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黒と白と、ときどき朱(あか)~第11話~突然の別れ

 現実を突きつけられた…。泣くしかなかった…。というか、まだどこにこんなに涙が残っていたのかと思うほど、決壊したダムのように濁流となって涙が流れ出てきた。

 今年に限ってお正月の挨拶をしに行ってなかったことを後悔した。落ち着いたら行こう…次の休みに行こう…と思い続けて、結局行ってなかった。行こうと思えば行ける時間なんていくらでもあったのに…。近いし、いつでも行けるからって、後回しにしてしまっていた。顔を見ていたら、おばちゃんの変化にも気づいていたのかもしれないのに…。マジで後悔した…。

 私が顔をグシャグシャにして立ち尽くしていると、

「さっ、上がって」
「顔見てあげて」
「あなた…あの本の子でしょ?」
「あっ、あの子なの…!?」
「私も見せもらったよ!」
「私も!」
「姉さんはねぇ、いろんな人に見せよったんよ!いろんな人に見せて、あんたのこと自慢しちょったっちゃから…。」
「私も見せてもらった!」
「すごいやない!あんた!」
「姉さんはねぇ、あんたのこと、我が子のように想っちょったとよ。」

 私の知らない人たちが、次々に言葉を浴びせてくる。

―――なんで…?私はあなたたちのこと何も知らないのに…。なんで私のこと知ってると?てか、私が本を出したことまで…。しかも、おばちゃんが自慢してたって…!?私のことを我が子のように想ってたって…!?初めて聞いたし!!初めて知ったし!!そんな事してくれてたなんて…。そんなに宣伝してくれてたなんて…。そんなに想ってくれてたなんて…。


 私は26歳のときに本を自費出版した。お客さんとの会話がきっかけだった。

私「50くらいになったとき、集大成として作品集みたいなの出したいんですよねー。1冊の本にまとめて。」
お客さん「書道はどのくらいやってると?」
私「え~っと…、あ!ちょうど20年目ですね。小1から始めたから。」
お客さん「そんなに!?え…ていうかさ、今年出したら?」
私「へ!?(何を?)」
お客さん「その本よ!20周年記念!」
私「えぇーーー!今年!?もう1年きってますよ?でも、20周年記念かぁ。いいですねぇ。」
お客さん「ね!今年出したら!私絶対買いたい!」
私「やっちゃいます?(笑)」

 構成は決まっていた。

 中3の時に地元の商店街で、路上にシートを敷いて書いた作品を並べている人がいた。その男性は適当な大きさに切った厚紙に、割り箸に墨をつけて書いていた。その割り箸で書いた独特な文字の形と、その言葉に感銘を受けて、1つもらって帰った。

 それから、私も好きな言葉に出会うと書き留めておいて、休日に色紙や葉書に書いて作品作りをするようになった。そうやって書きためてきたのが、30個くらいある。それとあと20個作品として書き上げて50個掲載する。そして、それぞれの言葉について、感銘を受けた理由や思い出を文章として見開きの片側に載せる。

 それからというもの、休日はもちろん、仕事の日も帰って来て夜中3時まで書く日が続いた。でも、なぜか疲れや辛さは感じなかった。楽しさやウキウキ感の方が増してハイの状態だった。常連の指名してくれるお客さんにも、本を出すことにしたこと、作品集であること、その時の進捗、発売日の目標などを毎回報告した。みんな楽しみにしてくれていたので、良いプレッシャーとなって執筆も捗った。

―――発売日はおばちゃんの誕生日の10月3日がいい。

 お客さんからの紹介で、出版会社や印刷会社も決まって、打ち合わせを進めていく。外国の人にも読んで欲しかったので、英訳を付けるため、英語の教師をしてる姉に英訳を依頼した。本の表紙のデザインは、中高の時の友人に依頼した。彼は当時から絵が上手く評判で、大人になってからもデザイン関係の仕事をしているということだった。

 言葉と文章の他に写真も載せたい。同僚の後輩にカメラを趣味にしている男の子がいたので、お願いしたら「面白い!」と二つ返事で快諾してくれた。後輩と休みを合わせておばちゃんちに行き、懐かしい習字の部屋へ招待した。開閉できる引き戸、行き来OKの場所、三脚を立てれそうな場所などを案内し、私が書く場所が決まった。いくつかはどうしても撮って欲しい画があったが、それ以外はただひたすら書くから好きなように撮って欲しいと頼んだ。

 1時間ほど経ったところで、おばちゃんがお茶とたくあんを持って来てくれた。休憩しながら、この1時間で撮った写真をチェックする。趣味の域を超えた、まったくの申し分のない素敵な写真ばかりだった。撮影を再開し200枚を超えたあたりで終了した。後日、全ての元データとピックアップして修正を加えたデータとをもらった。

 いろんな人に協力してもらいながら、なんとかおばちゃんの誕生日に間に合わせることができた。発売前に、一番におばちゃんに見せに行く。

「おばちゃん!本、出来たよ!」
「わぁ!ふみかさん!ほんとね!見せて見せて!ほんとやー!ちゃんと本になってる!すげぇーね!」
「それはおばちゃんの分、プレゼントね!」
「え…いいと!?こんな立派なの。」
「もちろん!」


 顔が上げられない。ただただ俯いたまま会釈して応えるしかなかった。

 棺のそばまで行って顔を見たいと思う。思うけど、あともう少しというところで動けず、それ以上身を乗り出すことができなかった。ただでさえ濁流だった涙がさらに勢いを増した。

「姉さんも、あんたが来てくれて喜んでるが!」
「あんたもすごねぇ。本出すなんて。」
「偉いねぇ。」
「そりゃ、姉さんも自慢やったわ!」

 私もそれだけが救いだった。新年の挨拶に行けなかったこと、生きてる間に約束が果たせなかったこと、悔やむことはたくさんあったけど、生きてるうちに本を完成させてプレゼントすることが出来た。せめてもの救いだった。

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