幸運な村

黒木はこの村の救世主だ。

この村は幸運な人間しかおらず、村人たちは何をやってもうまく行く。そういえば、昔、藁1本から物々交換を繰り返し、豪邸を立てた人もいる。今もその子孫がリフォームした豪邸で暮らしている。聞いた話ではクラウドファンディングというものを使ってリフォームの費用も賄ったらしい。出資者の見返りはもちろん藁1本。欲しいものは何でも手に入る。もちろん働くこともしないし、困りごとなんて何一つない。そんな村人しかいないのだ。

そしてこの村に突然現れたのが黒木だった。

世の中には引きが強い人というのが少なからずいる。そんなに乗り気じゃなかった同僚の結婚式の二次会のビンゴ大会で優勝したり、たまたま拾った財布の落とし主が可愛い女性で、それがきっかけで交際に発展したり、思いがけないこところで幸運を引く人、それが引きの強い人である。
一言で言うと、黒木はその逆の人であった。思いがけないところで不運を引く人、それが黒木だ。そして黒木の不運を引く力は尋常ではない。


黒木はこの村からかなり遠く離れた村に住んでいたらしいのだが、その村はたて続けに不運に見舞われた。しかもその不運の連鎖は、黒木がごみ箱に向かってなげた使用済みティッシュがごみ箱から外れたのがきっかけだったらしい。そして原因を突き止めた村人たちは黒木を村から追い出した。追い出された黒木は2か月さまよった挙げ句、やっとこの幸運の村にたどりついたのだ。

黒木がこの村を訪れてからというもの、この村で起きていた幸運の連鎖が止まった。

藁1本から物々交換で豪邸をたてた人の子孫の家の前には行列ができていた。話を聞けば、並んでいる人たちは、昔、藁1本と大切なものを交換した人たちの子孫らしかった。あの交換は明らかに違法だったとみんなしきりに訴えていた。

道端では男の子たちが喧嘩をしている。話を聞けば、好きな女の子の名前をみんなで同時に言ってみたら、全員の好きな女の子の名前が、かぶったらしい。

家の中では奥さんが泣いている。話をきけば、旦那が最近、愛してるといってくれないらしい。

河原では男が落ち込んでいる。話を聞けば、30歳になっても働かないから家を追い出されたらしい。

村中で、喧嘩をしたり、悩んだり、別れたり、家を追い出されたりする人達が続出した。
村人たちは生まれて初めて不幸を味わった。

しかし、

喧嘩をした村人は友情を知った。

悩んでいた村人は、人の弱さを知った。

別れた村人は愛を知った。

家を追い出された村人は普段の生活のありがたみを知った。

村人たちみんなは幸せを知った。

そして、村には笑顔が生まれた。
村人たちの幸運と黒木の不運が調和した瞬間であった。

そして、黒木はこの村の救世主になった。

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