椅子と神戸と硫黄島
アトリエ・アルティオには一脚のアンティークな椅子がある。
1940年代に神戸の家具職人さんが作ったと言われるその椅子は、シンプルだけど、神戸という土地柄を匂わせるお洒落さを合わせ待っている。
と同時に、八月十五日が近づくと、いろんなことをぼくに話しかけてくる。
ぼくは、知人を介して、ある老婦人からその椅子を譲り受けた。2015年のことだ。
「父が作った机や椅子はとてもお洒落でしょ?今見てもさすが神戸の人だと思うのよ」
手狭なマンション暮らしをせねばならず、アンティークなその家具を手放すと言うことだった。
そして、それらの家具は遺品でもあると言う。
「父は、硫黄島で戦死しました。悔しかったと思う。作りたかったデザイン、いっぱいあったと思うのよ」
結局ぼくは、その椅子だけでなく、彼が作り、使っていたという机と小さな食器棚まで譲り受けることになった。
その後、ぼくは神戸で個展をするようになった。もちろん神戸を選んだ理由は他にきちんとあったのだが、もしかすると、神戸で家具をつくり続けたいという思い叶わず硫黄島に散った彼の魂の誘いもあったのかもしれない。
今日は八月十五日。
一脚のその椅子は、今年もぼくに話しかけてくれている。
「君は家族を大切にしているか?」
「仕事、してるか?」
「やりたいことは、誰がなんと言おうとやれよ」
譲ってもらった前もあとも、その老婦人との接点は特にない。
それでも神戸でひとりの職人が生み出した椅子は、80年近い歳月を越えて、ぼくという存在に話しかけてくる。
「モノを創り出す」とは、時を越えてなお語ること。そう言われている気がしてならない。
もしもアルティオに来る機会があったなら、「神戸の椅子はどれでしょう?」と訊いてみてください。
椅子とのおしゃべりがはじまるかもしれません。
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