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🔸 おすすめ短編漫画|伊藤潤二『緩やかな別れ』-『魔の断片』より 朝日新聞出版

由緒ある夫の一族には背筋の凍る秘密がある


基本情報

著者 伊藤潤二
短編 
『緩やかな別れ』2013年 Nemuki+
書籍 『魔の断片』紙:2014年 朝日新聞出版 / 電子:2014年 同社

冒頭

早くに母を亡くした璃子は父が亡くなる夢を見て泣くことが多かった
月日が経ち、璃子は古風で由緒ある戸倉家に嫁ぐことに
しかし義家族の態度は冷たく、夫の誠が戸倉家の反対を押し切って結婚したからだというが——

🔸 感想|グッとくるコマ 【序盤より】


引用元:伊藤潤二『緩やかな別れ』-『魔の断片』より 朝日新聞出版

不吉な夢

が何かの暗示であるという描写は古今東西の作品においてしばしば見られます
(フィクションのみならず学問として研究をしている学者もいるようですし、日常生活において(今日見た夢ってどういう意味なんだろう?)とふと考えたりする方も多いかもしれません)
夢って超常的といいますか、理屈が通用しないところに惹かれますよね

伊藤潤二氏の作品群においても、マテリアルとしての夢がいくつか登場します
そして夢という装置が常々効果的に用いられておりゾクッとさせられます
クリティカルと言うべきでしょうか
芸術、スポーツ、ビジネス……どの分野でもそうですが、一流は「ここぞ」を外さない 

お化けがバーン! とはまた異なり、おもちゃにリアルな人の顔がついているというのは類を見ない怖さであるように思います
著者の脳内のどこの抽斗に入っていたんだろうという発想力に驚かされますね
このおもちゃについて触れられているのはたった3コマで、つまり本筋ではないのですが、強烈な印象を残します

日常を離れた怪しい雰囲気の場所が舞台となり、怪奇現象で仲間がどんどん脱落し、登場人物たちは混乱を極め……と状況をつぶさに描写することで溜めに溜めたホラーも恐ろしいですが、このような日常の延長線上にあるサラリとしたホラーも別のベクトルでゾッとしますね

引用元:伊藤潤二『緩やかな別れ』-『魔の断片』より 朝日新聞出版

夫である誠の家族に挨拶したが返事が素っ気なくて、物憂げな主人公の璃子

主人公に冷たい態度をとる登場人物がいるというのも物語の味になります
登場人物が良い奴ばっかりだとドラマも何もありゃしませんよね

この直前に本来は祝福すべき結婚式の描写があり前振りとなっています
ところで、冠婚葬祭が描写されると、なんと言いますか物語が締まるのを個人的に感じるのですが、あなたはいかがでしょうか?

1つには、そもそも現実においても冠婚葬祭自体が厳かなイベントであり、かつ非日常であるからかもしれない
それがフィクション内の結婚式や葬式であっても、読者である自分の人生を見つめ直す瞬間が訪れる 

それから、登場人物たちにもそれぞれ大切な人生があることを強く認識させられるからかもしれない
実際の冠婚葬祭が人生、ひいては社会の1つの境であるように、物語においても冠婚葬祭が1つの区切りとして機能しメリハリが生まれる

考えてみると、人間関係がうまくいかないというのも一種のホラーなのかもしれませんね
むしろ心霊写真にチョロっと映っている控えめな幽霊なんかより、実在の人間の方がよっぽど怖い
実在の人間の怖さを検証しだすと、どれだけ文字数を使っても足りないのでしょうが…… 

多くの読者は読んでいるうちに主人公に感情移入しているため、その主人公が冷遇されると無意識に応援しているはずです
実際の人生においてはできれば苦難は訪れてほしくないものですが、創作物においては苦難がスパイスとなり、物語がグッと深くなる
そこに救済というものがあり、芸術が存在する意義があるのかもしれませんね

\ ぜひ読んでみて /


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