うちはもう閉めてますね」

だからといって、最初からそれを狙ってメディアで書いたり本を書いたわけでもない? そこはどうなんだろう。

「書くようになったきっかけは、最初、音楽ライターやりながら小説書こうと思ったからなんです(注:林さんは大学をやめて最初、レコード屋で働かれていた)。お店をやって音楽ライターの仕事も早めに来て、でも音楽ライターの仕事って依頼原稿なんですね。

 なんとかのアーティストのなんとかについて何文字以内で書いてくださいって、僕書けないことに気づいて。そもそも、そのアーティストそんなに好きじゃない(笑)。向いてないなって」

林さん、正直すぎる。

「小説書かなきゃって思って、でも小説なんて簡単に書けない。で、うじうじしてると3.11(東日本大震災)があってお客さんガクンと減ったんです。どうしようかと思ってたとき、ちょうどフェイスブックが個人ページじゃなくお店のページを出せるようになって」

Facebookページだ。たしかつくれるようになった当初は、まだそんなにどこも活用されてなかった気がする。

「お客さんからbar bossaのFacebookページやれば? って言われて、何かやらないといけないと思ってワインの話とか音楽の話を書きはじめたんです。やってはみたものの、全然いいねがつかない。困ったなと思って、お店の経営の話とか恋愛の話を書いたらバーッといいねがつきはじめた。

 あー、こういうのがうけるんだ。それがわかってネットの性というか、いいねが増えるとお客さんも来るようになって。ほんと、最初はお客さんに来てもらうために書いてたので」

本当に狙って書きはじめたわけでもなく、結構、その当時震災のダメージを受けていた飲食店は多くて(計画停電や自粛ムードも大きかった)林さんも起死回生で切実な「書く」だったのだ。

ただ、思うのだけど、なかなかうかがい知れないバーの経営の話や、バーのマスターだから語れる恋愛模様を書いたから「いいね」になったという話でもないんじゃないか。

実際に林さんと話してると、なんていうかすごくフラットなのだ。気持ちよく受け取れる。ちょっと間違えたら下衆なことになってしまいかねない男女の話がそうならない。それは林さんの誠実さなんだと思う。そこも含めての「いいね」が伝わったのだ。

そこから、店に来ていた編集者に誘われてメディアでの執筆や本の話になっていったという。

「書くことをやればやるほどお客さんも来てくれることもわかったので、いつの間にか恋愛マスターって言われて。未だに『えーっ』と思ってるんですけど、僕、編集者がつけてくれたりするの嫌って言えないんですよ。まっ、いいか。そういうもんだよなって」

だけど実際に「恋愛マスター」がいるお店だから来るお客さんもやっぱりいるのだ。

「本気の恋愛相談というより、おもしろそうだからですね。最初は僕も音楽にこだわってたりしたのでミュージシャンも結構来る店だったんですけど、そこから見たら軟派な店になったって思われてるかもしれないです。でも仕方ないというか、お客さんが来るほうを選んできました」


(つづく)

最終回……この飲食本の裏テーマとは?