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【エッセイ】 スーパーマーケットでの心得   『お会計は食べてから』 〜やっぱり今でもカルチャーショック〜

スーパーマーケットでの心得  〜 お会計は食べてから 〜
 
 昔、仲良しだったアメリカ人の友人とスーパーマーケットへ買い物に行く度に、びっくりおどおどしたことを今でも時々懐かしく思い出す。

 彼女は非常に気さくで親切で、誰にでも話しかけるとってもフレンドリーな女性だった。
 彼女とスーパーマーケットへ行くと、彼女の好きな食べ物だけでなく、料理上手な彼女が料理の隠し味に使う秘密の食材や、一般には用いない方法で使う彼女秘策の変わったレシピなどをいろいろと教えてもらえるので、行く度に新鮮で、私はとても楽しかった。

 しかし、ひとつだけ私を悩ますことがあった。
 彼女がスーパーマーケットへ行く度に、スーパーマーケットの商品のつまみ食いを始めることだった。日本のように、商品の試食販売係がいて、サンプルを「どうぞ、召し上がってください」と言って配っているわけではない。彼女が決まってつまみ食いをするのは、量り売りの売り場の商品だった。
 欧米諸国のスーパーには量り売りをしている商品が実に多い。粉類、米類から豆類、ナッツ類、コーヒー豆からチョコレートや子供たちのグミやマシュマロなどのお菓子類まで、さまざまなものが量り売りされている。自分が欲しい量を袋に入れ、それを付近に置いてある計りで計量。商品コードを入力すると、自動で計算された金額シールが出てくる。それを貼ってレジへ持って行く、というシステムだ。
 彼女はこの量り売りの売り場を通る度に、と言うよりも、わざわざ必ず通るようにして、必ずつまみ食いをするのだ。そして、「これ美味しいのよ」と言って、私に勧める。私は彼女のこれに、とても気が休まらず、落ち着かなかった。防犯カメラがたくさんあるんだぞ。しかも、毎度毎度のことだから、私は彼女の好物は既に百も承知だ。
「ダメだよー」と言ったところで、彼女の方が現地のスーパーマーケット通い歴は私よりもうんと長い。
「大丈夫よ、皆、こうやって食べるものよ」
「いやいや、そんなことはないはずだ」
 私は心の中で反論する。
 
 ある時は、どうしても食べたいアイスクリームがあると言い出し、どこかへ行く途中の私たちを、彼女が無理やりスーパーマーケット経由に仕向けたことがあった。
 彼女の言う「どうしても食べたいアイスクリーム」とは、アイスクリームが大きな二リットルカップで売られている欧米諸国ではあまり見ることのない、日本のジャイアントコーンのようなアイスクリームのことだった。それを見つけ出した彼女は、手に取るや否や、パッケージを剥き始めた。
「おいおい、食べたいからって、今ここで食べ始めるの?」
「そうよ、きっちゃんも食べる? 奢るから」
「いやいや、わたしゃ食べないよ。奢るも何も、まだ買ってもないじゃん。子供じゃないんだから、レジまでくらいは我慢しようよ。」
 ところが、ろくすっぽ何も買いやしないくせにスーパーをうろうろするのが大好きな彼女は、食べながらいつものように、
「これ、美味しいのよ」
「これ、普通はこうやって食べるんだけど、こうやってああやって食べるとすっごく美味しいの」などと、いろいろ説明して歩く。彼女が食べているアイスクリームは今の段階ではまだ彼女のものではないのだから、いつ警察に捕まってもおかしくはない状況だと、私はびくびくしながら、しかし、ついて回るしかなかった。
 やっとレジへ行き着いた頃には、彼女はすっかりジャイアントコーンを平らげていた。
 いつものように、レジ係の女性に、
「元気? どう今日は?」など、アメリカ人典型の「初めて会うのにまるで友人」スタイルの、うわっつら挨拶会話をひと通り始めた。
 ところで、アメリカ人のこの「ハーイ、ゲンキ?」の決まり文句の挨拶会話は、実は、全部パッケージで「ハロー」の意味でしかなく、日本の学校で習ったように、「はい、元気です。あなたは如何ですか?」などとバカ丁寧に答える必要は全くないのだ。あなたが元気かどうかを自分の体に聞きながら一生懸命答えている間に、通りすがりのフレンドリーな「ハーイ、ゲンキ?」の質問の人は、もうとっくに通り過ぎていることが多いのだ。
 ジャイアントコーンの彼女にとっては、「ハーイ、ゲンキ?」は常に知らない人と会話を始める為のきっかけだった。そして、
「あっ、これね、もう食べちゃったの」と言って、食べ終わった残骸のパッケージをレジ係の女性へ差し出した。切れ切れになったバーコードのお陰で、ひとつひとつ数字を手打ちしなくてはならなくなったレジ係の若い女性に、こともあろうに、
「とっても美味しかったの。あなたも食べる? 奢るわよ。持って来てあげようか?」と言い出す始末。
 レジ係の若い女性は誰がどう見ても勤務中だ。勤務中にジャイアントコーンを勧めるなんぞ、フレンドリーにも程がある。レジ係の若い女性がきっちり断ったことだけが私のカルチャーショックの傷を深めることを食い留めてくれた。

 彼女と行くスーパーマーケットは文字通り、ハラハラドキドキ、私にとって冒険だった。
 彼女だったら、きっと警察官に出くわしたところで、怯みもせずに、
「これ、とっても美味しいのよ。食べたことある? 食べる? 奢るわよ」と、勤務中の警察官にもジャイアントコーンを勧めていたに違いない。
 そして、きっと今も、息子たち二人を連れてどこかのスーパーマーケット内でつまみ食いをしているに違いない。


 お読みくださり、ありがとうございました。
                      ふくわうち きちこ


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