バッターボックス
俺は幼稚園から野球をやっている。
夢は海の向こう側、本場アメリカのメジャーリーグの舞台に立って、観客席に向かって最高のホームランを打つことだ。
そのために毎日、毎日欠かすことなく練習してきてた。高校に進学しても野球の練習は毎日した。
そんなに強い高校ではなかったが努力と運のおかげで甲子園にも出場することができた。
運よくその試合での活躍が注目されドラフトに選出された。
プロ野球選手になってからも血のにじむような努力で実績を積み重ねた。
そして運よく夢のメジャーリーグの世界に入ることができたのだ。
メジャーに来たばかりの新人が公式試合に出させてもらうことなんてめったにない。今日はベンチでメジャーのお手並み拝見とでもいこうか、そう思っていたのに…。
いきなり監督に指名され、運良くバッターボックスに立たせてもらうことになった。
心の準備はできていなかったが、せっかく与えられたチャンスだ。
俺の仕事はただバットを思いっきり振ることだけ、それだけに集中だ。
しかし、空振り三振をしている光景を想像すると、緊張する、それだけは避けたい。
第1球目、ピッチャーが投げた。
急速はかなり早い、しかしコースはストライクゾーンど真ん中、いける!・・・
「パッーン」キャッチャーミットに勢いよくボールが入る音がした。
しまった、メジャーなんだからど真ん中なんか来るわけないと思ってバットも振らず見逃してしまった、でも次こそは大丈夫だ
第二球目、ピッチャーが投げた。
球速はさっきより遅い、変化球か・・・
「パッーン」キャッチャーミットにボールが入る音が響く。
しまった、また見逃してしまったメジャーの変化球がどれほどのものなのか見極め過ぎた。慎重になり過ぎるのは俺の悪い癖だ、もう次はストレートも変化球でも大丈夫だ。もう後がないが、次は自信がある。そう次こそは。
そして第三球目、ピッチャーが投げた。
「パッーン・・・」
最後は再び、ストレート。ボールのコースもタイミングも読めた。
しかし初のメジャーと後がないという緊張感で体が動かなかった。これで見逃し三振だ。
結局、俺はこの奇蹟的に与えられたチャンスで、バットを一回も振らなかった。
観客席からはブーイングが聞こえてきた。
「バッターがなんでバットを振らないんだ」と英語で言っているのが聞こえた。
俺は俯きながら、ベンチの方へゆっくり戻っていく。
ど真ん中ストレートなんてくるわけないと思ったから、バット振らなかった?
様子を見過ぎて見逃してしまったから、バットを振らなかった?
初のメジャーと後がないというプレッシャーが重すぎて、バットを振らなかった?
全部違う。全部ただの言い訳だ。
ただ空振りするのが怖くて俺はバットを振ることが出来なかったのだ。
でももうメジャーの感覚はなんとなくわかった。次の試合ではホームランを狙える。
「監督、次は任せてください!」と自信満々に俺は言った。
しかし監督は「ソーリー、また幼稚園からやり直してください」と俺に言い放って控室に帰って行った。
すると、俺の体がだんだん小さくなり始め、幼稚園児の体に戻っていく‥
野球なんてほとんどやったことない俺がそんな夢を見た。
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