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【試し読み】C・ホデント(著)山根信二(監訳)『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』(第1章冒頭)

おもしろいゲームを作るには、人間の心の理解が必要! 『フォートナイト』など人気ゲーム開発に携わってきた心理学の専門家が、ゲームと心理学の関係をわかりやすく解説。

『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学――脳のはたらきとユーザー体験(UX)』が2022年12月13日に発売されました!

 「ゲームをおもしろくする要素を理解するには、脳のはたらきについて考える必要があります」。こうキャッチフレーズを掲げる本書は、これまでになかった、ゲームのおもしろさをを心理学の観点から解説した一冊です。
 ビデオゲームには実体がありません。すべてはプレイヤーの頭の中で起こります。したがって、おもしろいゲームを作るには、何よりもまず人間や脳や心の機能について知ることが第一です。
 著者のセリア・ホデントは、あの「フォートナイト」をはじめ、数々の人気ゲームでユーザー体験のディレクションを務めた著名なゲーム開発コンサルタント。やわらかく親しみやすい語り口で、ゲームに必要な心理学の知識をレクチャーしてくれます。

 ここでは試し読みとして、本書の「第1章 ビデオゲームと人間の脳」から冒頭部分を公開します。
 続きが気になる方は、ぜひ全国の書店・ウェブストアからお求めください!
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*本記事は2022年12月13日発売の『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』から該当部分を転載したものです。

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第1章 ビデオゲームと人間の脳

 ビデオゲームで遊ぶ、映画を観賞する、人の話を聞く、仕事をする、本を読むなど、私たちはそうした日常の活動をすべて心の中で体験しています。この「心」という言葉は、脳(と体)のはたらきから生まれる、注意や記憶などの精神過程を指しています。したがって、ゲームをおもしろくする要素を心理学的に理解するには、第一に脳のはたらきについて考える必要があります。厳密に言えば、心と脳は完全に同じではないのですが、この本ではその細かな違いを扱わないので、「脳」と「心」を互いに置き換え可能な言葉として使います。
 まず前提となるのは、脳はきわめて複雑で、未解明の部分が多く残っているということです。以降では、人間の脳について現時点でわかっている内容の一部を簡略化して説明します。
 心を対象とする科学研究は「認知科学」と呼ばれ、心理学や神経科学、コンピューターサイエンスなどの分野に分かれています。認知科学の研究が進んだおかげで、脳が情報を処理して学習する過程を全体的に把握することができるようになりました。図1.1は、その内容を非常に簡単に表現したイラストです。
 実際には、個々の精神機能が独立しているわけではありませんが、この図を見れば、人が情報を処理するときに脳内で起きていることを大まかに把握できます。この「処理」は通常、私たちがさまざまな感覚を通じて、環境からの刺激(入力)を知覚することから始まります。そして、脳内でシナプス(ニューロン間の接合部)に関する変化が起きて(たとえば新しいシナプスが形成されて)、記憶が変容することで終わります。
 つまりビデオゲームをすると、脳内で「配線がつなぎ直される」のです。ただし、これはどんな日常活動でも同じで、この説明を読んでいるときにも起きています。なぜなら、脳の配線は最初の位置で固定されておらず、順応性があるからです。脳は絶えず変化する環境を知覚し、環境との間で相互に作用しながら、その結果に基づいて自己調整を加えるというわけです。こうした「脳の可塑性」は、私たちの適応と生存を可能にします。
 知覚から記憶までの過程では、複雑な処理が行われ、多くの要因による影響を受けます。なによりもまず、注意のレベルは情報処理の質、ひいては学習の質に大きく影響します。たとえば、会議中に同僚が緊急のメッセージを送ってきて話に集中できない場合は、しっかりと話者に注意を向けて聞く場合に比べて、理解度が低下するでしょう。またこの注意も、動機づけや情動の影響を受けます。情報処理に影響する要因はほかにもありますが、以下ではこれまでに挙げた要因について説明します。
 それでは、知覚、記憶、注意、動機づけ、情動をそれぞれ簡潔に説明し、脳が情報をどのように処理しているかを大まかに示して、その主な限界をみていきます。説明の都合上、ひとつずつ順番に取り上げますが、これらは個別に交替で機能するわけではありません。そもそも、脳はコンピューターのように情報を「処理」したりしません。脳はコンピューターではないからです。
 このあとの説明ではコンピューター関連の用語をいくつも使いますが、それは身近な言葉で脳の機能を理解するのに便利だからです。本当のところを言えば、脳は生きている器官であり、複雑すぎて完璧には理解できません。皮肉にも、私たちの脳は自身の複雑さを完全に理解できるほど優れてはいないのです……。でもまあ、それはそれとして進めていきましょう。


■知覚

 私たちは現実をありのままには知覚していません。知覚はあくまでも心が主観的に作り出すものです。知覚はまず、知覚情報(感覚)を得るところから始まります。つまり、感覚細胞で刺激を受け取ることが発端です。学校では、人間には五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)があると習いますよね。でも、本当はもっと多くの感覚を私たちは備えています。たとえば、温度や痛みを感じたり、空間内で自分の体を感覚的にとらえたりすることができます。視覚を例にとると、星を眺めること自体は物理的です。空間周波数、輝度、方角などの情報を観測しているわけですから。脳はそうやって見た情報を整理して、そこに意味を見いだします。
 自然界で人間が生き残るには、身の回りの状況をすばやく理解して、なにか危険があれば瞬時に察知しなければなりません(安全第一、さもなくば死です)。脳は強力なパターン認識能力を備えていて、ときには存在していないパターンを見て取ることもあります。北斗七星がひしゃくの形に見えるなんていうのは、その一例です。このように知覚というのは、心の中に意味のある像として外の世界を描きだす過程のことです。さらに、そうやって夜空にひしゃくを見つけたら、それがおおくま座の一部だと理解することができます。これが「認知」です。つまり、知識に結びつけて理解することです。
 まとめると、感覚は物理的な情報を感じること、知覚はそこから意味のあるパターンを作ること、認知は意味(知識)をつかむことです。これらは、常にこの順番(ボトムアップ)で進行すると思われがちですが、実際にはトップダウンで進むケースがとても多く見受けられます。つまり、外界についての知識である認知が知覚に影響を及ぼすのです。
 たとえば「保存」アイコンに、よくフロッピーディスクの絵が使われていますよね(図1.2)。20世紀にフロッピーを使っていた世代の人なら、このシンボルはすぐに理解できるはずです。でも、フロッピーディスクが使われなくなった後の世代の人は、この変なアイコンが表しているものを学ばなければわかりません。入力(刺激)が同じでも、事前の知識、期待、文脈、さらには文化が違えば、それぞれの人がもつ知覚も異なります。私たちは現実をありのままに知覚していません。知覚は心が作り出すものです。だから、ほかの人がなにかを自分と同じように知覚していなくても、驚くことはありません。

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【著者】
セリア・ホデント(Celia Hodent)
ゲーム開発コンサルタント。パリ第5大学で心理学の博士号を取得。ヴイテック、ユービーアイソフト、ルーカスアーツ、エピックゲームズで『アサシン クリード』『フォートナイト』など多くのゲームのユーザー体験の向上に携わった後、2017年に独立。著書に『ゲーマーズブレイン──UXと神経科学におけるゲームデザインの原則』(株式会社Bスプラウト訳、ボーンデジタル、2019年)がある。

【監訳者】
山根信二(やまね・しんじ)
東京国際工科専門職大学工科学部デジタルエンタテインメント学科教員。民間企業勤務後、岩手県立大学、国際大学GLOCOM、青山学院大学HiRC、岡山理科大学などを経て2020年度より現職。過去に情報教育シンポジウム最優秀論文賞、大都会アワードなど受賞。日本初のHEVGA(全米ビデオゲーム高等教育機関連合)会員。NPO法人IGDA日本でも理事をつとめる。

【訳者】
成田啓行(なりた・ひろゆき)
英日翻訳者。滋賀県立大学大学院人間文化学研究科(博士後期課程)単位取得退学。訳書に『お世辞を言う機械はお好き?──コンピューターから学ぶ対人関係の心理学』(福村出版、2017年)、『ゲーム障害──ゲーム依存の理解と治療・予防』(福村出版、2020年)がある。広大なオープンワールドを自由に駆けまわるゲーム体験を好む。


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