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魔女の旅立ち(1)2,642文字

アビゲールは、今日摘んできた薬草の処理をしていた。
ここ数日暖かい日が続き、森には薬になる草たちがぐんぐん伸びていた。

アビゲールは町から少し離れた森の中に一人で暮らしていた。
こうして、森に生えている薬草を摘み、薬を作っている。
町に売りに行ったり、町から買い付けに来たりするので、町の人との交流はあった。

しかし、町には住まず、森の中に暮らしていた。

森に住んでいるほうが、こうして薬草を摘むのにも楽だし、自分の魔法が失敗して周りの家に被害が出ることもない。

アビゲールは魔女なのだ。
昔は王宮で働く王宮魔法使いだったが、王宮での息苦しさに嫌気がさして、今はこうして地方で静かに暮らしている。

今の暮らしには満足していた。
この街にはもともと魔法使いがいなかったので、生活への魔法の浸透率が低かった。
引っ越してきた当初は、「王宮魔法使いだったのに、なぜこんな地方に来たのか」「何か問題があるのでは?」と警戒されていたが、今では実力を認められ、いい関係を築けている。

アビゲールの町への貢献は魔法薬だけではなかった。
魔法を使っての街の整備、魔法道具の発明、修理、魔法の素質がある子への教育。アビゲールの才能は魔法が使えることではなく、人々の暮らしをよくしたいという情熱にあった。

その情熱が、王宮では邪魔もの扱いされてしまった。
何をするにも許可が必要で、しかも、その許可はほとんど下りなかった。自分の担当以外のことでも、改善する余地があればどんどん提案書を出したので、他部署からも煙たがれていた。

王宮魔法使いになることは、だれでもできることではなく、名誉と地位と将来が約束されている職業だ。
それでも、アビゲールは全く動かない山を一生懸命押していることに疲れ、王宮魔法使いを辞めることにした。
そのことを知り合いに言ったら「もったいない」と言われたが、まったく未練はない。

今の生活のほうが充実している。
最初に無償で街に貢献したのがよかったらしい。
領主にすぐに気にいられた。
この領主が、器の大きい人物だった。「街がよくなることなら、どんどんやりなさい」と言い、ある程度自由にさせてもらっている。
領主としても格安で街の生活水準が上がり、民からの支持も得られるので、多少の失敗は許してくれた。

薬草の処理をしながらアビゲールは幸せな気分で鼻歌を歌っていた。

コンコン

玄関からノックの音が聞こえた。
もう、日が傾いている。

(こんな時間に誰だろう?)

誰か来る予定はなかったはずだ。

「アビゲール殿はご在宅でしょうか」

その声にアビゲールは天を仰いだ。
この言い方は町の者ではない。王都の者か、位が高い人達のなかでの言い方だ。

(何かしたかしら?きっと面倒なことだ。あぁ、やだ。開けたくない)

静かに息をひそめていたが、今日帰っても、明日また来るだけだ、と思いなおした。
そのとき二回目のノックが聞こえたので、アビゲールは重い腰を上げた。

「アビゲール殿は、」

「はい、はい、ご在宅ですよ」

アビゲールは、ドアを開けて応えた。

玄関の前には五人の男が立っていた。

一番前にいたのはノックした男だろう。五人の中で一番庶民に近い恰好をしていたので、案内役の男だとわかる。
案内人の後ろにいた恰幅がよく、いい身なりをした男が、ずいっと前に出てきた。

「そなたがアビゲール・モーガンか?」

「そうですよ」

「私は国王陛下の使いとして参った。貴殿宛てに手紙がある。
 中に入れていただけますかな?」

(国王から?わざわざ使いを出して?)

アビゲールは国王にいい印象がなかった。

若気の至りで、独断で国王陛下に謁見を申し込み、魔法関連の国内の状況を伝え、改善点や解決方法を演説したことがあった。
国王は終始、にこやかに聞いていた。
若きアビゲールは(にこやかに聞く内容じゃないのよ!)と、思いつつ最後まで演説をやり切った。
演説が終わって、国王からのお言葉にアビゲールは絶望した。
「若き魔女が国を思い、熱心に働いてくれることをうれしく思う。この国のために励みなさい」と言って謁見を終了したのだ。
国王からすると、若い魔女が一人で騒いでいるとしか見えなかったのだろう。
そのあと、驚くほどに何も変わらなかった。ただ、アビゲールが職場で注意を受け、周りから要注意人物と認識されるようになっただけだった。

嫌なことを思い出したアビゲールは、王の使者だという者を丁重にもてなす気にはなれなかった。

「ここでもらうんじゃだめ?」

男は顔を赤くした。今まで王の使いだと言えば、みんなちゃんともてなしたのだろう。アビゲールの対応に腹を立てている様子だった。
アビゲールも(まずかったかな)と思ったが、言ってしまったのでもう取り消せない。

そのとき、後ろに控えていた騎士が言った。

「ベケット卿、こんな男大勢で来たのですから、警戒されても仕方ありません。もう、日も暮れます。明日の移動もありますので、こちらでお渡ししてはいかがでしょうか?」

アビゲールは、ホッとした。
残りの三人は騎士らしい。軽い甲冑と剣を身に着けていた。ただ、今発言した騎士だけ甲冑の色が違った。所属が違うのか、階級が違うのか、他の二人とは雰囲気も少し違う。

「わかっておる」

ベケット卿と呼ばれた男は、息を吐いた。少し怒りを沈める努力をしたらしい。
それから、小脇抱えていた入れ物から手紙を取り出しアビゲールに差し出した。アビゲールは一瞬受け取ろうか迷ったが、ベケット卿がグイっと押し付けてきたので受け取らざるを得なかった。

「そなたは明日、王都に向かわねばならぬ」

「は!?明日?なんで王都に!?」

「そこまでは知らん。ただ、私はそなたにこの手紙を渡し、王宮に連れていくことが仕事だ」

なぜ詳しいことも聞かされず、こんなに素直に動くことができるのだろうか。アビゲールは不思議でならなかった。
王宮魔法使いのとき「何も考えずに言われたことを黙ってやれ」と言われたが、アビゲールにはそれができなかった。たぶん、このベケット卿みたいな人間が求められていたのだろう。

「明日の朝、また迎えに来る。用意して待っているように」

「私、まだ返事してないんですけど」

「そなたの意思はいらん。陛下が来るように言ったら、行かなくてはならんのだ」

(とんでもない言い分だ)

「あと、念のために騎士を一人置いていく」

「監視役のため?」

「万が一があるからな。では、頼んだぞ。ウォルター卿」

「はっ」

赤い騎士が返事をした。

ベケット卿は案内人に「帰る」と伝え、騎士二人を引き連れ帰っていった。

(つづく)







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