ハーバード見聞録(52)

ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


アメリカは誰のものか(米国内の民族興亡)(1月9日の稿)

2006年7月12日、レバノンとイスラエルの国境付近で、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの軍事部門がイスラエル軍部隊を襲撃し、同軍兵士2人を拉致した。

これに対しイスラエル地上軍は同日、兵士救出のためレバノン南部に侵攻するとともに、空軍によりレバノン北部にまで空爆を繰り返しヒズボラの撃破を目指している。

それに先立ち、6月にはパレスチナ武装組織により拉致された兵士救出のため、イスラエル軍はパレスチナ自治区のガザ地区へ侵攻しており、イスラエルは二正面作戦を展開している。

爾来、CNN、FOX NEWS、CNBCなどアメリカのニュース専門テレビ放送局は、連日ほぼ全面的にイスラエルによるヒズボラ攻撃を伝えている。私のヒアリング能力でも大体理解できていると思っているが、イスラエルのヒズボラ攻撃を批判する論調はほとんど聞かれない。駐米イスラエル大使に対するインタビューの中で、フランスやベルギーなどヨーロッパでイスラエル批判のデモの映像を示して、同大使にコメントを求めたところ、

「ヨーロッパでは、昔からanti-Semitic movement(反ユダヤ運動)があるんだ。」

と、切り捨てるように答えていた。また、暗に「だから、アウシュビッツがあったんだ」と言わんばかりに、平然としているように見えた。

日本のテレビであればどうだろう。例えば、自衛隊のイラク復興派遣に対しては、テレ朝やTBSは従来からのトーンで、決まりきったように批判的な論陣を張るだろう。日本だけではない、アメリカでも、ベトナム戦争や、イラク戦争ではメディアの多くは極めて批判的論調が多かった。

ところが、今回のイスラエルのヒズボラ攻撃についてアメリカのテレビは、「偏向している」とさえ思えるほど、イスラエル支持を鮮明に打ち出している。もっとも、事態が長引けばどうなるかは分からないと思うが、少なくとも、7月下旬まではそうだ。

テレビだけではない、ブッシュ大統領のアメリカ政府のイスラエル支持は徹底している。野党・民主党もブッシュに負けてはいない。次期大統領候補の一人と目されるヒラリー上院議員は、いち早くイスラエル支持を打ち出した。前回の大統領選挙で、ブッシュに負けたケリー上院議員もイスラエル支持を鮮明にしている。もっとも、同議員の父方の2代目はチェコから移住したユダヤ人であったという情報があるそうだ。

余談だが、日本政府は、日米同盟強化のコツをイスラエル政府に指南してもらえばどうだろうか。イスラエル政府は、日本政府が「ポチ」と揶揄されるほどにはアメリカに忠勤を励んでいるようには見えない。中国に武器・技術を輸出しようとしたり、核兵器開発などまで行っている。日本がイスラエルと同じことをしたら、日米同盟が維持できるだろうか。

米国の異常なまでものイスラエルに対する肩入れ振りは、7月初旬の北朝鮮のミサイル発射問題に対する対応と比べても明らかだ。今回のイスラエルによるヒズボラ攻撃についてのテレビ報道のヒートアップぶりは、北朝鮮のミサイル発射の時をはるかに上回っている印象だ。矢張り、アメリカは、アジアよりも中東に対する関心の方が高いのでは、と僻むくらいの違いがあるように思える。

アメリカにおけるユダヤ人口は、約600万人と言われ、総推定人口約2億9388万人(04年8月)の約2パーセント強に過ぎない。総人口の2パーセント強しかいないユダヤ人がこれ程までに米国の外交政策に大きな影響力を持ってきたのは周知の事実である。

一例として、米国の海外軍事・経済援助の支援国を見てみよう。1995年から2004年までの10年間の米国の海外軍事・経済援助額は、イスラエルが第1位で309億ドルで、全体の約20パーセントを占める。第2位エジプト(209億ドル)、第3位ヨルダン(39億ドル)、第4位アフガン(29億ドル)などに比べ、如何に突出しているかがわかる。

ユダヤ人がアメリカの政治・外交に対し強い影響力を持っていることを喩えて、私は、「巨像の頭に乗って、これを動かしている狐」と表現している。

アメリカのメディアがイスラエルに肩入れするのはなぜだろうか。アメリカのユダヤ人は何故これ程までにアメリカの外交に大きな影響力を持っているのだろうか。その回答は、長大な論文が必用になる程のものであろうが、私の簡単な印象として申し上げれば次の通りである。

米国のユダヤ人は、学者・学界、法曹界、新聞・テレビなどのメディア業界、医学界、金融業界などの知的・情報集約分野の業界では特に支配的な影響力を持っていると言われている。例えばアメリカ東部のハーバード大学など名門私立8大学で結成する連盟「Ivy League」の教授の7割はユダヤ系だと聞いたことがある。メディア業界では記者のみならず経営者もユダヤ系が多いと言われる。

確か「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンダサン著)という本の中に以下のような趣旨のことが書いてあったと記憶している。

〈ユダヤ人は、子供が生まれたら、旧約聖書のページを開いて、紙の上に蜂蜜を垂らして、それを嬰児に舐めさせる。そして、『本という知恵の集積物』の中に蜂蜜のように甘い・見えない『宝物』が存在することを原体験させる〉

ユダヤ人という知的少数精鋭民族が、知的・情報分野で優位を占めることにより、国家という有機体の「頭脳・神経機構」を支配し、アメリカという超大国家を動かしているメカニズムがあるのではないだろうか。更にいうならば、これら知的・情報・金融分野の業界分野に共通していることのメリットは、①「少数精鋭の人材でコントロールできる」②「バイタルな情報を支配できる」③「冨を寡占できる」――ということに尽きるのではないだろうか。     

アメリカのユダヤ人は、このようなメリットを活用し、連邦議会上・下院議員選挙や大統領選挙などに莫大な選挙資金を提供するとともに、メディアの情報力を駆使して世論を形成・誘導することにより、他のアメリカ国内の民族よりも、アメリカの国策に対し大きな影響力を及ぼすことができるのではないだろうか。

話は変わるが、米国は今、不法移民規制強化法案の採否を巡って揺れている。スペイン語を母国語とする中南米出身者やその子孫で、米国に住む人々はヒスパニックと呼ばれる。勿論ヒスパニックの中には、皮膚の色から区分すれば、白人も黒人もその混血もいる。従って、厳密に言えば、ヒスパニックは言語による区分概念であり、「民族」と言うにはいささか問題がある。しかし、アメリカ国内における民族の興亡を観察する上では、まさに「民族」と位置付けた方が適切であると思う。同様に、ユダヤ人も今日では人種としてはセム族のみならず、様々な人種が含まれていると理解している。その区分は、「ユダヤ教」によるものである。

ヒスパニックは、他の民族に比べ出生率が高い。例えばカリフォルニア州の1990年の出生率は白人1.5人、黒人2.0人、アジア系1.9人に対し、ヒスパニックは3.2人にも上り、白人の2倍以上になっている。(出典:「ヒスパニックにおける教育問題」、林則完氏論文) 
 
また、メキシコなどからの不法移民の増加で、米国内でのヒスパニックの人口は、1996年の3000万人弱から2005年には約4300万人に激増している。僅か10年の間に東京都程のヒスパニック人口が新たに出現したわけだ。2000年から2009年までの全米人口構造変化予測によればヒスパニックの人口は34.7パーセント増となっており、黒人の12.9パーセント増、白人の2.8パーセント増を圧倒的に上回っている。このような趨勢が続けば、恐らく今世紀後半にはヒスパニックが「マイノリティーのトップ」の座から、「マジョリティー」になる可能性が高いと思われる。

ヒスパニックは、スペイン語などの母国語を公用語にする「バイリンガル法」を推進している。勿論、アメリカでは、英語を連邦政府レベルで法律により公用語に指定しているわけではないが、英語がアメリカの唯一の公用語であることは「自明の理」としてこれまで国民に認められ、支持されて来たわけだ。つまり、日本語が、法律で日本国の公用語と規定されていないのと同じ事である。しかし、州レベルでは事情が違う。特に、南部の州では、ヒスパニックの急増により、スペイン語勢力の拡大に恐れをなして、州法として英語を「公用語」として指定する傾向にある。

昨年末、私は、フロリダ州に旅行したが、マイアミでは既にスペイン語が支配的に使われており、事実上の「バイリンガル状態」であった。アメリカのケーブルテレビにはスペイン語専用放送が数局存在する。

言語は宗教と同じように民族のアイデンティティを特徴付ける最大のツールであると思う。黒人は、奴隷時代にアフリカのネイティブ・ランゲージ(複数)を忘却した。ベトナム戦争前後に黒人は公民権運動で盛り上がりを見せたものの、皮膚の色と多少の独特の文化の他に白人と明確に区別する言語というアイデンティティを持たなかったために黒人の分離独立的な志向・運動は限界があったのではないだろうか。

このように、黒人の公民権運動とヒスパニックスのバイリンガル運動にはアイデンティティという側面から見て、大きな違いがあり、もし、ヒスパニックスがバイリンガルの権利を勝ち取れば、他の民族もこれに習い、アメリカはこれまでの「UNITY」を保てなくなり、大混乱に陥る可能性すらある。

アメリカは、1776年の独立から高々200年余で、世界の超大国に急成長したが、多民族国家としての宿命から、今後将来1世紀、2世紀、3世紀‐‐‐と時代を経るにつれ、これまで予想もしなかった深刻な民族問題が生起する可能性があるのではなかろうか。

アメリカはいったい誰(どの民族)の国家なのであろうか。勿論最初は、アメリカインディアンの国・土地だった。コロンブスの新大陸発見以来、植民が進む中で支配層はWASP(アングロサクソン系で新教徒の白人)となり、2世紀以上を経て、この支配構造が続いている。

アメリカを支配できる民族の条件について、①WASP、②ユダヤ人③ヒスパニックなどの例を念頭において考えて見たい。

第1の条件は強力なアイデンティティを持っていることである。ユダヤ人はユダヤ教に対する堅信がアイデンティティの源になっている。ヒスパニックは言語と歴史的誇りがアイデンティティの基盤ではないだろうか。WASPは、プロテスタントとしての堅信とこれに結合した民主主義、資本主義というイデオロギーがアイデンティティになっているものと思う。

第2の条件はそれぞれ異なる。WASPは、最初にこの国の基盤を作り上げ、これを発展させたという功績・自負心だと思う。ユダヤ人は先に指摘したように知的・情報分野における卓越性。ヒスパニクは今後人口構成比率(別の言葉では民主主義の根幹を成す選挙における「票の数」)の優越が大きくものをいうものと思う。

翻って、これら以外の民族のアメリカにおける興亡はどうだろう。中国人のアイデンティティである中華思想はアメリカの中で他の強烈な宗教などと拮抗できるだけの強さがあるようには見えない。また、中国の共産主義は世界的に見れば、既に「敗退したイデオロギー」で、中国自身も今では、形骸的に装っているに過ぎない。

韓国人の血統に重きを置くアイデンティティも長期的には混血により消失する可能性が高い。その証拠に、在日朝鮮人の90パーセントは日本人と結婚しているといわれる。

自虐史観がまかり通っている日本など論外で、日本人がアメリカで民族としてパワーを持つなどありえないだろう。

WASP、ユダヤ人及びヒスパニックなどに対抗し、自我を失わない民族はイスラム教を信じる諸国出身の人々かもしれない。彼らがアメリカ社会に適応し、人口を増やし、冨を蓄え、全米にモスクを建立し勢力を拡大すればアメリカで「第4の局」を構築できる潜在力を持っているのではないかと思われる。但しそうなった場合は、アメリカは、現在の世界と同じように内戦状態になるのかもしれない。

アメリカの人口問題について言えば、私は、もう一つ興味深い「問題意識」を持っている。即ち、もうすぐ総人口が3億人に達し、しかも既に述べたようにヒスパニック人口の増加などで引き続き相当な勢いで増え続けると見られる人口をアメリカは将来どうコントロールするつもりなのだろうか。まさか、「一人っ子政策」をやることはなかろう。

地球規模の問題でこれを見れば、深刻な問題が見えてくる。もしアメリカが、5億人にも10億人にも増え続けることを政策的に受け入れるのであれば大問題だ。大量消費文明に慣れたアメリカの人口が増えることは、地球資源の消費に関しては、貧困国家・国民の人口増加の数倍の「消費効果」があることになろう。アメリカ人一人の消費は貧困国家数人分を凌ぐというわけだ。

アメリカのワシントンDCを拠点とする独立系環境研究機関のワールドウォッチ研究所(Earth Policy Institute)のレスター・R・ブラウン所長は昨年春に読売新聞一面に掲載された論文で次のような趣旨の論を展開している。

〈基礎物資(食料部門の穀物と食肉、エネルギー部門の石油と石炭、工業部門の鉄鋼)のうち、石油を除く4つの物資で、中国の消費量は米国を越えている。食肉の消費はほぼ2倍(中国6,700万トン・米国3,900万トン)鉄鋼は2倍以上(中 国2億5,800万トン・米国1億400万トン)である。
この数字は、国内総消費量での比較である。しかし、1人当たりの消費水準で、 中国が米国に追いついたらどうなるか?

中国経済が年8%の成長を続けると、2031年には1人当たりの所得が現在の米国の水準に達する だろう。この時点で中国国民1人当たりの資源消費量が現在の米国の水準に達しているとすれば、人口14億5,000万人に膨らむと予測されるこの国は、現在の世界全体 の穀物収穫量の3分の2に相当する量を消費することになる。また、紙の消費量 は現在の世界の生産量の2倍に拡大し、世界中の森林が伐採し尽されることに なる。

やがて、中国が現在の米国と同じように4人に3台の割合で車を所有するように なると、車の保有台数は11億にのぼる。現在、世界全体でも8億台である。中国 がこれだけの莫大な台数に対応できる一般道路や幹線道路、駐車場を整備するには、現在のコメの作付面積と同じ広さの土地を舗装しなければならない。この消費水準を支えるには、1日当たり9,900万バレルの石油が必要になるということだ。現在、世界の生産量は8,400万バレルで、これ以上の増産は不可能であると思われる。

化石燃料と自動車に依存した使い捨て経済である欧米型経済モデルは、中国では 機能しないだろう。中国で機能しないのであれば、2031年までに中国の人口を上回ると予測されているインドでも通用しない。二国で通用しないような経済モデルなら、それ以外の開発途上国に住む、「アメリカンドリーム」を夢見る30億の人々にも役に立たない。

また、世界経済の統合が加速し、各国がこぞって石油、穀物、鉄鋼を奪い合うような状況においては、先進国でも既存の経済モデルはもはや通用しなくなるだろう。中国を見れば、従来型の経済モデルが終焉を迎えるのも時間の問題であることが分かる。〉

レスターの論文では、「中国やインドの経済発展が、延いては地球規模での資源消費につながることの問題点」のみを強調し「アメリカの人口が急増することが、延いては、中国・インドなどの消費増に匹敵する巨大な消費効果を生み出す」ファクターであることについては、なぜか言及していない。アメリカ人だけが豊かな地球の恵みを享受するのは既得権として「良し」として、「後追い組」の中国やインドの民は、「従来通り倹しい消費生活を続けよ」、というのはおかしい。人種的な差別のニュアンスさえ感じられるような気がする。更に言えば、アメリカ人こそ、今の奢侈を反省し、質素な生活に回帰する運動を起こすべきではないだろうか。アメリカの国教とも言うべき「イエズス・キリストの教え」の中には、清貧を尊ぶことを勧めている。

アメリカの人口問題は、単なるアメリカの国内問題だけには留まらない可能性がある。中国やインドの経済発展に伴う資源消費の拡大と同等の地球規模の問題になる可能性があることが分かる。アメリカが、引き続き京都議定書を批准せず、人口増加を野放しにし、エネルギーや人口問題を当面の経済的な側面、乃至は大国としての条件作り、という要素からだけで捉えるならば、「世界の終末」を招き寄せるのはアメリカなのかもしれない。

レスター所長には、自分の足元のアメリカをよく見てもらいたいものである。

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