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お前のバカで目が覚める! 第11回「忘れることだけ上手になって」

【注記】
これは、ぴあが発行していた情報誌「weeklyぴあ」に2003年7月14日号〜12月22日号の半年間連載していたコラムの再録です。文中に出てくる情報や固有名詞はすべて連載当時のものです。現在のポリティカル・コレクトネスや倫理規範に照らし合わせて問題のある表現が数多くあり、私自身の考えも当時から変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。

忘れることだけ上手になって

 私は今ヘコんでいる。これまで前田亘輝やはなわ、ときにはステラおばさんにまでムリヤリ難癖をつけてここまでやってきた私である。せめて自分だけはソツなくツッコまれず生きたいと願っていたが、ついに先日、自分で自分に愛想を尽かす大バカをこいてしまった。

 その日私は大学の同級生のつくる自主制作映画に出演を依頼され、ロケのため真鶴くんだりまで向かっていたのだが、その途上、撮影に使う衣装などを入れた紙袋を丸ごと東海道線の車内に置き忘れてしまったのだ。どうやら途中で各駅停車から快速に乗り換えたとき、網棚に乗せたまま忘れてしまったらしい。道理で手もとがまるで何も持っていないかのような解放感に包まれていたはずだ。何も持っていなかったんだから。

 なにが情けないってその紙袋がね、普通忘れたくても忘れられない存在感を呈しておったわけ。頭では忘れたくてもこの体が覚えてるんだろ、えぇ?とスケベに迫ってくるデカさなんですわ。よく街角で配ってるヤフー!BBの紙袋みたいな、「そんなかさばるもん街頭で受け取れねぇよ!」とツッコミたくなるデカさなんですわ。

 たぶんね、疲れてたんだろうとは思う。よく覚えていないが、座席に座るやいなや爆睡し、赤べこのようなヘッドバンキングをしていたような気がする。「にゃむじゃぶ、つぇべくにゃむ・・・・・・」と、寝言とも「旭天鵬関の本名」ともつかぬうわごとをつぶやいていたような気もする。

 んが! 思わず鼻濁音で発音してしまったが、んがしかし! 電車に物を置き忘れるなんて、失敗談としてはベタもベタ、「財布を忘れて愉快だね」みたいな「サザエさん」レベルの世界じゃないかフクスケちゃんよお。ああ、いっそ世界の中心で「ぎゃふん」と叫びたいよ私は。いや、もはや「私」なんて上等な一人称すらおこがましいですよ。もうね、これから自分の一人称「ぼくちん」とかでいいです。むしろ「パクチ」でいいです。

 そりゃ卑屈にもなりますよ。だって結局紙袋、伊東まで取りに行ったんだから。もう一度言いましょうか。伊東だよ、伊東。あ、二度言っちゃった。行きましたよパクチは。忘れ物を取りに行くためだけに伊東へ。温泉地なのにたった一人手ぶらで行ったよ。泣きそうだったよ。

 みじめな瞬間、というのは誰にでもある。便座を下ろし忘れて便器に座っちゃったヒヤッと感とか、歯に挟まったとうもろこしのカスが取れないもどかしさとか。これらは傍目からはみじめとわからず、水面下で地味にみじめな分、余計自分に直にフィードバックしてくるみじめさであるとも言える。

 パクチが伊東に行くとはすなわちそういうことだ。直面するのはくっきり浮き彫りになった己のバカさ加減だけ。しみじみヘコむ。それはもう、開封前の「ごはんですよ」のフタのように、パクチの心はセンターでヘコんでいるのだ。頼む。誰かフタ、開けてくれ。

(初出:『Weeklyぴあ』2003年9月22日号)

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【2023年の追記】

前回に引き続き、当時の私の中だるみっぷりがうかがえる生ぬるいほのぼのエッセイに仕上がっています。俗にいうスランプってやつですね。スランプの風が吹き荒れてました。爆風スランプでした。ドクターストップが必要なレベルのあられもないちゃんとしたスランプだったんだと思います。略して「Dr.スランプ アラレちゃん」です。

常日頃、なんとかギリギリ社会的にまともな人間を装って生きていますが、実は数年に一度の周期で大きめのやらかしをします。友達と国内旅行に行く朝にまんまと寝過ごして、空港までタクシーで1万円かけて行ったこともありました。友人から借りた録音機材(マイクと接続ケーブル)を高田馬場駅前の富士そばに置き忘れて弁償したこともありました。

このときは酔っていて忘れたことにすら数日間気付かず、案の定、問い合わせたときには誰かに持ち去られており、「富士そばに来てるくせにマニアックなもの盗んでんじゃねーよ! 」と悪態をついたりしたものでした。富士そばの客が盗んでいいのは、もっとこう、耳垢のついた有線イヤホンとか、そばつゆのハネた『めしばな刑事タチバナ』48巻とか、新品の傷ひとつない大江裕のペンライトとか、そういうものでしょうよ!

怒りの矛先がよくわからなくなってきたところで、俺が20年前、伊東行きの東海道線に置き忘れてきたのはもっと大事な「おもしろさ」だったのではないかと思うと、ゾッとして何もかも忘れたくなるのです。

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