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黒と白と、ときどき朱(あか)~第4話~おばちゃん初の「鑑賞欄」

 中学2年生の頃。

 部活から帰り、晩ごはんを食べ、リビングでパソコンをいじっていると、夜9時頃、家の電話が鳴った。母親が子機を取り対応している。話している様子から知り合いからの電話だと分かった。

「ふみかー、習字のおばちゃんから電話よ!」

―――こんな遅くに珍しいな。しかも、おばちゃんって…。

 パソコンを一旦中断して、テーブルの方に向き直り、子機を受け取った。

「もしもし、ふみかですけど?」

「ふみかさん?おばちゃんやけど。遅くにごめんね(笑)」

 ごめんね、とか言いながら、全然申し訳なさが伝わってこない。むしろ、早く本題に入りたくてウズウズしているようだ。

「どうしたと?」

「ふみかさん、鑑賞欄って分かる?写真版よりも上で、1人しか載れんとこ!あれにね、ふみかさんが先月書いたのが載ったっちゃが!」

「…は!?鑑賞欄!?うちのが!?」


 毎月、課題を提出すると、書道協会から発行される雑誌「墨友」に、昇段・昇級の結果が掲載される。各学年ごと、さらに各段級ごとに、上手い順に学校名と名前が書かれており、昇級した人はその学校名と名前の間に「◯」がある。その雑誌を毎月おばちゃんが各家庭分買ってきてくれて、「◯」があるかどうかチェックして、教室のみんなで一喜一憂していた。しかも、おばちゃんは教え子のところに蛍光ペンでマーカーを引いてくれているので、見つけやすかった。

 中には「◯」ではなく「★」がついている人もいた。その人たちは、写真版と言って、各学年ごとに上位25名が選ばれていた。選ばれると雑誌の前の方に書いた作品がズラーッと掲載される。各学年ごとに1ページに収められており、縦に5作品、横に5作品、計25作品が掲載され、その下に作品ごとに「墨の濃淡が上手くて…」「力強くて…」「全体のバランスをもう少し…」と審査員からの評価コメントが書いてあった。

 中には「◯」の中に「★」がある人もいて、それは写真版に選ばれた上に、昇級したことを示していた。おばちゃんの教室の中でも、上級生の友達が何人か写真版に掲載されているのを見たことがあった。

 さらに、各学年ごとに一番上手い人が掲載される「鑑賞欄」と言うのがあって、写真版よりも前のページに、しかも1ページに1作品と大きく作品が掲載される。審査員からの評価も、写真版は1人1行程度に対し、その5倍以上の長文でコメントが掲載されていた。鑑賞欄に選ばれた人の学校名と名前の間には、昇級の「◯」と鑑賞欄の「●」が合体した「◉」マークがある。その鑑賞欄に私の作品が掲載されたというのだ。

「そうよ!おばちゃんもビックリしてね、思わず遅いのに電話してしまったが!(笑)おばちゃんも習字を教えちょって初めてよ!鑑賞欄は!」

「すげぇ~!!だって一番上手い人が1人しか載れんとこやろ!?」

「そうよ!すごいがね!それでね、せっかくやからさ、綺麗に額に入れてもらおうかと思っちょるっちゃけど!」

「うん!入れたい!入れようや!」

「本当はね、出した作品は返してもらえんちゃけど、ちょっとお願いして返してもらおうかと思って!」

「にしても、すげぇ~ね!まさかやね!(笑)」

「本当よ!おばちゃんもビックリしたが!もう早く教えたくてよ!電話してしまったが(笑)」

 お互い興奮冷めやらぬ感じだったが、「次の習字の時にまたね」と言って電話を切った。


 数日後の土曜日、習字の部屋の引き戸を開けると、私を見とめるなりおばちゃんの顔がパッと明るくなった。

「あっ、ふみかさん!もう、おばちゃんもビックリしたが!見てん!」

 おばちゃんは、私には挨拶も話す間も与えず話し続け、先月提出した課題の昇段結果が載ってる「墨友」を開きながら持って来た。

「ほら!見てん!ふみかさんのが載っちょるやろ!?」

 そこには見覚えのある私と同じ書き癖の作品が掲載されていた。しかし、まだ信じられない。視線を左にずらし、小筆で書いた「学校名・段・氏名」を確認した。そこにも自分で書いた覚えのある自分の名前があった。さらに、ページ上部に視線をずらすと「鑑 賞 欄」とゴシック体で書いてあった。

―――確かに自分の作品や…。本当に鑑賞欄や…!

 やっと実感が湧いてきた。

「本当や…すげぇ!!」

「ね!おばちゃんも本当ビックリしたが!教えちょって初めてやかいよ。でね、聞いてみたら作品返してもらえるって言ってたから、額に入れたらまた教えるわね。」


 その日の習字を終え、家に帰ってから改めて墨友の鑑賞欄のページを見てみた。自分の作品が載っているのを確認し、審査員の絶賛しているコメントを読み、嬉しさが込み上げニヤけてしまう。そして、名前が羅列されているページからも自分の名前を探した。一番先頭に自分の名前があり、鑑賞欄&昇段の証でもある「◉」が学校名と名前の間にあるのを見つけた。心の中で思いっきりガッツポーズをした。


 半紙に書いた後は墨の水分が飛んで、紙がフニャフニャな状態で乾いてしまう。それを額に入れたり掛け軸にする時は、一度水で濡らして空気が入らないように皺を伸ばしながら専用の糊で張り付ける。それで乾かすとパキッと皺ひとつなく綺麗に真っ平らなまま乾く。不思議なもので、乾ききっていない作品に水をかけると墨の部分が滲んでくるが、一度しっかり乾くとどんなに水をかけてもまったく滲まない。板に張り付けてパキッと乾かした作品を見ると、同じ作品なのに、あのフニャフニャだった時とは比べ物にならないくらい格好良く見える。それを額に入れて裏板でカバーをし、6つある留め具を回して裏板が外れないようにする。それを裏返すとピカピカのガラス板の向こうに収まった自分の鑑賞欄の作品が現れる。

 後日受取ったそれは、とても自分が書いた字とは思えないほど、とても上手で格好良く見えた。

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