見出し画像

お前のバカで目が覚める! 第15回「職業・すり替え屋」

【注記】
これは、ぴあが発行していた情報誌「weeklyぴあ」に2003年7月14日号〜12月22日号の半年間連載していたコラムの再録です。文中に出てくる情報や固有名詞はすべて連載当時のものです。現在のポリティカル・コレクトネスや倫理規範に照らし合わせて問題のある表現が数多くあり、私自身の考えも当時から変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。

職業・すり替え屋

「お願いします、これでどうかひとつ・・・・・・」

 そう懇願すると、加藤あいの事務所関係者は私の目の前に札束を積みあげる。私は「ま、やるだけやってみましょう」とだけつぶやいて、ココアシガレットから「ようかいけむり」の煙を大きく吐き出した―――。

 私の職業は「すり替え屋」だ。依頼人のオファーに従って、ある物と別の物を誰にも気付かれずにすり替えるのが仕事である。スポーツ選手の飲んでいるポカリスエットをこっそりアクエリアスに注ぎ替えたり、サラリーマンが電車で読んでいる週刊現代を週刊ポストに差し替えたりするのは朝飯前だ。業界内でのシェアを少しでも奪いたい企業からの闇の依頼が多いためだ。花王の月のロゴマークに線をびっしり書き加え、P&Gのマークにしたこともある。

 先日は某メーカーから、ライバル会社にいやがらせをしたいと依頼され、ポッキーのプレッツェル部分をプリッツトマトサラダ味にすり替えたり、キャラメルコーンを「丸まった幼虫」に詰め替えたりした。ちなみに日ごろ一番多い依頼は、「パクリ」を「オマージュ」にすり替えてほしい、というミュージシャンからの依頼だ。

 依頼人のプライバシーには踏み込まないので、動機不明の仕事も多い。渋谷のハチ公を上野の西郷どんの犬と交換したり、東京駅の「銀の鈴」を「巨大な木魚」にすり替えたりもしたが、待ち合わせする人たちは不思議と誰も気付かなかった。「WOWOW」を「WOWWOW」にしたときも、もとからWを一個多く書き間違える人が多かったので特に問題にならなかった。

 私のような職業が成り立っているのも、人間の現実認識がすこぶるあやふやなおかげだ。タモリのモノマネをしようとすると「タモリのモノマネをするコージー富田のモノマネ」になってしまうように、「もちろん」が誤植で「もろちん」になっていてもたいていはスルーして「もちろん」と読めてしまうように、人は対象を実体ではなく記号としてとらえている。だからすり替え可能なのだ。

 ステレオタイプな思い込みの力ってすごいからね。たとえば、人に力士の絵描かせたら、必ず横に「ごっつぁんです」とか「どすこい」とか書くでしょ。力士が実際に「どすこい」って言ってるとこ見たことあんのかお前は。われわれが思っている以上に、力士は「どすこい」とは言わない生き物なのに。

 人間にそんな思い込みの力がある限り私の仕事は安泰なわけだが、ときに危険な綱を渡らねばならないこともある。「あめくみちこ」を「あくめみちこ」にしたり、「花*花」の「*」を「肛門の穴」にすり替えるのはまだ楽だったが、「ポコ・ア・ポコ」を「なだ・い・なだ」に、「リムジン」を「理不尽」にすり替えるのには相当の苦労を要した。

 さて、今回の依頼もなかなか骨が折れそうだ。なにしろネット上に流出した画像を、すべて「阿藤快の入浴シーン」にすり替えなければならないのだから。

(初出:『Weeklyぴあ』2003年10月20日号)

* * * * * * * * * *

【2023年の追記】

個人的には、第12回「ぴあ独占!○ティちゃんロングインタビュー」と同じくらい好きな回です。ちゃんとギミックが一個乗っかってる原稿が書けたときは、よく書けたなと思います。

この「すり替え屋」というギミックは、その時代その時代の時事ネタを使えばずっと量産し続けられるネタなのがいいですよね。きっとあれから20年経った今のすり替え屋も、吉岡秀隆と岩井俊二をすり替えたり、オズワルド畠中と吉田豪の声だけをすり替えたり、ちょっと前の中村倫也と今の松下洸平の立ち位置をすり替えたり、『呼び出し先生タナカ』とめちゃイケの抜き打ちテスト企画をすり替えたり、山崎まさよしとさだまさしのライブのトーク時間をすり替えたり、いろいろな依頼を受けて暗躍しているはずです。

みんなが「しながわ水族館」だと思っているところが本当は「アクアパーク品川」なのもすり替え屋の仕業ですし、バラエティ番組で以前は「食レポ」と言っていたのが、最近だんだんと「食リポ」に統一されてきているのも、もちろんすり替え屋が少しずつ気付かれないように世間の表記をすり替えてきたからです。

呂布カルマの「呂」を「g(グラム)」にすり替えるのは骨が折れた…って書こうとしたら、フォントが違って「呂」に似てるほうの「g」が出てきませんでした。

それにしても、加藤あいの温泉入浴写真の流出騒動は、当時ですらオフィシャルな雑誌が取り上げるのはタブーだった気がするのですが、ここでもやはりぴあの校閲が機能していなかったのか、しれっとスルーされてるのが恐ろしいです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?