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「南十字星共和国」 ワレリー・ブリューソフ

草鹿外吉 訳  白水社Uブックス  白水社

Kindleで購入。

「最後の殉教者たち」

ブリューソフ(1873-1924)はシンボリストだけれど、その師匠にあたるメレジコーフスキイよりは現実寄り。メレジコーフスキイが「現実は存在せず彼方のみある」というように言ったのに対し、ブリューソフは「現実と彼方の境界線は曖昧である」と主張。

手始めに最後の短編(全体では11編からなる)「最後の殉教者たち」を読んでみた。これだけでどうのこうのは言えないけれど、結構時代かかっているなという印象。1905年の日露戦争から革命の直後に書かれただけあって、ロシア革命時の切迫感は追体験できるけれど。
(2023 12/22)

「地下牢」と「鏡の中」


今日は「地下牢」と「鏡の中」。
どちらも、物語としてはよくありがちな設定(前者は地下牢に入れられた貴族の娘と漁師の息子の地下牢での話、後者はとある鏡に魅せられた夫人が鏡の中の自分と入れ替わってしまい、元に戻ろうと画策していく話)…というか、この時代にこういう幻想譚スタイルが出来上がったのを、今の視点から見ているにすぎないのだけど。
上のところで、ブリューソフは師に比べて現実主義者だ、とあったけれど、今日の2篇はまさにそれを実感。貴族の娘ジュリアは漁師の息子マルコを拒絶するし、鏡の中に入ってしまった夫人は元に戻り、決して鏡の奥に行って帰ってこなかった…とかにはならない。
あと、内容とは関係ないけど、Kindleで買った本は目次の各項目にページ数がないため、どの短篇がどのくらいの文量かがわかりにくい…
(2023 12/23)

「いま、わたしが目覚めたとき…」、「塔の上」

幻想短篇小説の教科書的書き方…のような気がしてきた。ブリューソフの短篇。「いま、わたしが目覚めたとき…」という短篇を今日は読んだのだが、夢で残虐行為を行い、かつその夢自体に介入する自意識がある、と思っていた語り手が、妻を殺したのは夢の中ではなく、現実だった…という話…でも、そういう幻想短篇の素みたいな手本をこの時代に形成していく過程にある、と考えてみる…どうだろうか。
(2023 12/25)

今日は「塔の上」
またしても夢と現実の行き来の揺らぎと断絶の話だが、今回は舞台が中世のバルトドイツ人とロシアの戦い、「北の十字軍」で読んだあの時代、ということで興味深い。今まで読んできた作品よりは穏やかな終わり方だが、落とし穴は存在する。
(2023 12/26)

「べモーリ」、「大理石の首」

今日は「べモーリ」(楽譜の変音記号「b」?)と「大理石の首」
この2作品には共通点がある。どちらも、視点人物が他人の店や家にあるもの(前者は昔そのべモーリという店で働いていた時のお気に入り文具、後者は昔の人妻の恋人に生き写しの大理石の首)に強烈に恋焦がれていて、その店や家の前をずっと見ているところ。そしてそこに入って結末が来るという点も同じ。前者は落胆だけで済んだが、後者は捕まってしまう…ここまで病的でなくても、誰しも似た経験はないだろうか…という感覚はこの短篇集では初めて…

 ひとつだけ、わたしを苦しめていることがあるんですよ。ひょっとすると、ニーナなんてもともといたのではなく、あの大理石の首を見たとたん、アルコールで耄碌したわたしのあわれな頭脳が、この恋物語をすっかりこしらえあげたのじゃなかろうかってね?


これは後者のラスト。こうなると、前提自体がひっくり返ってしまうが…記憶の空いた深淵。
(2023 12/27)

「初恋」、「防衛」

「初恋」
語り手がコーカサスの村に行った時に、ある女性に恋をするのだが、彼女から逃げようとする語り手と、その語り手をじっと観察し彼女の思う通りになろうとする語り手の二人に分割されてしまっている。

 ぼくは、どこに真実がありどこに虚偽があるのか、どこに現実がありどこに虚構があるのか、その区別を見失ってしまったからなのだ……考えだされたぼくの形象が、正真正銘のぼくの存在をいまにも追いだし、絶滅せんとしていた。ぼくはわが身の破滅を悟った。


「防衛」
とある未亡人を好きになった視点人物が、彼女の家で元夫の幽霊と対面する、という話。
(2023 12/28)

「南十字星共和国」


南極にある工業盛んな共和国…という、SFか?
さすがに表題作で読み応えあり。
この共和国は見かけ栄えていて、見かけ文化活動も多く、見かけ自由…なのだけど、この共和国の母体となったトラストの支配が全てにおいて及んでいる。決まった時間以外の外出は禁じられていて、検閲もある。この共和国は、南極点の首都(ここは主に高官とリタイア後の人が住む)と、鉄道で結ばれた工業・港湾都市とでできている。
その首都で伝染病が流行。これは自分の意思と反対のことをしてしまうという、それ単体では普通の人の心理状態にもよく現れる、そういう病気。だけど、これがエスカレートしていくと、無秩序状態になり首都は完全に孤立。英雄的に事態を打開しようとした人物も現れるが、力が及ばなかった…同じロシアでは「巨匠とマルガリータ」の悪魔に魅入られたモスクワ、それからなんといってもサラマーゴ「白の闇」を思い出す。
この作品、第一次ロシア革命(? 1905)の年に書かれた…時代的にもう共産主義思想、計画経済というものがある程度は浸透していたのか。今から見るとそうした体制への批判のように見えるが、作家が向いていた先は実際何だったのだろう?

「姉妹」


この作家、何か短いタイトルに傾倒していたのか、こういうタイトル多し。これもタイトルだけではさっぱりわからない。
これも全てが夢か幻想のような、ある男の異常心理が生み出した三姉妹…その愛と惨殺…三姉妹はそれぞれ性格が異なり、中世の「薔薇物語」のような擬人化された何かだろう。

 ほのかなおくればせの後悔の念が、ひとりひとりの心の底から湧きあがってきて、水位のように高まり、溢れこぼれようとする。あらゆる感情のうちでもっとも悩ましい感情である。


書き出しに近い辺りから。ブリューソフの創作の原点が垣間見れるような。
これで(最後の作品は最初に読んだので)読み終わり…「銀の時代」(ベールイ、ブルガーコフ、ザミャーチン、プラトーノフ…)のちょっと前の世代?
(2023 12/29)

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