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なぜ、あの飲食店本を読みたくなるのか(最終回)どう生き残るかの裏テーマ

生きるって、こんなに大変だったっけ? とたまに思う。

いや、決して楽なのがいいとは思わない。だけど、この10年とかで確実に「生きるゲーム」の中で、立ち向かわないといけない何か、手に入れないとやっていけないもの、必要なパーティーの人数、クエストは増えている。RPGのように。

そうなると、やっぱり「攻略法」みたいな考え方になるんだろう。人生も。

どうすればうまくいくのか、うまくいかないときはどうしたらいいのか。そういう情報の需要は相変わらずすごくある。

じゃあ、今回、林さんが書かれた本は「飲食店をやってうまくいくための本」なのかというと、それももちろんあるけれどそれだけではないらしい。

店をやるという選択肢が人生にあってもいいのかもしれない。そんな気になるbar bossa林さんの売れてる新刊『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』をめぐるインタビュー。(前回はこちら


じつは、ある意味で、林さんにこの本を書かせたのは林さんの友人のデザイナーさんでもあった。デザイナーさんと飲食店がどうつながるのか。

「この本の裏テーマってあるんですね。新しく飲食店を始めたい人の本でもあるし、今もう何かやってる人がどう生きるかを考える。それもあるんです。それは飲食に限らないと思っていて。個人で生き残っていくための、それぞれのやり方のヒントになればという意図もあります」

飲食店経営にしても個人で何かやっていくにしても、どう生きるかを自分で考えないといけない。誰かが決めてくれるものではないからだ。個人の場合、どう生きるかは、そのまま自分がどう仕事するのかにもつながってくる。

「僕の友人のデザイナーが、今はよくてもこの先フリーで仕事が減っていくかもしれない。どうするか。それを考えたとき、地元に戻って農業をやれるのかなって思ったらしいんです。それで、いろいろリサーチしたら、いろんな制度も使って農業をやりながらデザイナーもやれる、それで食べていけるなって気づいて。

それで何かホッとして、地元に戻って農業はやらずにデザイナーに戻れたって話があって。飲食業も、この本を読んだ人全員がやるわけじゃないと思うんです。でも、こういう可能性もあるんだなって思ってもらうことが大事で。

べつにそれは飲食店じゃなくてもいいかもしれない。自分でモノをつくってネットで売るのでも何でも。何かこの先やるかかもしれないときのヒントがある本にしたかったんですね」


飲食に限らず個人が自分でこの先、何かやるかもしれないときの「安心材料」になる本。だから、載っている飲食店のスタイルも、店をやることになった経緯も「お客が集まる理由」もバラバラ。これが成功法則ですというのはあるようでない。だからこそいいのだ。

「いろんなサンプルが載ってます。これがダメでもこれがあるんだって思ってほしい。そういうことをずっと考えて本つくってました」

そうなんだ。サンプル(という言い方をあえてさせてもらってます)のリアルさと根底に流れる優しさ。僕が、今回の林さんの本を「いい本だな」と思った理由はそこにもある。

こう書いたら売れるだろうとかではなく、きっと必要とするだろう人がいることを思い浮かべて誠実につくられている本

この先。僕の場合はライターや編集をやってるけれど、この先、ものも書きながら新しい何かをやる可能性はゼロじゃない。飲食店なのか何なのかはわからないけれど。たまに考える。もし、やるとしたらどんなことをするんだろうと。

そのとき、飲食であってもそうじゃなくても、この本に載っている経営者、オーナーそれぞれの「自分の軸」と「お客さんが来たくなる軸」の接点の多様さはきっと生きたヒントになると思う。

「でもね、お店をつくるって考えるのは楽しいんです」

林さんは今でもそう言う。

「特にお店の場合、物件っていうのがあります。それが他の何かをやるときとの違いかも。お店の中身と物件と両方考えるのはお店をやる独特のおもしろさかもしれないです」

BarBossaの場合は、どうやって今の渋谷の物件を見つけたのだろうか。

「元もと、渋谷って僕、考えてなかったんです。高いし。働いたことは何度かあって土地勘はあったんですけど、お店をやるイメージはなかった。もっと代官山、恵比寿、中目黒、下北沢、吉祥寺みたいな感じ。

それが渋谷にこんな物件あるから見てみたらって言われて。それで見に行ったんですけど、土地勘あるはずなのに場所がわからなくて」

今のBarBossaがある場所だ。たしかに、渋谷の外れにあるわけでもなく、NHKの裏手で東急本店に挟まれたエリアのなんとなくふしぎな路地にある。

「迷ったんです。物件見に行って。でも、それってたとえばお客さんがデートでちょっと道迷って、あ、こんなところにこんなバーがあるんだ!って盛り上がれるなって。もう、その頃からバーはデート需要をつかまないとダメだよって言われてたのもありましたし。それでここに決めたんですね」

たしかに物件そのものも大事だと思うけれど、お客さんがどんなふうにしてその場所にたどり着くかイメージできるのもすごく大事な気がする。

これも「お店の物件」に限らずサイトやいろんなプラットフォームにも言えることなんじゃないか。

「実は、僕がお店をオープンしたすぐ後で“隠れ家ブーム”がありまして、今その言葉ってすごくダサいんですけど。今はなんで隠れちゃうの? ってなるんで。それでメディアにすごく取り上げられたっていうのもあったんです」

なるほど。隠れ家って今はもうあまり言わないけど、その趣きはすごくある。なんていうか、外観がちょっともう今はこういうの新しくはつくれないだろうなという落ち着き。

「ふつう、早くお店やりたいからって、ついつまらない物件に決めがちなんです。でもうちの場合、妻がOKを出さないと決められないルールがあって。それでいくつも物件回った中で、実質ようやく初めてOKがもらえたのがここなんです。

特徴的な窓も最初からです。お客さんがカウンターに座ったときに窓越しに外が見えるバーって、ありそうでそんなにないんですね。すごい古いタイプの窓であまりもうないらしくて、職人さんにも『大切にしなさい』って言われたんですけど」

今も再開発が絶賛進行している渋谷で、こうした意味のある古さ(といってもレトロまではいかない、ちょうどいい落ち着く経年の感じ)の建物とそこに溶け込む空気の店がある。それだけでも個人的にはいいなと思ってしまう。

こんなふうになるとは林さんも最初から思ってなかった。と思う。つくづくお店は人生だなと思う。

店を持つことは、もしかしたらもうひとつの自分の人生を目に見えるかたちで持つことなのかもしれないよね。

(おしまい)