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黒と白と、ときどき朱(あか)~第5話~おばちゃんと目指した完全制覇



 中学3年生。この頃になると、いかにたくさん、誰よりも良い賞を、一番良い賞を取るかに必死だった。

 毎年夏休みになると宿題で書道の課題が出る。課題について文字や規格が書いてあるプリントをもらい、確信した。

―――よし、これならイケる!

 そして、もう1枚プリントが配られた。それには宮崎で行われる作品展の一覧が印刷されていた。左側には作品展名が書かれていて、宮日展(新聞社)やら、交通安全がテーマの作品展やら、8個くらいある。書道をはじめ、絵や作文、工作など、いろんな部門があった。その中から、書道部門があるのは5個あった。

―――これくらいなら、1ヶ月あれば全部書ける!全部書いて、全部出品して、全部賞を取ってやる!

 中学最後の夏休みの目標が決まった。部活も引退して時間が余っていたのでちょうど良かった。

 学校から帰るなり、課題と作品展のプリントを持っておばちゃんちに向かった。玄関は開けず、習字の部屋の方を見た。入口として使ってる引き戸の下に、おばちゃんの下駄が揃えて置いてある。

―――あ!おばちゃん居る!良かった。

 何かを書いていて集中してるといけないから、ゆっくり引き戸を開けた。とは言っても、古い家だから「ガタッ…ガタガタガタ!」と音がなってしまった。それに気づいて、おばちゃんがこちらを向いた。

「あら!ふみかさん、こんにちは。」

「こんにちは、おばちゃん。夏休みの課題で習字があるっちゃけどさー。手本書いてくれん?」

「あー、そっか、もう夏休みやね!今年の課題はなんね?」

「これやっちゃけど…」

 プリントを見せた。

「どら?あー、今年はこれやっちゃね。ぢゃあ、8月は墨友ぢゃなくて、みんな学校の課題をしようか!」

 ここまでは毎年のこと。ただ、今年は違う…。「おばちゃん、あとね…」と言いながら、もう一枚のプリントを見せた。

「こっちも出したいから手本書いて欲しいっちゃけど…?これ全部…。」

「全部!?全部っていくつあると!?」

「5個くらい…。」

「5個!?全部出すと!?これ…。書ける?こんなに…。」

「書く!全部出したいとよ。ダメ…?」

「ダメぢゃないけど…、おばちゃん書けるかな(笑) 頑張ってみるわ!」

 おばちゃんは困りながらも笑って承諾してくれた。

―――よし、これで全部出せる!そして、全部入賞して…うふふ…

 まだ書いてもいないのに、全部入賞して、いろんな人に「すごーい!」って言われてるのを想像してニヤニヤしながら家に帰った。


 夏休みに入って初めての習字の日。おばちゃんちに行くと課題の手本が新聞紙で作った冊子の上に準備されていた。それとは別に、下敷きの上には5つの手本が半紙の袋に入れて置いてあった。

「うわー!おばちゃん、ありがとう!!」

「それで大丈夫?確認してみて。」

「全然、大丈夫よ!また、家で書いて持ってくるわ!」

 習字終わりに、大量お半紙をもらって帰った。それからの夏休みは、習字の日は指定の課題をおばちゃんちで書き、家では作品展に出品する課題の練習をした。そして、習字の度に家で書いた作品を持って行き、添削してもらった。時には、家で書くと集中できないから、習字をしてない時に部屋を借りて、おばちゃんちで書かせてもらいながらアドバイスをもらったりもした。

「暑くない?冷房かけようか?」

「ちょっと休憩したら?お茶とお菓子持って来たよ。」

 こうやって、いつもおばちゃんは気にかけてくれた。


 夏休み2回目の登校日。締切が迫ってる作品展の課題を3つ、担任の先生に持って行った。夏休み後半戦は、学校指定の課題と作品展の残り2つの作品に集中して仕上げた。

 2学期初日、学校の課題は教室で他の宿題と一緒に回収された。だから、昼休みに残りの2作品を担任の先生のところに持って行った。

「え…、それも出すと?」

「うん。全部出したいので、お願いします。」

「あれ…でも、こっちは締切過ぎてるよ?」

―――え…!?そんなはずない…。私に限って締切を間違うはずがない。

「え…でも、これに書いてる締切はまだですよ?」

「あら…、本当だ。ごめん。先生が間違えたっちゃ。」

「そんな…先生のミスやったら、これも提出できるように交渉してくださいよ。私、全部出したくて、頑張って書いてきたんですよ!」

 その後、交渉してくれたのかしなかったのかは知らないが、結局、締切が過ぎた作品は受付けてもらえなかったらしく、返却された。でも、その時、先生からはなんの謝罪の言葉もなくめっちゃムカついた。

―――めっちゃ頑張って書いたのに…。全部、制覇したくて頑張ったのに…。おばちゃんも忙しい中、たくさん手本書いてくれたのに…。

 一瞬にして、担任の先生が大嫌いになった。これまで、厳しくて恐い女の先生だったけど、黒板に書く字がとてもキレイで、すごく尊敬していた。なのに…。

 その次の習字の日、おばちゃんに1個出せなかったことを愚痴った。おばちゃんは「あら~、残念やったね」って笑顔で言ってきたけど、いつもニコニコして優しいおばちゃんは好きだったけど、こういう時まで笑顔だとイラッときた。

―――これは怒っていいことやないと!?おばちゃんも怒ってくれると思ってたのに…。


 作品展の結果が続々届いた。1つ、また1つと自分の書いた作品が入賞したと連絡が入ってくる。結果的に、提出した全ての作品展で入賞することができたけど、おばちゃんもその結果を報告したら「すごいね~!」って言ってくれたけど、全然嬉しくなかった。

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