ハーバード見聞録(8)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。



ブロードバンド(3月7日の稿)

6月3日ケンブリッジに到着後、しばらくして、ハーバード大学アジアセンター職員のホルヘ氏に案内されてハーバードスクェアーにある大学事務所にシニア・フェロー認定の登録手続きをするために出かけた。そのオフィスで偶然にソニー(株)社員の篠田氏と知り合った。

篠田氏は、オプティカル(導電体の代わりに光に変換された信号)開発部門で、光記録開発を研究され、この度ハーバード大学の光学関係の博士課程に留学して来られたそうだ。後日昼食をすることを約束し、別かれた。
約束の日、ポーター駅近くの日本料理店で再会した。
 
「篠田さん、アメリカという国をどう思いますか。」
「福山さん、アメリカの文化、社会は一言で申せば『ブロードバンド』という言葉が当てはまると思います。『ブロードバンド』とは、私のオプティカル開発に関する専門用語で『幅の広い通信帯域』のことです。」
 
成る程「ブロードバンド」とは言い得て妙な表現だなあと感心した。人種について言えば、白人、黄色人、黒人に区分される世界のあらゆる人種、混血児がアメリカ国民である。貧富の差も極端だ。マイクロソフトの共同創業者のビル・ゲイツ会長のような世界規模の大富豪もいれば、極貧のホームレスもいる。宗教も多様だ。日本にある宗教も殆ど存在するのではないだろうか。学歴も、幾多のノーベル賞受賞者がいるかと思えば、文盲もいる。国土も限りなく広大だ。いずれの要素を見ても「ブロード」である。

先日、航空自衛隊からハーバード大学公共政策大学院に留学中の影浦2空佐のご家族と食事をした際、アメリカの公衆衛生に関し驚くべき話を聞いた。
お二人のお嬢様が、ケンブリッジ市郊外のウオータータウンという町の小学校に通われているそうだが、毎週「虱の検査」が行われるのだという。先生が時々、クラスの子供たちの頭髪を掻き分けて、虱がいないかどうか検査するのだそうだ。そして事実、時々ではあるが、虱が巣食っている子供が見つかるのだという。

その子は、規則に従って、他の子供たちに虱が移らないように、1週間程度学校を休み、頭髪を短く刈り、虱を駆除する薬剤を塗布し、完全に駆除したのを確認した後、初めて再登校を許されるのだという。
「こんな先進国の子供に、虱がいるなんて信じられない」と私は、率直に驚いた。影浦夫人が「福山さん、本当なんですよ。私たちも初めは信じられませんでした」と話してくれた。

このように虱の例を出すまでも無く、アメリカという国・社会は、あらゆる要素が、多種多様で、これ即ち「ブロードバンド」で構成されていると言えるのではないだろうか。
その点、日本という国・社会は、「ナローバンド」と言えようか。人種も殆どが日本人。国土も狭い。貧富の差も小さく、まるで社会主義国家のようだと言われている。文盲もいなければ、虱もいない。

米国は、建国以来常に「ブロードバンド」化が進む中で、「いかにしてこれを纏め、標準化し、巨大なエネルギーを生み出させるか」が課題であり、様々な克服努力を続け、一応の成果を挙げてきたといえよう。
「ブロードバンド国家」に「箍(たが)」を嵌(はめ)るためには、
①民主主義・資本主義に立脚した憲法・法律・制度の制定
②大統領制・連邦制の導入
③キリスト教的倫理観の一般化
④言語の統一
⑤国家・国旗、歴史教育などによる愛国心の高揚
⑥あらゆる分野に亘る管理的手法の開発(特に品質管理(QC)はその成例)

等が功を奏したものと思われる。
 
 なお、航空自衛隊を退官した同期の柴田雄二元将補から本稿を読んで上記「⑥あらゆる分野にわたる管理手法の開発」に関し、米空軍から「SОP化」と「マニュアル化」という管理手法を学んだ航空自衛隊の往時の状況について、次のような興味深い手記を頂いたのでご紹介したい。

「本稿を読んで思い当たることは、ブロードバンドの人達を束ねるためには、SOP(《 Standard Operating Procedure 》標準作業手続き)化、マニュアル化が不可欠なんだろうな、思った次第です。航空自衛隊は創設時、零からスタートしたために範を米空軍に求め、全面的に米空軍をモデルに部隊建設がなされてきたといっても良いでしょう。しかし、一定の年月が経って航空自衛隊を振り返って見た時、これで良いのかという反省も一部にはあったと思います。私が初級幹部の時に思ったことは特技が細分化され過ぎており、非常に勿体ない人の使い方になっているな、ということでした。航空機の整備にしても多くの特技がありますが、米空軍の場合は、一人の整備員に対して非常に狭い範囲の仕事しかさせないが、空自・日本人なら2つか3つ分の特技の仕事は十分にこなせると思ったものです。一方、米国人の場合、人的質にばらつきがあるために、仕事を細分化して、マニュアルも細かく定め、一令一動的にせざるを得なかったのだろうと考えたものです。 ほんの一握りの頭の良い人達が、人々を束ねる、インテグレートするシステムを考え、全体をまとめて一つの方向に引っ張っていく、そういうことに長けた国、国民だと思ったものです。口悪く言えば国民一人一人の平均値にばらつきがある国民をまとめていくために必要なシステムだということです。日本の場合、国民一人一人の平均値も高く、均質化しているので、いちいち細かいことを言わなくても、決めなくても分かる。空気が読める、阿吽の呼吸で分かり合える、というところがあると思います。マニュアル社会には抵抗を感じるところです。但し、最近の若い人達を見ていると必ずしもそうではなくなりつつあるのかな、とも感じる今日この頃です。そういった日本人の国民性、国民の資質からすると、平等意識が強いためにアメリカのような強力なリーダーの出現を好まず、強いリーダーシップを発揮する人を忌避する傾向があるように思います



冷戦崩壊後、世界唯一の超大国となったアメリカは、自らの成功に自信を深め、「米国に嵌めた箍」を世界にも汎用(適用)しようとしているように見える。

しかしそれぞれの国には、それぞれ固有の歴史、文化、宗教、制度などがあり、米国が「箍を嵌めること」を強要すればするほど摩擦が生まれやすい。米国にしてみれば「世界に適用できる米国で成功したシステムを他国はなぜ受け入れないか」と思うだろう。一方、他の国にしてみれば、米国のかかる態度は「世界制覇のための強圧、ゴリ押し、余計なお世話」と見えるだろう。

米国の「箍を嵌めようとする動き」は、同盟などを通じて個別の国を対象にする場合と、国連を通ずる働きかけがある。国連に対する攻勢は、冷戦前は、ソ連・中国に阻まれ、冷戦後は更に盟友のはずであったドイツでさえも距離を置くようになった。

このように、米国は、国内においてはブロードバンドの統一に一応の成功を収めたものの、テロとの戦いや中国とのパワーゲーム、北朝鮮問題など世界規模のブロードバンドを収拾する見通しは、今のところ立っていない。

【後記】
 世界覇権を維持する米国が、自国のシステムを他国に押し付けようとする性向は今日も続いている。その今日的なやり方が「米国主導のグローバリゼーション」という流れだろう。米国が厚かましくも自国の流儀を諸外国に押し付ける思想の源流はマニフェスト・デスチニー(manifest destiny=明白な天命)というスローガン(イデオロギー)であろう。

 マニフェス・トデスチニーは、米国が当初の13州で英国からの独立を勝ち取り、太平洋を目指して「西へ西へ」とインディアンの領地を略奪して拡張する際に、その正当性を弁じたスローガンだ。それが、今日米国の思想・スローガンの源流となっている。

このスローガンはジャーナリストのジョン・オサリヴァン(1813~95)の手によるものである。オサリヴァンは、1839年に『合衆国雑誌及び民主評論』誌に発表した「未来がある偉大な国家」と題する論文の中で、「アメリカの西への発展は『明白な天命(マニフェスト・デスチニー)』である」と主張している。

このオサリヴァンが唱えた「明白な天命」路線はその後、アメリカの国策の根幹となった。この論文が書かれたのは、まさにカリフォルニアに金鉱が発見された1948年前後に当たり、先住民インディアンとの紛争、制圧、排除(殺戮)を続けながら西部開拓が加速された時期だった。

 日本のような温順な国民にも「盗人にも三分の理」などという諺があるが、オサリヴァン(アメリカ人)の「マニフェスト・デスチニー」は「盗人にも『十二分」の理」とも言うべき屁理屈にほかならず、ただただ驚き、呆れるばかりだ。

後に、日本が大東亜戦争で敗北した後は、かかる屁理屈の延長線上で極東裁判をやった。今日に至るもアメリカの極東裁判史観に迎合して「自虐史観」を主張する左翼の日本人には、オサリヴァンの「爪の垢」でも煎じて飲ませたい気さえする。

 何れにせよ、このオサリヴァンの我田引水的な思考・スローガンは、今日のアメリカにも引き継がれているのは間違いない。今日、アメリカは「自由と民主主義を世界に広める伝道者」という立場を取っているが、これはマニフェスト・デスチニーの焼き直しそのものではないだろうか。

西部開拓において、ヨーロッパから渡来して来た白人(WASP)が北米大陸を西進して「我が物」にすることを「神意」として正当化し、そのためには先住民のインデアンを制圧、排除(殺戮)するという蛮行が許される――とする行動パターンは今日も継承されているような気がする。

その〝やり口〟――自国の〝屁理屈〟を軍事力を背景に弱い立場の諸外国に押し付ける厚かましさ――は、本質的には中国もロシアも同じだと思う。

拙著『中村天風と神心統一法』は、皆様の潜在能力を引き出し、人間力を倍増させ、充実した人生――中村天風師は「盛大なる人生」と呼んだ――を送るノウハウを書いたものです。波乱・狂乱の現代を逞しく生き抜く「力」が得られます。お読みいただければ幸甚です。


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