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服がくれた、たくさんのきっかけ
よく「なんでそんな服好きなん?」と聞かれることがあります。
不人気傾向にあり、少なくとも「今目指すべき業界TOP3」などのランキングがあれば確実にランキング圏外のアパレル業界を人生かけて突き進もうとしていることが不思議に見えるのかもしれません。
たしかに自分は"服が好き"ですが、特定のコレクションブランドの熱狂的なファンでも、ファッションのルーツなどの歴史に特別詳しいわけでもありません。
自分より色んなブランドや服を知っている人は数えきれない程いると思います。
今の自分の"服が好き"というモチベーションの源泉は人と少し違うのかもしれない。そう感じて今までを振り返ってみました。
思い返してみると、遅くとも小学生から服はほとんど全て自分で選んでいました。もちろんお店には親が連れて行ってくれますが、そこで自分で決めて自分で選びなさいというスタイルでした。当然その日学校に着ていく服も自分で決めます。
たしかランドセルも小学校2年生の頃には嫌だと言い、いわゆるメッセンジャーバッグ的なものに乗り換えた覚えがあります。
今思えば、あんな高くていいモノをたった1年で使わなくなるなんて申し訳なさすぎます・・・。でも、当時の自分の小ささと幼さに革のランドセルは見た目として違和感を覚えたのだと思います。
中学への入学時には、皆と同じ制服は嫌だろうと親から変形ズボンを勧められるような特殊な環境でした。あまり思い切った変形のモデルに興味の無かった僕は、その中でも一番目立ちにくいものを選びました。(たしかスラムダンクの水戸洋平モデルだったと思います)
高校も私服だったこともあり毎日のように服を選んでいました。一番色んなブランドを知ることに熱中した時代だったかもしれません。
そんな環境もあってか服を選ぶことに苦手意識はありませんでした、むしろ比較的得意な方だったと思います。嬉しいことに周りから褒めてもらうこともありました。
思い返すとこの頃の"服が好"きは「自分で選べる」ことや「周りから褒めてもらえる」などの自己実現や承認欲求に由来していたのかもしれません。
大学からはそんな服と仕事としても関わるようになりました。きっとそこから"服が好き"という気持ちの由来が変化していったのだと思います。
大学時代にはアパレル販売のアルバイトをしていました。
初めてアパレルの仕事に誘ってくれ、その後に繊維商社を目指すきっかけをくれた人。
めちゃくちゃ厳しかったけど、販売のイロハを教えてくれた人。
留学先で見ず知らずの僕を受け入れてくれて、海外でのアパレル販売のきっかけをくれ、後に夢に進むか迷う自分の背中を押してくれた人。
繊維商社への入社後も様々な人に出会いました。
営業や繊維製品のモノづくりについてだけでなく、社会人としての基礎を教えてくれた人たち。
社内で自分の業務をサポートしてくれていた人たち。
忘れっぽいし怒りっぽいし、時にはトラブルで喧嘩になることもあるけど、自分の商売を支えてくれた生地屋/縫製工場/附属屋などたくさんの仕入先の方々。
時に無理難題を投げてきて腹が立つこともあるけど、頼りにしてくれていた得意先の方々。
そして、自分の夢を笑うことなく応援してくれる友達。
みんな大事な人で、その人たちと出会えたのははかけがえのないことです。
でも、思い返すとその出会いの全ては自分が"服が好き"で、それに向かって行動をしていたからあったものなんだと思いました。そうでなかったら皆と出会うこともなかったかもしれません。
僕は人生の決断や素敵な人たちとの出会いのきっかけをくれた服に本当に感謝しています。だからこんなにも"服が好き"なんでしょう。
少し変わった形かもしれませんが、きっとこれが僕の"服が好き"なんだと思います。
僕が服を通して出会った人や経験したことを書いた記事です。時間があればぜひ見てみて下さい。
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