意味のない筋トレなんてない。
この前、若いタレントの女性が「見せる筋肉のための筋トレをする男性の意味が分からない」というような発言をして炎上したのを覚えている。
たしかに、スポーツ選手や警察官、消防隊員など、人に夢や希望を与えるため、人命救助のために筋トレをする人もいる一方で、ただただ筋肉をつけるために筋トレをする人がたくさんいる。私もその一人だ。その人たちに筋肉をどこかで役立てたいという気持ちなどはない。
ただただ自分が気持ちいいのだ。
声を大にしてもう一度言う
気持ちいいのだ!
日々のトレーニングの成果が目に見えるのも気持ちいい。
ムキムキになって逞しくなった姿をみるのが気持ちいい。
女の子から「筋肉すごい!かっこいい♡」と言われた日にはもう最高に気持ちがいい。
同性にも異性にも自慢できる筋肉が気持ちいいのだ。
小学校の義務教育の科目に筋トレを追加してもいいぐらい気持ちいいのだ。
私の会社には橋本さんという50代手前の男性がいる。橋本さんも筋トレが好きで年齢のわりには逞しい肉体をしている。
そんな橋本さんが中学生の娘さんと夏服を買いに行くために、ショッピングモールに行くことになったらしい。
もう6月に入り、気温もぐんぐん上昇し、みんなが薄着になる季節。
スタイルに自信のある若い女性たちがたくさんいて、目のやり場に困ると喜んでいた。
しかし薄着になるのは何も女性だけではない。男性たちも薄着になり、今までは服の下に身を潜めていた筋肉たちが顔を出す。
自分の肉体に自信のあった橋本さん、二の腕を見せつけるかのように腕の部分の袖が短いTシャツを着ている。若い時はバーベル80キロも上げることができたその上腕二頭筋が自慢だ。
そんな橋本さんが娘さんと一緒にティーン向けの女性用の服が置いてある店舗の中を歩いていると、橋本さんと同じように娘さんの買い物に付き添っている同年代くらいの父親を見つけた。
同年代ということもあってその父親と自分をとりあえず比べてみる。ファッションや髪の量、そして筋肉。
服装は少しゆったり目のTシャツを着ているその父親。
しかしよく見ると橋本さんよりいい身体をしているのだ。
首から肩にかけて広がる僧帽筋、サイズに余裕のあるTシャツの上からでもわかる分厚い大胸筋。
レベルが違う…
そんな鍛え上げられた肉体の見つめながら、橋本さんは無意識に自分のTシャツの短い袖を引っ張って伸ばそうとする。
ショッピングモールの中の小さな店舗で突如始まったボディービル対決に敗北したのであった。
スポーツ選手ならまだいい。イケイケの若いお兄ちゃんならまだいい。
でも同年代の父親だけには負けたくなかったのだ。
先ほどまで橋本さんの目には薄着のお姉ちゃんしか映ってなかったが、店舗を出た後は薄着の男たちしか映らないようになっていた。
すれ違う男性全ての筋肉が目に入り、自分と比べてしまう。
ボディービル大会inショッピングモール 審査員by橋本 の始まりである。
意識してみると、日ごろから鍛えている男性の多いことに驚く。
先ほどのティーン向け店舗のバトルの一件で自信のなくした橋本さんにはみんなの筋肉がまぶしくみえたのであった。
試合で惨敗を期して自信をなくしたボクサーの目に相手がみんな自分より格上に映るのと同じである。
そのみんながどれぐらいのことを指すのか分からないが、橋本さんの目にはそのように映ったのだ。
同年代の中では、ダントツでイケてる身体をしている自負があった橋本さん。
彼は自分が井の中の蛙であったことに気付く。
まさか世の中のおじさんたちが自分の知らないところでこんなに筋トレに励んでいたなんて。
さっきまで自慢だった二の腕が急に頼りなく感じ、橋本さんは自分のTシャツの袖の短さを呪った。
ボディービル大会inショッピングモール 審査員by橋本 終了である。
後日その話を私にしてくれた橋本さんは寂しそうに「こんな筋肉じゃ恥ずかしくて買い物も行かれへんな」と呟いていた。
橋本さんにとって筋肉がない状態で買い物に行くのは、女性がスッピンでデパートに買い物に行かなければいけないくらいに深刻なことらしい。
いつもお世話になっている橋本さんが筋肉のつくまで買い物に出かけられないのは可哀そうなので「とりあえず長袖着とけばいいですよ」とナイスなアドバイスを送っておいた。
筋肉自慢の男たちには時に筋肉が日常生活で買い物も行けなくなるくらいの死活問題になる時があるのである。
そんな彼らのために筋トレをする意味が分からないなどという発言が今後ないことを願う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?