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『源氏物語』現代語訳テキストについて(下)

橋本治 「窯変ようへん 源氏物語」

 ナルシストかつニヒリストな光源氏の視点から語られる、翻案小説とでも言えるものになっています。敬語を省略した英文翻訳体での描写は繊細で華麗です。世界文学としての源氏物語を再輸入したというところでしょうか。

 1991年から1993年に出版され、中公文庫で全14冊になります。

瀬戸内寂聴 「源氏物語」

 瀬戸内寂聴の生き様は、出家している女流作家という独特の地位もあり、多くのメディアで度々取り上げられる程ですが、作家としても多くの作品を残しています。その中でも「源氏物語」に関連する著作も多くあり、講演会も多数行っています。

 「源氏物語」の現代語訳は1996年から1998年に「現代語訳源氏物語」全10冊として講談社から出版されました。現在は、講談社文庫になっています。

 各巻の最後に「源氏のしおり」という解説がついており、文章に書かれていない紫式部の本音が綴られています。また、その中に瀬戸内寂聴の人生観も垣間見られます。

瀬戸内寂聴訳

大塚ひかり全訳 「源氏物語」

 原文重視の逐語訳でありながら、「分かる『源氏物語』」を目指して書かれました。地の文では、敬語・謙譲語を抑え、その代わり主語を補いながら、原文のリズムを損なわないように心がけています。また、文字数も原文より極端に長くならないようにしています。かなりくだけた文体になっています。そして、場面の情報が不足している部分を補うために「ひかりナビ」という解説を加えています。

 2008年11月から全6冊で、ちくま文庫から出ています。

大塚ひかり訳

中野幸一 「正訳 源氏物語 本文対照」

 2017年7月に勉誠出版創業50周年で出版された、早稲田大学の中野幸一名誉教授の手による「正訳 源氏物語」全10冊です。

 語りとしての物語を、紫式部の書いた本文をできるだけ忠実に訳した、「本物」の現代語訳に挑戦しています。

 地の文は「ですます調」を基本とし、訳文に表せない説明を上欄に解説を加えています。主語の補填は最小限にとどめ、また分かりにくい場合はカッコ内に呼称をを加えて読解の助けとしています。

 現代語訳で読みたいけど、原文も参考にしたいという方にはおすすめです。

中野幸一訳

林望 「謹訳 源氏物語」

 リンボウ先生というあだ名を持つ林望は、幅広いジャンルの膨大な知識をもつ、学者であり小説家です。

 「謹訳 源氏物語」では、敬語表現を限界まで省き、主語を明記しています。そして、必要な知識や情報をできる限りコンパクトに本文に組み込み、脚注、補注などは排除しています。

 そして一番の特徴は、声に出して読む、あるいは耳から聞くことを意識して書かれていることです。実際、著者自ら朗読したアプリがApp Storeで販売されています。

 「謹訳 源氏物語」は、祥伝社文庫で2010年3月から2013年6月に出版され、全10冊です。一番手に入りやすくて、しっかりと読めるテキストで、おすすめです。

林望訳

角田光代 「源氏物語」

 河出書房新社が出版した「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」04~06の3冊が「源氏物語」です。

 この全30巻の全集は、作家の池澤夏樹が個人編集の形で「古事記」から始まり、開高健、大江健三郎、石牟礼道子などの現代の作家まで網羅したもので、2014年から2018年に発行されました。

 池澤夏樹は、これに先立ち「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」全30巻もだしており、幅広い知識と行動力は大変なものです。

 角田光代は、映画化された「八日目の蝉」の原作を書いた小説家で、古典の現代語訳はこれが初挑戦だったようです。なので、「源氏物語」への向き合い方から手探りのようです。しかし、古典・古文に詳しくないのが幸いしてか、物語の核心をつかんだ簡潔な表現で書かれ、上品な文章でとても読みやすくできています。

 最後まで一気に読み通したい方におすすめです。「源氏物語」にかぎらず、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」はおすすめです。ただし、学習者には、ちょっと軽すぎると言われるかもしれませんが。

角田光代訳


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