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時計の文字盤の頂点はなぜ「12」?

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時計は誰もが知っている道具ですが、その一方で、誰もが知らない事が数多くある不思議なアイテムです。
毎日のように見ているのに、実は気がづいてない事が沢山あります。

まず、時計の文字盤に目を向けてみましょう。
数字だけの文字盤では「12」を頭に右回りで「1」から「11」までの文字が並んでいます。

どうして頂点は「0」ではなく「12」なのでしょうか?

因みに、極稀にですが頂点が「0」の腕時計もあります。

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■長さや重さの単位は10進法で、時間の単位は12進法

時間の測定は、古代から天体観測との関係の中で進化してきました。

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古代の人は月の満ち欠けが約30日のサイクルで繰り返され、それが12回続くと再び同じ季節が巡ってくるを経験的に知っていました。
そうした時間の体系に12進法や60進法を採り入れたのは、紀元前15世紀頃に西アジアのチグリス、ユーフラテス河流域に住み、隆盛を極めていたバビロニア人たちです。

■1年は3153万6000秒

バビロニア人は太陽が地平線に顔を出し始めてから、完全な姿を現すまでの時間(約2分)を基本単位にすると、その720個分で一昼夜が経過する事に気付きました。

それから数学、天文学、占星術など、当時のあらゆる学問を駆使して、年と日は12進法で、時間と分は60進法で体系付け、一年を60秒×60分×24時間×365日(3153万6000秒)としたのです。

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当時のバビロニアで使われていたシュメール数学では、数の多い単位の区切りとして12進法や60進法が多用され、1より小さなものを表す補助単位に60分割を用いていました。
また、12は1,2,3,4の公倍数、60は1,2,3,4,5,6の公倍数で、様々な場面に応用出来て便利だったからではないかと推察されています。

では、文字盤の頂点は、なぜ「0」ではなく「12」なのでしょうか?
それは数学と時計の歴史の上での時間的ズレに起因しているのです。

■ゼロの概念

数学で「ゼロの概念」が最初に発見されたのは8世紀のインドでした。
その時、時計は既に存在していました。

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因みに、「ゼロの概念」の発見はその後の人類の文明を大きく変えることになります。

■「0」よりも「時計」の方がだいぶ先輩なのである

時計の発明は紀元前30~40世紀で、「0」が発見された8世紀には日時計、水時計が各地にあり、既に「0」の代わりに「12」を当てはめた文字盤が使用されていました。

つまり時計の文字盤よりも「0」の発見の方が遅かった事が理由なのですが、その後も時計の文字盤は修正されることなく、14世紀以降の機械式時計にそのまま受け継がれたのです。

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いかがでしたでしょうか。
普段疑問に思わない、「へー」っていう感じのお話でした。
歴史の教科書で出てくる単語がいくつもあり面白いですよね。

因みに時計の文字盤に使われるローマン数字の「Ⅳ」にも面白いお話があります。
ソレは、またいつかの機会にお話しさせて頂きますね。


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