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アクアリウムの地獄

動物行動学者コンラート・ローレンツによる『ソロモンの指環』は素晴らしい本なのですが、そのなかに手作りアクアリウムの章があります。

作り方はシンプルで、大きめのガラス鉢にきれいな砂利と汲み置きの水を入れて水草を植え、定着したらその辺で捕ってきた魚を数匹入れるだけです。

ローレンツ氏によると、濾過装置やエアーポンプは不要、ときどき魚に餌をやり、蒸発した水を足す以外に世話もいらない、水草の出す酸素で魚が呼吸し、糞はバクテリアによって分解されて水草の栄養になり、小さなアクアリウムのなかで完璧な自然の生態系が再現ができる、とのことでした。

昔、この説に感動した私はさっそく挑戦してみました。

大きめの金魚鉢に砂利と水草を入れ、その辺で捕ってくることができないのでペットショップで日本の川にいそうなクロメダカと苔掃除屋のヤマトヌマエビを買ってきました。

ガラスのなかでメダカが泳ぎ、半透明のエビが水草からせっせと苔を食べている姿は、なかなかいい眺めでした。

メダカ同士が喧嘩しているのはちょっと気になりますが、自然の状態と違って縄張りから追い出すわけにはいかないので仲良くしてもらうしかありません。

しかしそのうち、謎の伝染病が発生します。
まず1匹が、奇妙な泳ぎ方になっていました。どうも平衡感覚をやられているらしく、まっすぐ泳げなくてふらふらし始め、やがて上下反転してくるくる回りながらガラスや砂利に衝突します。
そうなると他のメダカが弱った個体を攻撃するようになり、壮絶な共食いの様相を呈しますが、じきに攻撃する側も同じ病に取りつかれ、次々に回転しながら狂い死にしてゆきます。するとそれまで苔しか食べていなかったはずのヤマトヌマエビまでが瀕死のメダカに襲いかかり、生きたまま貪り喰らいます。

地獄絵図です。

私の目の前で「癒し」とか「素敵アクアリウム生活」とか「生態系の再現」といった理想が音を立てて崩れ落ちていき「生存競争って、厳しいんだな…」と思い知らされました。

こうして、私のアクアリウム世界は短期間で崩壊しました(一番最後までしぶとく生き残ったのはヤマトヌマエビでした)。何がいけなくて黙示録的展開になってしまったのか今でもわからないのですが、同じ方法で上手に飼っている人はいるようなので、ローレンツ氏の理論が間違っているわけではないと思います。

あれ以来、魚を飼ったことはないですが、やはり私のような者には濾過装置とエアーポンプが必要なのでしょう。メダカたちには本当に申しわけなかったです。


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