大谷翔平選手が被害を受けた「銀行詐欺」とは?
2024年4月12日、大谷翔平選手の銀行口座から不正に送金を行ったとして、「銀行詐欺」容疑で水原一平容疑者が拘束されたとのこと。
現役銀行員、かつ学生時代に法学部で国際法を専攻していた私としては、この聞きなれない「銀行詐欺」って言葉に反応。詳しく調べてみましたので、共有させてください(法律のプロではありませんのであしからず)。
ちなみに、日本には「銀行詐欺」という罪はありません。
まずは、報道されている事実の確認
報道によると、水原一平容疑者の以下の行為が「銀行詐欺」にあたるとされています。
大谷選手が水原容疑者へ、口座へのアクセスについて代理権を与えていたのか、単にID・パスワードを教えていただけなのかは、非常に気になるところですが、報道では確認できていません。
「銀行詐欺」(bank fraud)とは?
以下、「アメリカ合衆国の銀行詐欺罪」(川崎友巳、同志社法學 72 (7), 2475-2500, 2021-02-28)より引用させていただきます。
「銀行詐欺」の定義は?
まずは、「銀行詐欺」の定義を確認してみましょう。
合衆国法典第18編第1344条には、以下のように規定されています。
つまり、「銀行を騙して、詐欺的に金銭を取得した」ことが成立要件です。ここで大切なのは、本件では、騙されたのが大谷選手ではなく銀行であるという点です。
「銀行詐欺」の刑は重たい?
結論から申し上げると、日本の「詐欺罪」よりも、かなり重たい内容になっています。
「銀行詐欺罪」は、銀行を狙った金融犯罪が高度化・複雑化する中、金融機関を標的とした詐欺的行為を包括的に規制する内容で、1984年に制定されました。
当初は、「5年以下の拘禁刑もしくは1万ドル以下の罰金刑」とされていましたが、その後2度にわたり法定刑の引上げが行われており、現在は「30年以下の拘禁刑もしくは100万ドル以下の罰金刑、もしくはその両方」とされています。
ちなみに、日本の詐欺罪(刑法246条)では、「10年以下の懲役」とされていますので、米国がいかに「金融システムの安定」を重視しているかがわかります。
大谷選手にお金は戻ってくるのか?
ここからは憶測の話になります。
「銀行詐欺罪」は、大谷選手ではなく銀行が騙されたのですから、大谷選手に何ら責任はなかったとも解釈できます。しかしながら、契約社会の米国ですから、実際には、預金規定等で細かな条件等が記載されていると考えられます。それでも、一部のお金は銀行が負担することになるのではないかと予想しています。
そこで、ポイントになるは、冒頭でお話しした通り、「正当に代理権が付与されていたのか」という点です。仮に、大谷選手が水原容疑者を信用して、個人の判断で「ID・パスワード」を教えていたのであれば、大谷選手の責任も免れないでしょう。しかし、正当に代理権が与えられていたのであれば、「大谷選手に2段階認証の通知がされなかった」という点が論点になります。この点は「銀行が騙された」ことが原因であり、大谷選手に過失はなかったと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、国内の金融機関の約款では、ID・パスワードを自身の判断で誰かに教えてしまった場合は、仮に不正送金されても、補償は行わないという内容になっています。
尚、最近横行している、フィッシング詐欺についても、約款上、銀行は補償の義務を負いません。しかし、銀行の判断で補償を行っているケースが多いようです。
おわりに
25億円という金額、あまりに大きすぎて実感がわかない方も多いかと思います。しかし、銀行員の立場で申し上げると、仮に中小の金融機関で、25億円もの損失が出たとしたら、経営を揺るがしかねない事態に陥ることでしょう。そうなると、預金者にも甚大な影響が出ることが想定されます(ちなみに、国内の金融機関が破綻しても、1,000万円までの預金は保険で保護されます)。
我が国ではあまり議論されていないようですが、通常の詐欺罪とは違うレベルで量刑を考える必要があるのではないでしょうか?