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たのしい超監視社会

どんな時代でも、惑星でも、世界線でも、最もSF的な動物は人間であるのかもしれない……。火星の新生命を調査する人間の科学者が出会った、もうひとつの新しい命との交流を描く表題作。太陽系外縁部で人間の店主が営業する“消化管があるやつは全員客"の繁盛記「宇宙ラーメン重油味」。人間が人間をハッピーに管理する進化型ディストピアの悲喜劇「たのしい超監視社会」ほか全6篇を収録。稀才・柞刈湯葉の初SF短篇集。

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外出自粛を要請され、おちおち散歩にも出れなくなった僕たちの日常と言えば、人びとの存在を認知しようと、パソコン(もしくはスマホ)の画面に向かうことだ。
グダグダの政治とグダグダのメディアと並行して、人びとは配信やSNSなど、映像、文字を通して世界の見知らぬ誰かを見ている。

一九八四年、世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアと呼ばれる三つの全体主義国家に分割されていた。各国は徹底した監視体制と永続戦争により一党独裁を確立し、その統治は永遠に続くように思われた。
しかし一九九一年にユーラシアが内部崩壊し、ロシア共和国をはじめとする複数の国家に分裂すると、残る二大国も大幅な政治改革を余儀なくされた。完璧な管理社会はまたたく間にグダグダになり、やがて世界は二〇一九年を迎えた...

オーウェルが描いたシリアスな未来が訪れたかというと、目に見えて強大な存在感を持つ「ビッグ・ブラザー」に監視される社会の姿はそこにはない。

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この物語の舞台であるイースタシアはある「監視社会」をユーモラスに描いた作品だ。
この国では<国民信用値>が設けられ、「相互監視メイト」なる制度が構築され、人びとはほどほどに楽しみながら生きている。

国民信用値が高いと、進学や就職に有利になる、環境のいい公営住宅に住める、宝くじが当たる、異性に好意を持たれる、水虫が治る等の実際的な優遇があると信じられている。
二〇世紀までは特高警察が一方的に全国民を監視する体制だったが、三〇億人を超えるイースタシア国民の監視機構は肥大化を続け、国家の秩序を揺るがしかねない勢力となっていた。
それを抜本的に改革したのが現在の総統で、既に国中に張り巡らされていた監視カメラを全国民に開放し、国民信用値による三〇億相互監視制度を作り上げたのだった。

イースタシアの全国民は「画面映え」を気にしている。
自分の監視者を増やせば、信用値は上がる。ある人はそのために歌や踊りを披露するようになった。ある人は普通に生活している。画面の向こうにはさまざまな人びとがいる。そこに、人びとは、お互いを監視することに「楽しさ」を覚えた。
 
イースタシアではプロバガンダ・コンテンツが頻繁に提供される。そして、国民はそれらをある種の「ゲーム」として享受する。たとえば、「三分間ヘイティング」は敵国オセアニア最高指導者へのヘイトを助長するために群衆が怨嗟の言葉を叫び合うコンテンツだが

<得点:30284(東京地区9位 全国1013位)>

とランキング化されることで、人びとはそのスコアを競い合うことを「楽しみ」としている。
はたまた、宇宙人侵略からの抵抗を改変したプロバガンダ・ビデオゲームを幼年から享受し続けた若年層は、結果として

「政治犯は宇宙人同様の非現実的存在である」という印象が植え付けられている。

と言った始末だ。

ここでは暴力による支配もないし、労働を強制されることもない。
監視はされてるけど、それだって、存外やってみると「楽しい」。昔より経済は良くなっているし、自由にもなっている。監視社会のアウトラインだけを描いてみると悲惨に見えるかもしれないが、中に入って生活してみると案外「楽しい」。
「その中」にいると案外気づかないことは多い。オーウェルは明らかに辛そうな社会を描いたけど、「楽しければ」抜け出す必要もないし、変える必要もない。なら、その「気づかないこと」にずっと気づかなくても大きな問題はない。そんな人びとばっかりだと、社会はどうなっていくのだろうか。


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