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遠藤一郎 ほふく前進御百度参り

現在、アーティストの遠藤一郎が埼玉県大宮市の氷川神社の参道で「ほふく前進御百度参り」を行っています。これは、氷川神社の一の鳥居から本殿に向かう直線の参道、約2キロを文字どおりほふく前進でお参りするというもの。

もともとは「さいたま国際芸術祭2020」のなかで実施される予定でしたが、残念ながら同展は新型コロナウイルス禍により無期限の延期となってしまったため、一郎くんは個人的に決行することにしました。100回を目標にしていますが、わたしが目撃したとき、すでに83回目。同展の最終日とされていた5月17日にちょうど100回目を迎える予定です。

4月29日。午前11時前に指定された一の鳥居に向かうと、一郎くんがいつもの白い鳶服姿で屈伸運動をしていました。ほどなくして動画を撮影する同じくアーティストの仲田恵利花が合流。「よろしくお願いします」という一郎くんの一言で、ほふく前進が始まりました。

ずずずっ、ずずずっ、と鈍い音を立てながらゆっくりと進みます。どれほどゆっくりかというと、陸上を歩く亀と同じくらいと言えばいいでしょうか。日常生活でこれだけのんびりと歩くことはまずありません。甲羅の手足をよく観察してみると、両肘と両膝を支点にしながら身体を前進させているようです。足首から下の両足をほとんど使っていなかったのは意外でした。後で見ると、手のひらに握っていた石が汗でびっしょり濡れていたので、そうとう身体を酷使しているのでしょう。白い鳶服がボロボロなのは言うまでもありません。もう何着も新品に交換しているようです。

先頭に地を這う一郎くん。続いて台車を押しながら動画を撮影する恵利花ちゃん。最後にわたしが続きます。社会的距離を意識したわけではないのでしょうが、三者のあいだには微妙な間隔があり、道行く人が不思議そうな眼を向けてきます。散歩中の子犬は、自分と同じ目線にいる一郎くんにひどく興奮しているようです。ゴールデンウィークに入ったためか、新緑が美しい参道には思いの外たくさんの人びとが行き交っていました。

おもしろかったのは、時折、地元の人びとが一郎くんに声をかけてきたことです。「がんばってるね!」とか「今日は天気がいいね!」とか、他愛もない言葉ですが、毎日ほふく前進をしている一郎くんを気にかけ、応援しているようです。一郎くんによれば、当初は信じられないほどひどい罵声を浴びせてきた老人が、いつの頃からか、「こんにちは」と健やかに挨拶してきたそうです。

一郎くんが立派だと思うのは、このほふく前進を最初はひとりで始めたからです。撮影のためのスタッフや、わたしのような野次馬を従えず、たったひとりで実行したのです。「さいたま国際芸術祭」というフレームがあれば、周囲の理解も得られやすかったかもしれません。けれども、芸術とはあくまでも自らの責任で表現すること。権力をあてにすることはもちろん、誰かに責任を転嫁することもできません。したがって警察や氷川神社とのやりとりなど、すべての対処を一郎くん自らが担っているのです。

車から一郎くんを見かけたのでしょうか、わざわざ停車して降りてきた中年女性が「何やってんですか?」とわたしに声をかけてきました。簡単に説明すると、彼女は一言、「すっげえ!」と感嘆の声をあげました。想像するに、自分自身の表現であることを身体の全身で表現しているからこそ、一部の地元住民の方々に一郎くんの本気と熱意が通じているのでしょう。

途中で小休止を挟みながら進むこと、約3時間あまり。本殿の前に到着。当初は倍以上の時間がかかっていたということですから、一郎くんの身体はほふく前進という身体技法を身につけつつあるのでしょう。身体がゆっくりと変容しうるように、その身体を位置づける社会的関係もまた変容しうる。事実、一郎くんを口汚く罵ってきた老人と一郎くんの関係もいつの間にか変化しているのです。わたしはそこにとてつもなく大きな希望を感じました。

「ほふく前進御百度参り」の記録動画は、ほぼ毎日、You Tubeにアップロードされています。現場に行って直接目撃することは難しい状況ですが、少しでも興味のある方には視聴をおすすめします。すべてがオンラインに移行している現在だからこそ、肉体という他に置き換えることができない物質で勝負している遠藤一郎の姿を、ぜひ目撃してください。




#遠藤一郎 #ほふく前進 #美術 #アート #福住廉


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