見出し画像

小口研磨という本への暴力

見出し画像を見ていただくと、縦方向に細かいスジが走っているのが見えますよね。
これが研磨された小口です。

書店で小口をキレイに見せる目的で行われるもののようですが、実はこれ、図書館としてはちょっと困るものでもあります。

小口研磨のデメリット

資料の劣化を早める

そもそも、本にとって小口のヤケやシミというのは単なる経年変化であり、衛生上の問題もなく、カビや害虫、紙の酸化のようにただちに対処しなければ本の寿命を縮める、というものではありません。
むしろ研磨によって本の寿命が縮むおそれがあります。研磨されていない本を触っていただくとわかるのですが、化粧断ちされた小口はスベスベしていて、埃取り用のクロスで撫でればスルッと埃が取れます。ところが研磨本は小口が細かい擦過傷のような状態になっているので、埃が引っかかってきれいに取れないのです。ページに入りこむ埃は本の大敵です。小口研磨したせいで本が傷みやすくなり、また研磨しなければならない、という悪循環に陥ります。

人間なら、顔のシミが気になるからといってやすりがけする人はいないですよね。そんなことをしたら肌に取り返しのつかない傷がついてしまいます。
もし本当に小口に深刻な汚れがある場合は、一度本をバラしてページを洗浄し、乾燥させてから綴じ直す、という大掛かりな修復が必要で、研磨では対応できません。

本の美点を損なう

紙の本は、単なる文字情報ではありません。
本を持って読むとき、小口は指先に触れていますし、本来なめらかだったものがザラザラで不快になり、研磨がひどい時にはページが引っかかってめくりにくくなったりします。
図書館ではよく小口に蔵書印を押しますが、表面がなめらかでないのできれいに印字できないことがあります。

サイズが狂う

当然、研磨したぶんだけ本体が小さくなります。
見出し画像でも、本来ぴったり同じはずのカバー(ブックジャケット)と本体のあいだにわずかな段差が確認できます。
図書館でフィルムコーティングする際、このせいでズレてしまってうまくいかないことがあります。また段差部分に指が引っかかってカバーが破れやすくなります。
なかには親の仇のように研磨されていてサイズが何ミリも小さくなり、書誌データ上のサイズと合わなくなっているものもあります。目録担当者としては「研磨で小さくなったのか、それとも微妙に大きさの違う別の版が存在しているのか?」と悩むことになります。

なぜそうまでして小口研磨するのか

私が小口研磨に興味を持ったのは、ネット書店で買った新刊の文庫本が、あきらかに小さくなっているほど研磨されていたのがきっかけでした。
古本ならまだしも、新刊を定価で買って研磨本をつかまされるのは納得いきません。古書でも良心的な書店なら「小口にシミ・ヤケ」などと書いてあったりしますが、研磨についてはどこにも記載がないので実物を見ない限りわかりません。
じゃあ実店舗ならいいかと言うと、並んでいるのがことごとく研磨本で選択の余地がなかったりします。

不思議なのは、発行からわずか数か月の本が研磨されていることです。普通に保管してそんなに小口が汚れるとは思えないので、もはや汚れとかの問題ではなく「今度こそ売れますように」というおまじない的にやっているのでは、という疑惑も感じます。

ネット上には一定の「アンチ小口研磨界隈」のようなものが存在しており、SNSでも怨嗟の声は上がっているのですが、あまり効果はないようです。

もちろん大多数の人は小口なんてどうでもいいでしょうし、なかには「小口がキレイになってうれしい。ぜひ研磨してほしい」という人もいるでしょうが、それならせめて、お客さんから希望があったら研磨する、というわけにはいかないでしょうか。洋服屋なら「ぜんぶまとめて裾上げしときましたー」というのでは長身の人が困ってしまいます。

小口研磨の背景として「本が売れなくなった」ということも考えられます。発売されて書店に並べる端からどんどん売れていれば、研磨するひまなどないわけです。本が売れないことへの焦りが小口研磨を加速させているとしたら皮肉なことです。

書店さんが苦境のなか必死に努力されているのもわかります。この文章を読んで気を悪くされるかたもいらっしゃるかもしれませんが、研磨のコストもタダではないでしょうし、労力をかけて本を毀損する習慣というのは再考していただけないでしょうか。

化粧断ちされた小口のなめらかな手ざわりや、繊細にめくれていくページ、ぴったり揃った本体とカバー、という紙の本ならではの読書の快楽が失われてほしくないのです。

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