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アピアランス〈外見〉問題(『子育て支援と心理臨床』より①)

 子育て支援に関わる人々の協働をめざし、心理臨床の立場から子育て支援の取り組みと可能性を発信する雑誌『子育て支援と心理臨床』が、年1回小社から刊行されています。各号では子育てに関わる様々なテーマを特集してきましたが、そのほかにもエッセイや連載などで多角的な視点から子育ち・子育てを考える記事を掲載しています。
 このコーナーでは、そのなかから特に人気の記事・連載を紹介していきます。
 最初にとりあげるのは、医師の原田輝一さんによるアピアランス〈外見〉問題に関する連載です。

 現代社会において、人の健康や幸福と深く関連する外見(アピアランス)。病気や外傷により外見に不安や困難を抱える人々に、どのような心理社会的支援を行っていけるのでしょうか。
 原田輝一さんは、医師として治療に携わりながら、新興の学術分野である「アピアランス〈外見〉問題」の最新の研究成果を紹介し、その学術的知見と技術の導入をめざしています。本連載では、アピアランス〈外見〉問題の概要や、それに対処するための研究とケア開発の歴史について、事例を交えながら紹介していただいています。

*下記の内容は、『子育て支援と心理臨床vol.16』から転載したものです。『子育て支援と心理臨床』の詳細はこちらをご覧ください。

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 これまで私は主として外傷領域の治療を担当してきたが、身体機能の回復だけではなく、患者の社会復帰の程度も重視してきた。理由は単純明快で、最終的結果(アウトカム)としての社会適応能力の回復が期待できなければ、オプションとしてのさまざまな治療行為自体の意義が疑問視されるからである。
 そうした中、適応を妨げる要因のうち、いままで見落とされがちだったアピアランス〈外見〉問題について重視するようになった。そして外傷領域のみならず、先天性領域(例 口唇口蓋裂など)でも、がん領域(例 抗がん剤による脱毛や手術による顔面変形など)や多くの慢性疾患でも、外見に生じたネガティブな変化がもたらす深刻な心理社会的悪影響に気づくようになった。ただし、ここでいうアピアランス〈外見〉問題とは、写真のように静的な整容的要素のみでなく、服装や振る舞い方なども含めた広い意味を含んでいる。

思春期最大の問題のひとつ
 というわけで私は、アピアランス〈外見〉問題を重要テーマのひとつとしながら、さまざまな医療現場を経験してきた。そして思うことは、思春期においてアピアランス〈外見〉問題は最大の危機のひとつであり、挑戦でもあることだ。
 人は社会的比較を絶えず行いながら、自分の周囲の環境で機能している承認基準や、その中での自分の立ち位置を判断している。思春期は自立能力が低く、どのように自己提示し、どのように承認されていったらいいのか分からない。親の期待、メディアの過大な情報、同級(同僚)からの刺激、そういった影響のもとで大きな夢(優越願望)を持つ。と同時に、達成への不安や承認が得られないことへの不安も持つので、心の中で板挟み状態になって悩んでいる。
 夢と焦燥感と閉塞感で頭がいっぱいになっている思春期は、何事でも社会的比較に結びつきやすい。そして、自分という存在の意味を決定づけるほどの重大事として感じてしまいがちだ。そうした中、アピアランス〈外見〉に関する情報は万人に分かりやすく、故に受け入れられやすい。ちょっとした工夫や変化で優越できるとも感じられるし、疎外されてしまうとも感じてしまいやすい。極端な話、ニキビですら、自殺までも考えうるほど深刻な問題になりうる。メディアが流している文化的圧力は深刻で、魔法の呪文のごとき力がある。

治療に強迫的になっている患者(当事者)や家族
 一例を示す(プライバシーのため、詳細は変更している)。もう青年といえる年頃の患者が、母親に連れられて診察に訪れた。青年は生まれつきの頭蓋顔面変形があり、いくつかの有名な施設で大がかりな手術を受けていた。もともとが難病であるため、百点満点の成績ではなかったが、この難しい領域の医学水準からすれば、標準的成果は獲得されていた。しかし、他人に強い違和感を与えるほどではないものの、顔貌にいくつかの特徴が残っていた。とりわけ母親が熱心で、「この部分がもう少しこうならないか」など、事細かに相談をされる。よく話を聞くと、現在一番気になっている変形は、眼の位置の左右差だという。普段、カモフラージュ用のメガネを使用しているとも。現在の主治医からは、「メガネをしなくてもいいほど良くなるまで、諦めずに手術を続けなさい」といわれており、母親もそう感じているという。もちろん本人もそれに同意している。私のところへ来た理由は、何か別の効果的な治療法がないかを相談するためだという(つまり、ワラをもすがっているのである)。診たところ、眼の位置の違いははっきり残存しているが、機能的問題はない。何度も手術されている顔面なので、皮膚にも骨組織にも余裕がないため、更なる大きな効果を手術に期待するのは現実的ではない。聴けば、もう大学を卒業したが、就職はしていないという。「完全によくなるまで、治療に専念するつもりです」と、母親は勢いよくまくし立てた。そこで私は説明を加えた。

「今までの治療はそれなりに成功しています。しかし、違和感が完全に生じないかというと、それほどまでにはなっていません。今後、手術をして小さな改善は得られても、期待するような大きな改善を得ることは無理でしょう。今後の手術を否定はしませんが、現状では、就職を優先してみることをお勧めします。困難かもしれませんが、結局はそれが苦労して治療してきた究極の目的なのですから、そろそろ平行して進めてみるべきだと思います。劇的な魔法のような手術や治療はないと考えてください」

 現状と将来への理解を深めてもらうため、いろいろと話をした。しかし、この母子のかたくなな姿勢は、短時間のやり取りの中で変わることはなかった。最後には「もういいです」と、息子さんと一緒に帰られた。私は患者本人の内面の苦しさが分かるだけに、「重荷に負けるなよ!」と、後ろ姿につぶやくしかなかった。

アピアランス〈外見〉問題への対処はイギリスで発展した
 さて、このアピアランス〈外見〉問題。実は世界中で困っているテーマである。私もいろいろと試行錯誤をくり返してきたが、有効といえる方法には手が届かないままだった。しかし、世界は広い。そうしたテーマに対して、新たな学術分野を完成させた国も出てきた。1980年代、イギリスは深刻な財政危機に直面する。そのため行政サービス全般においてエビデンスとコストパフォーマンスが精査され、標準化されたサービス提供が模索されはじめた(今は世界的傾向になっている)。軽度から中等度うつ病や不安障害に対しては、認知行動療法やそれを含めたstepped care approachがすでに定着している。
 アピアランス〈外見〉問題については、1990年、ジェームズ・パートリッジ氏の著作『チェンジング・フェイス Changing Faces(CF)』により、本格的研究の幕が開いた(摂食障害など、限局された領域では古くから成果が見られていた)。アピアランス〈外見〉問題を抱えた患者(当事者)は重要な心身の機能を損なっており、社会復帰が可能なほど回復するためには、失われた機能を補填できるだけの一種のリハビリテーション(トレーニング)が必要であると提唱した。パートリッジ氏の指摘は学術界も刺激し、イギリス国内でアピアランス〈外見〉問題が注目されるに至った(戦時、負傷兵を対象にして、世界発の形成外科ユニットが設置されるといった動きはあった)。同氏は著作と同名の国家慈善団体を設立し、当事者へのサービス提供を行うとともに、学術的根拠の調査にも乗り出した。
 一方、ウエスト・イングランド大学健康心理学教授であったニコラ・ラムゼイ氏は、アピアランス研究センターCAR(Centre for Appearance Research)を設立し、この問題について精力的に調査・研究を開始した。以来、研究フィールドを提供するCFと学術研究チームのCARは、車の両輪のごとく業績を積み重ねていた。そしてついに2005年、世界で初の教科書となる『The Psychology of Appearance』をまとめ上げた。さらにイギリス圏において共同研究グループであるARC(Appearance Research Collaboration)が立ち上がり、大規模な実態調査と介入マニュアルの教科書『CBT for Appearance Anxiety』が2014年に発刊され、学術領域として完成した。
 現在、その成果はFace Value Projectという形を取り、EUへ広がりを見せている。これは主として医療系スタッフのための講習会であり、stepped care approach のトレーニングを提供している。残念ながら、まだ日本ではそうしたstepped careも、日本の制度に合わせた独自の包括的ケアもない(注)。その必要性に対する認識が希薄な原因は、診療科や行政サービスの縦割り、予算の独立性などであるが、大なり小なり世界的傾向であるといえる。何から手を付けていいのか分からない状況は困ったものだが、逆に、何から手を付けてもいいのだ、という割り切りも許されよう(潜在的ニーズは大きいのだから)。私見では、まずは学術書のレベルで、きちんとしたエビデンスを、関連する臨床家や研究者に届けることだ。次に、それぞれの現場での新たな研究成果を拾い上げていくことだ。最終的にはコミュニティでも情報を拾い、問題解決機関へのフィードバックを可能にすることだ。臨床現場からコミュニティにいたる巨大な空間と時間の中で、生きた人間のデータを把握できるのが理想形に違いない。

ハンディキャップを克服した人には、より高い敬意が集まる
 ラムゼイの研究によると、もともとアピアランスが良くて社会的スキルも優れている人よりも、アピアランス〈外見〉問題がありながらも社会スキルの優れた人の方が、周囲の人々からより高い敬意が集まるという。私見ではあるが、他人の苦しみへの感受性と共感力が備わることも重要な要因であると考えている。

 さて約一年後、くだんの社会適応困難の青年が、ひょっこり診察を受けに来た。爪の際から細菌が入って、腫れて痛んでいるのであった。爪の一部を専用の爪切りで切除すると、勢いよく黄色い膿と赤黒い古い血液が溢れ出した。今夜から手洗いも入浴も可能と説明し、自己処置の仕方も教えた。

「ところで今日は……お母さんは一緒じゃないの?」
「ええ、今日は仕事をちょっと抜けて診察に来たので、僕独りです」
「え? 仕事はじめたの?」
「IT関連の会社に就職しました。もともとゲームやコンピューターをいじるのが好きだったので」
「そうか、それはおめでとう。ところでメガネはどうしてるの?」
「してません。特に必要があるときだけしています」

その青年の屈託のない笑顔を見て、私は何とも幸せな気分になった。もちろんそれは私の勝手な感情であり、彼の生活を十分に理解しているわけではないのだが……。
 彼自身が意識していなくとも、道が開けはじめていることが、私には嬉しかったのである。診察室を出ていくその後ろ姿に、「重荷を宝石に変えて……」と、魔法の呪文を念じたのであった。

(注)がん領域でのアピアランスケアは、本年より国策となった。全国のがん治療拠点病院の医療スタッフ(心理学系を含む)を対象に、国立がん研究センター病院のアピアランス支援センター(野澤桂子所長)が研修コースを提供しはじめている。

原田輝一
医療・社会福祉法人生登会医師。急性期~回復期~社会適応期にわたる長期罹患患者において、一貫した心理社会的支援の重要性を認識してきた(特に重症熱傷領域において)。現在は医療福祉連携の全般で、最新の学際的知見と技術の導入を目指している。【主な著書】ジェームズ・パートリッジ著『もっと出会いを素晴らしく:チェンジング・フェイスによる外見問題の克服』(翻訳 春恒社 2013)、ニコラ・ラムゼイ著『アピアランス〈外見〉の心理学』(翻訳 2017)『アピアランス〈外見〉問題と包括的ケア構築の試み』(編著 2018)『アピアランス〈外見〉問題介入への認知行動療法』(翻訳 2018)いずれも福村出版。


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