「生みだす力のある街」 石巻
宮城県石巻市、東日本大震災で大きな被害を受けたこの街が、今活気に満ちている。震災をニュースで知り「何か自分にできることはないか」と被災地に集まった若者たち、その彼ら彼女らが中心となり、10年の歳月をかけて石巻に新たな価値を生み出し、石巻の未来を作ろうとしている。その姿はなんともエネルギッシュで輝いて見えた。
石巻の街づくりに関わる若者たちは、皆共通して石巻の未来について、自分たちの可能性について夢を膨らませていた。大きな事業を行う潤沢な資金や大手スポンサーの援助があるわけでもない彼らだが、だからこそアイデアとやる気に満ち、自分達の力で一度ゼロになったこの石巻からエキサイティングで面白い事を発信していこうという気概が見えた。そしてそれらの強い思いは、震災から10年たった石巻で一つ一つ形となって現れ始めている。
今回はそれらの事例のいくつかを見学させて頂いた。僕はそれらを目の当たりにし、活気のある物事には共通して「多様でいくつもの複合的な要素が共存している」というひとつの法則があることに気づいた。
シアターキネマティカ
例えば、石巻の中心部にシアターキネマティカという複合エンタメ施設がある。
震災当時空き家だったこの建物(以前は布団屋だったとのこと)をボランティアが中心となりクラウドファンティングなどを活用しDIY で作り上げた。2022年8月にオープンしたばかりの施設だ。こちらの施設、複合エンタメ施設というだけあってその機能は、カフェ、ビアスタンド、シアター(劇場)などを有する。僕が現地を訪ねたその日も劇場では投げ銭落語会が催されていた。
ISHINOMAKI HOP WORKS
シアターキネマティカの裏にはそれこそ閉鎖した映画館を改装してビールの醸造所を作ってしまうというなんともチャレンジングなISHINOMAKI HOP WORKSがある。こちらで醸造されたばかりのクラフトビールは、シアターキネマティカのビアスタンドで飲むことができる。
クリエイティヴ・ハブ
石巻の中心部には多くの空き家、空きテナントがあるが、その中でもクリエイティブ・ハブは、築50年以上の空き鉄骨造倉庫を改装した奇抜さでは群を抜くほどの施設である。こちらの1階のピロティの部分は使用者が自由にイベントなどを開催することができる様に貸し出しを行なっており、2階部分にはアトリエ、工房、オフィス、ワークスペース、ショールームと多機能な用途で活用されていた。そこには世界的有名な家具メーカーのショールームが入居されおり、クリエイティブ・ハブのブランド価値向上に一役かっているようだった。
石巻ホームベース
石巻中心部から車で少し走った国道沿いに石巻ホームベースという施設がある。こちらは木造2階建ての新築であるが、新築らしからぬチャレンジングな施設で、入居するテナントは石巻工房という木材家具のショールームをメインにカフェ、ビアスタンド、ゲストハウス、革製品と自転車の工房までもが軒を連ねる、なんとも盛り沢山な施設であった。
他にも面白い施設は沢山あるが、刺激的で興味深い施設は皆、多機能で複合的な施設であることで共通している。この様な事例を目のあたりにすると、枠にとらわれない不動産の可能性の様なものを感じずにはいられない。カフェの横に映画館があってそこで落語をやってもいいじゃないか。ショールームとゲストハウスが共存したっていいじゃないか。固定概念にとらわれない自由で柔軟な発想がこれからの不動産の新しい価値になることは間違いないと思うし、これらの手法は不動産事業者にとって、ある意味でのリスクヘッジであるとも捉えられる。
以上のようなユニークな施設が石巻の中心地に、雨が降った後の筍の様に次々と出現していた。そしてそれらの施設運営に携わっている人たちも物件に負けじと刺激的で面白い人たちが多いことが伺い知れた。
株式会社巻組
クリエイティブ・ハブを仕掛けた株式会社巻組の渡邊さんは、震災ボランティアの参加をきっかけに石巻に移住し、そこから石巻の空き家を再生する事業を中心とするクリエイティブ集団、株式会社巻組を立ち上げた。石巻の老朽化した空き家を独自のクリエイティブな発想で次々と再生している彼女は、人々の多様化したライフスタイルの受け皿として石巻の空き家を再構築している。そこには「街にライフスタイルがなければ衰退する」という確固とした想いがあり、それが新たな価値を生み出す源泉になっているようだった。
信和物産株式会社
キネマティカやその周辺物件の不動産再生事業を手掛ける信和物産株式会社の比佐野さんは「不動産業者の仕事は街の価値を上げる事である」というポリシーを持って仕事をしている。老朽空き家物件は解体して宅地分譲した方が効率が良い。しかしそこをあえて、やる気のある若者に物件を託し石巻を活気ある街にしていこうとチャレンジしている。その様な非効率な事業を行うことは社内的にも批判がある様だが比佐野さんは「全く利益にならないような仕事の方が色々な人との縁を繋ぎ、そこから新たな仕事が生まれていっている」「その事が功を奏してか、今年度の収益は上がった」と意気揚々と語っていた。エキサイティングな手法で街の価値をあげることによって、自社の収益も上がるなんてまさにウィンウィンの事例である。素晴らしいとしかいいようがない。
A-MANODESIGN
他にもユニークで面白い活動をしている人たちが石巻には沢山いる。A-MANODESIGNの天野さんも石巻の震災ボランティアに参加したことがきっかけで石巻に移住した建築家だ。彼女は現在石巻で個人建築事務所を経営しながら、ホームインスペクターや建物調査員、犬と泊まれる民泊カメハウスの運営などこれまた複合的に多様な仕事をこなしている。
複業家 だる君
自らを「複業家」と名乗る通称「だる君」こと島田さんは、震災後石巻に移住し、現在は石巻の空き家をゼロ円で購入し3年かけて住みながらセルフリノベーションでシェアハウスに改装している。彼は「複業家」と名乗るだけあって大型クレーンオペレーター、大工、林業、狩猟、デザイナーなどなど多彩すぎるほど多彩だ。そうなると何が本業なのか自分でもわからなくなったらしく、しょうがないので「複業家」という肩書きを名刺に書いているなんともユニークでアクティブな若者なのである。
彼ら、彼女らの共通点は、皆震災をきっかけに石巻に集まってきた人たちである。彼らはボランティア活動を行いながら、被災地復興の過程で石巻に新たな可能性を見出したのかもしれない、それは被災地をただ震災前に戻そうとするだけでなく、未来思考で新しい石巻を作り出そうとする熱い情熱からくるものであろう。
彼ら、彼女らは、復興の先の未来を見据え、この石巻という地に根をはり、腰を据え、じっくりと自らの飯の種としてのビジネスを興している。いくら崇高な想いがあっても人は霞を食って生きていくわけにはいかない。飯を食うには稼がないといけない、一つのビジネスで食えないのであれば、二つするしかない、それでもダメなら多くの飯の種を生み出すしかない。そのようなタフネスな思考は漁村石巻に昔から根付くネイチャーでもあるようだ。それはある意味、石巻に限らず専業だけでは食っていけない日本の農村、漁村の宿命であるように思えてくる。
話はなんだか悲壮的になったが、そういうことではなく、彼ら、彼女らを見ていると「やりたいことがあればなんでもジャンジャンやればいいじゃん!」「誰にも遠慮することはない!」といったとてもポジティブな行動思考に見てとれる。そして、そういう事が許容される土壌が石巻には十分あるように思えてならないのだ。
スペースRデザインの吉原さんは石巻の印象について「生み出す力のある街」と表現された。それと対極にある大都市は「ただ消費するだけの街」であると。
僕の住む福岡も僕自身もただ「消費する」だけの日常になっていないだろうか。なんでもいい、できる事から手を動かして何かを生み出してみよう。(そこで手始めにこのブログを書いている)
今回の旅の一番の収穫はそこにあるようだ。
おしまい
巻組が運営するゲストハウスOGAWAにて
OGAWA 2階のゲストルーム
シアターキネマティカの前で
シアターキネマティカの映画館
ISHINOMAKI HOP WORKS
映画館を改装してビールの醸造所に
昔の映画館の名残りがまだ残っている。
クリエイティヴ・ハブの前にて
石巻ホームベースの前にて
だる君が一人で作ったシェアハウスにて
実は漫画の街「石巻」
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