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自分の「名前」を大切に…

私の母親の名前は「阿さ子」と云います。
戸籍の「阿」は、画像①のようになり、昔の戸籍では、その届け出のとおりの書体(草書体)が、正式な戸籍上の字体となるようです。
名付けたのは、父親(私の祖父)らしく、「なんで、阿だけこの字体で漢字なんだろう。」と、母は、今更ながら問うこともできない疑問を抱いていました。
もちろん、子供の私が知る由もありませんが…   
でも、最近になって、私は、その名前の由来が、実は、仏法を基にしているのではないか?と想像するようになりました。

阿字観にある「阿」です。

そこで、阿字観とは…

阿字観は、真言宗の独特の瞑想法で、阿は、大日如来、すなわち、宇宙を表しています。
弘法大師が伝えたこの瞑想法は、正面に掲げた「阿」に精神を集中し、瞑想により、「自身が宇宙と一体であり、自身が仏である」という心境に至ることを目指す行のことです。

画像②にあるように、日本語の「阿」の文字を、古代インド語のサンスクリット(梵字)に変換すると、このように表され、真言宗の墓石や位牌には、戒名の上に、この梵字が入っており、亡くなった方が本来の世界に還っていったこと、仏そのものになったということを表しています。

高野山・真言宗の開祖である「弘法大師空海」が詠んだ、その「阿」の短歌があります。

阿字の子が 阿字のふる里立ち出でて また立ち返る 阿字のふる里

阿字とは、大日如来を表す「阿」の字、という意味で、つまり大日如来のことです。
この歌は「大日如来の子どもが、大日如来の故郷からやってきて、また大日如来の故郷に帰っていく」という、密教の死生観を端的に表しているとされます。

この畏れ多くも「大日如来=阿さ子」という希望や期待・想いを込めて、名付けたのかも知れません。

仏教用語に「名詮自性(みょうせんじしょう)」という言葉があります。
〜名は体を表す〜と同義語のような使い方をしますが、名前は、生命が誕生して、のちに付けられます。

人として生まれ、「幸せであれ」と名付けられたのが、皆さんの大切な名前です。

生きるということは、つらく、苦しいものなのです。
だからこそ、自身の名前に込められた願いのとおり、楽しく、素敵な人生を歩みたいものです。

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