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中村政人個展 明るい絶望

3331 Arts Chiyodaの統括ディレクター、中村政人の個展。個展としては、じつに10年ぶりだという。東京の都心にある3331というアートセンターそのものが中村の作品として考えられなくもないが、今回はそのメインギャラリーで700枚の写真と新作のインスタレーションを発表した。

注目したのは、1989年から94年にかけて撮影された写真の数々。中村が留学していた韓国の街並みや展覧会、帰国後に手がけた「ザ・ギンブラート」や「新宿少年アート」など、たいへん貴重な記録である。そこには当時中村と近しい関係にあった村上隆や小山登美夫、西原みん、中ザワヒデキ、小沢剛、会田誠らの若々しい姿が見受けられる。それらのモノクロ写真からは90年代当時の生々しい雰囲気とともに、その90年代を歴史化しようとする並々ならぬ意欲が伝わってきた。

おびただしい写真を浴びるように見ていくなかで、ひとつ気がついたことがある。それは当時の写真のなかには、パフォーマンスが多く写されているという事実である。むろん、一口に「パフォーマンス」といっても、「ザ・ギンブラート」のような路上のゲリラ的な身体表現から、いわゆる「再現芸術」と呼ばれている確信犯的なシミュレーション、さらには「パフォーマンス」という言葉がふさわしいのか訝しくなるほどの宴会芸のような身ぶりまで、その言葉が意味する内容は幅広い。だが、90年前後のアートシーンを生きていた彼らが、自らの肉体を運動させることに腐心していたことは、まず間違いない。

90年代を歴史化しようとするとき、このことはことのほか重要な意味をもつ。なぜなら、「パフォーマンス」という言葉が該当するにせよしないにせよ、肉体表現の隆盛はある種の歴史的な切断面を暗示しているからだ。

先ごろカイカイキキギャラリーで個展を催した菊畑茂久馬は、言うまでもなく「九州派」を代表する美術家だが、戦争画をめぐる鋭い論考を発表するなど、優れた論客としても知られている。その菊畑は戦時中の戦争画から戦後美術の展開を「肉体絵画」の台頭によって整理した。すなわち戦中の戦争画の主要な主題は、現在東京国立近代美術館の常設展で展示されている藤田嗣治の戦争画がそうであるように、幾重にも折り重なった肉体の塊だったが、その主題は戦後の鶴岡政男や麻生三郎、福沢一郎らの絵画にも継承されている。ただ一点、前者の肉体が着衣だったのに対し、後者のそれは文字どおり全裸だったという差異を指摘したうえで、菊畑は戦後美術の出発点として「肉体絵画」を位置づけるのである。

つまり、こういうことだ。「肉体絵画」の肉体は、戦後を戦争から切り離すためにこそ絵画に導入された。このことから敷衍できる仮説は、従来の歴史を切断し、新たな出発点を設ける野望を実現させようとするとき、人は肉体にまなざしを向け、肉体を躍動させるのではないかということだ。

翻って90年前後のアートシーンを見直してみれば、そこには戦争という決定的なエポックがあったわけではないにせよ、わたしたちがいま知っている現代美術にとってのある種の原点が刻まれていることがわかる。その原点とは、いわゆる「G9」としてくくられるコマーシャル・ギャラリーが90年前後に活動を開始したことだけを指しているわけではない。中村政人や村上隆の台頭は、それまでのもの派からポストもの派という歴史的な展開とは別の潮流の誕生を明らかに意味していた。さらに中村政人が現在手がけている都市型のアートセンターは、90年代以後急増した地域社会の只中で実行されるアートプロジェクトで養った経験と知見によって成立しているが、産業と行政、コミュニティを巻き込んだ美術のありようは、美術を美術として自立させて考える従来のモダニズムとは明らかに一線を画している。2015年現在の現代美術のなかには、旧来のモダニズムがゾンビのようにいまだに彷徨っているが、それに対するオルタナティヴが生まれたのが、90年前後の歴史的な切断面だったのである。そしていまや、そのオルタナティヴは主流になりつつある。

興味深いのは、中村政人は90年前後の肉体芸術を「記録」した一方、肉体芸術を「実践」していたわけではないという点である。つまり状況の当事者でありながら、同時に観察者でもあった。60年代であれば「記録」は平田実や羽永光利らの写真家によって担われていたが、その機能を中村は自分自身で実行した。そこには、たとえば中村が『RENTAL GALLERY』や『美術と教育』において、本来は研究者が担うべき役割を、すぐれた実行力によって代行したように、ポストモダン時代のアーティスト像という一面がないわけではない。だが、より本質的には、そのようにして自覚的に記録写真を残すことで、新たな歴史のための物証をそろえたという一面も指摘できよう。

90年前後の歴史の切れ目は、45年のそれのように「戦争」という暴力によって引き裂かれたわけではない。それは、当時の若いアーティストなりギャラリストなりキュレイターが意図的かつ人為的につくり出したのだ。あの700枚もの写真群は、その「必要」と「戦略性」を如実に物語っているのである。

初出:「artscape」2015年11月1日号

中村政人個展 明るい絶望
会期:2015年10月10日~11月23日
会場:3331 Arts Chiyoda

[追記]
現在、3331 Arts Chiyodaで開催されている「アーリー90's トーキョーアートスクアッド」展は、本文で言及した「90年代を歴史化しようとする並々ならぬ意欲」に満ち溢れた展観で、見ごたえがある。キュレーターは西原珉。出品作家は、中村政人をはじめ、会田誠、岩井成昭、宇治野宗輝、小沢剛、中ザワヒデキ、八谷和彦、松蔭浩之ら19名。

もとより東京の内外を問わず優れた活動をしていたのは彼らだけではないのは紛れもない事実であるから、この企画展をもってして90年代の現代美術史と短絡することはできない。けれども、おびただしい数の文字資料や映像資料がその歴史化のために待機しているように見えたのもまた否定できない事実である。赤瀬川原平による『反芸術アンパン』や『東京ミキサー計画』が当事者による証言でありながら歴史資料になりえていることを考えれば、本展で展示された資料が貴重な一次資料であることは間違いないといえよう。だが、それらは素材であって歴史そのものではない。

重要なのは、そうした具体的な材料をどのような歴史として再構成するのかという視点である。言い換えれば、どんな視点から過去を振り返るのかという歴史観、つまり現在の眼がなければ過去は一切立ち上がらない。すべてとは言わないにせよ、60年代はその当時生まれた若者たちによって90年代に召喚されたことで歴史化されたと言ってよい。であれば、その90年代は90年代に生まれた現在の若者たちによってどのように呼び出されるのだろうか。本展の資料群は、その時機を待っているにちがいない。

#中村政人 #美術 #アート #レビュー #福住廉

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