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「聖なる島」のネクロポリス

 ローマの郊外、聖なる島(Isola Sacra)というところにある、ネクロポリスに行った。「島(Isola)」と名がついているけれど、実際は陸続きの土地で、ローマ時代の遺跡群の残るオスティア・アンティーカと、現在のローマの国際空港があるフィウミチーノとの間にあり、ローマ市内を通りティレニア海に流れ込むテヴェレ川とその支流のような形で作られた運河に挟まれていわば「島」状であるためと思われるが、「聖なる(sacra)」の由来ははっきりしないらしい。
 なお、たどり着くのにも、帰るのにもとても苦労したので、もし興味をもった方も、最初から車を手配することをお勧めする。公共交通機関で行けると言われたものの、バスがわかりにくい上に、誰も歩いていない車道と、これまた誰も歩いていない農地ー馬はいるーを歩いていく必要がある。そんな不安いっぱいでようやく辿り着いたそこには、知られざる遺跡群があった。

 ぐるっと柵で囲まれたエリア、簡単な門から入ると、広めの、真っ直ぐな道が奥まで貫いている。両脇には、レンガでできた建物やその残骸が整然と並び、黒い敷石にははっきりと轍の跡が残る。紀元後1世紀に街ごと火山灰に覆われて残ったポンペイや、この近くのオスティア・アンティーカのように、一見、ローマ時代の街並みが目の前に現れたかと思う。が、「ネクロポリス(イタリア語ではネクロポリ(necropoli))」は、墓地のこと。つまりここは、ローマ時代の墓地。1930年代に発見され、発掘調査も行われたものの、いったん中断し、1990年代に入りようやく、本格的な調査が再開され、今に至っている。
 紀元後1世紀末から、3世紀ごろまで使用されていた墓地がいつしか土砂に埋もれ、忘れられていったのは、有名人や歴史上重要な人物が含まれていないため。ローマ皇帝や貴族などはもちろん、ローマの場合には、キリスト教の殉教者などが埋葬されたとされる墓地は、信仰や巡礼の対象となり、放っておかれることがない。特に、カトリックでは、聖人となった殉教者の遺体(の一部)や遺品は何でも、信仰対象として重宝される(つまり高く売れる)から、盗掘も後を絶たない。
 そうした「目ぼしい」死者の埋葬された可能性がないことから、早々に忘れ去られ、そして、ローマ時代の墓地としてはかなりいい状態で残されている。

紀元後2世紀ごろの墓小屋が並ぶ


 ここはまさに、地元の人々の墓地だったらしい。多少経済的に余裕のある市民は、小屋型の墓地を建てて、その中に家族や親戚のお骨を納めた。小屋の戸口の上には、何の何兵衛がだれそれのために建てたといった概略や、広さを記したプレートが貼られている。中には、持ち主の職業を表すようなレリーフが飾られていることも。

外科医を示すと思われるレリーフ


 キリスト教が普及する前のローマ帝国では、火葬が一般的で、お骨を骨壷に納めたので、初期の「墓小屋」(勝手に命名)には、壺を納めるような壁龕がいくつも作られている。

骨壷を収める壁龕


 小屋というにはかなり立派な、ちょっとした戸建て住宅くらいのものもある。その場合、壁で囲まれた敷地内に建物が建っているのだが、井戸と竈もあったりする。これは、葬儀や法事の際に、死者を忍んで食事会を催す習慣があったので、そのためらしい。

井戸と竈門つき


 時代が下ると、墓戸建て住宅も形が変化し、通りから壁をあえて少し引っ込めて、手前にアプローチ部分を作ったりするようになる。また、床もモザイクで飾ったりと、ますます住宅風になるのと同時に、火葬でなく土葬が主流になるため、死者のためのスペースを大きく取る必要がでてくる。これは、死後の復活を信じるキリスト教の影響と一般に言われているが、実際にはその少し前からの「流行」らしい。実際、この墓地では、キリスト教徒の埋葬であることを示す形跡は極めて少ないとのこと。


玄関前のアプローチには、2艘の船が港に向かっているモザイク

 さらに、古代エジプトや、中世でも特にランゴバルド族などいわゆる騎馬民族は、死者の生前の立場や富裕度を反映し、大量に豪華な埋葬品を伴うことで知られるが、ローマ時代はあまりそうした発想はなかったらしい。硬貨を1つ、口に含める習慣があったそうで、それを含め、硬貨は必ず出てくるものの、それ以外の宝飾品などの貴重品はほとんど入っていないらしい。合理的なローマ人のこと、結局のところ「金」さえあれば、あの世でも何でも解決、・・・と思っていたのかどうか。
 一方で、公園墓地のようにあらかじめ区画があったわけではないのに、ビシッと並べて煉瓦造りのお墓を建て、いつの間にか直線道ができてしまう、ローマ人はやっぱりなかなかおもしろい。

埋葬用サイズの壁龕が並ぶ

18 nov 2023

#ローマ #ローマ遺跡 #週末の旅 #ネクロポリス #ローマの歴史 #モザイクの旅 #エッセイ  

 


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