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鷲見麿 正確無比であり、コンセプチュアルな絵画

大地を埋め尽くす兵士の群衆。密集した甲冑と林立する長槍の迫力がすさまじい。16世紀のドイツ人画家アルブレヒト・アルトドルファーによる《アレクサンドロス大王の戦い》を、鷲見麿は画面の中から作品のサイズまで、99%正確に模写した。CGを利用した絵画だと勘違いした鑑賞者もいたほど、その筆致は精密だ。

残りの1%は、もちろん鷲見自身のコンセプトである。それは、画面の中で戦闘する兵士たちの顔を、すべて依頼主であるドイツ人ピアニスト、クリスティアン・ツァハリアスに描き替えたこと。絵画の主題を、敵と味方が争う戦争から、ツァハリアスが自分自身と戦う闘争に置き換えたわけだ。ツァハリアスの内面的な葛藤が表されているようだ。

一見すると正確無比な模写だが、よく見るとすぐれてコンセプチュアルな作品。鷲見にとって、こうした二重性は重要なテーマである。鷲見が長年取り組んでいる美人画には、遠くからは美女に見えるが、近づくと単なる模様にすぎないという、ある種のトロンプ・ルイユ(騙し絵)がある。近づけば近づくほど遠くへ離れていってしまう逆説によって美女を表現したのである。

《アレクサンドロス大王の戦い》についても、鷲見は「近くでは戦士たちの激しい戦闘の様子ですが、遠くからは静寂な花園に見える」という。つまり、距離のとり方によって対象の意味は多義的に開示されうるし、その意味ですら無意味な模様に転じることもある。鷲見にとっての超絶技巧とは、戦闘シーンを緻密に描くための技術ではない。それは、このように遠近のあいだを往還する両義性を表現するための手段にほかならないのである。

すみ・まろ 1954年岐阜県生まれ。三重県四日市市在住。75年「典子に捧げるシリーズ」をギャルリーユマニテ名古屋で発表。以後、2009年まで白土舎(名古屋)で個展多数。01年、不登校やひきこもりの生徒のための「フリースペース めだかの学校」を設立。同所の運営と作品の制作をともに続けている。

初出:「美術手帖」2012年10月号


※鷲見麿の個展「新・聖なるファティア」は京都のKUNST ARZTで2020年8月30日まで開催中。以下は、その簡単なレポートです。

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ものすごい絵を見てしまいました…!

鷲見麿(SUMI Maro)さんの個展「新・聖なるファティア」。

鷲見さんは卓越した画力で西洋絵画を再現する画家。いわゆる超絶技巧でありながら、きわめて明快なコンセプトにもとづいて絵画を描くのが特徴です。

今回の目玉は、2メートル×3メートルの大作。モチーフは、北欧ルネサンスを代表するヤン・ファン・エイク兄弟の「神秘の子羊の礼拝」で、鷲見さんはこの右半分を文字どおり正確無比に模写しました。目を凝らすと、宝飾品のきらめきや草花の一本一本が精緻に描かれているのがわかります。しかも画面に走る細かいひび割れまで再現している! 圧倒的な解像度と執着心を目前にすると、お腹が痛くなるほどです。アーティストの岡本光博さんは(いい意味で)「変態」と評していますが、わたしもそう思います。

ただ、鷲見さんの作品の醍醐味は必ずしも完コピではないところ。画面の左半分には右半分とは異なる大胆なタッチで草花が描かれていますが、これは鷲見さんがかつて主宰していた「フリースペースめだかの学校」のリツコさんが描いたそうです。しかもキャンバスの右側には鷲見さんがガラス片を埋め込んだ立体的なモザイクがキャンバスから突き出るように設置されています。

つまり左から見ていくと、リツコさんの伸び伸びしたタッチ、鷲見さんの神経をすり減らしたような筆致、そしてきらめくモザイクという3つのパートで構成された作品です。一見すると異なる主体と方法を無理やり接合したようですが、よく見ると鷲見さんは色の連続性を強く意識して構成していることがわかります。「絵ってのはぜんぶ模様なんだ」と鷲見さんに言われた瞬間、3つのパートが一気に統合されて見えたのが不思議でした。

距離をとって見てみると、全体のフォルムはまるで日本列島の本州のよう。鷲見さんは、さまざまな意匠が縫合されてはじめて浮き上がる日本の自画像を描いたのかも、と空想が広がりました。

写真は本展の図録より。これでも絵の凄味がビシビシ伝わってきますが、実物はまちがいなくそれ以上。ぜひとも肉眼で見てみることをおすすめします◎

岡本光博さんが主宰する京都のギャラリー、KUNST ARZTで。8月30日まで。

じつは鷲見さんとは初対面でしたが、ストイックな作品とは裏腹に、マシンガンのようにしゃべり続けるファンキーなおじいさんでした。個展は今回が最後とのことですが、きっとまた何か新しい挑戦を見せてくれるはず。楽しみです。



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