「とりあえずビール」が楽園の入り口と思いもしなかった
一杯目は絶対であってほしい
酒飲みの人生は選択の連続である。
飲みすぎると決断は曖昧になってしまうけど、酒場での一杯目は最難関の選択である。
仕事を終えて、家で飲むか、外で飲むか。
まっすぐ最寄駅へ向かうか、途中下車するか。
行ったことのない店にチャレンジして新規開拓するか、お気に入りのあの店に行くか。
あの店は空いているか、混んでいるか。
ビールか、酎ハイか、スパークリングワインか、日本酒か。
お通しはなにか、日替わりメニューはなにか、おつまみ一品目はなににするか。
あぁ、汗かいて仕事して一杯目なのだから、どうかおいしいものが飲みたい。一杯目のためにわざと空っぽにした頭と胃がギュンギュンいう。
店によっては曜日や時間帯、その日のスタッフによって選択肢が変わるし、メチャクチャ脳内再生して挑んだ店が臨時休業だったりもする。想定外は楽しいものだが、こちとら干からびる寸前の酒飲みだ。臨機応変に、冷静に対応できるとは言い切れない。
その繰り返しで私が避けるようになったのは、初めての店の生ビールだった。生ビールは「とりあえず」の存在としておなじみだが、一杯目を高めたい私にとって、知らない店で注文するにはリスクがありすぎる。
万が一、サーバーの清掃や樽の管理が行き届いてないお店であったら、ちょっと楽しくない黄色い液体がやってくるのだ。だから確信がもてない店では、生ビールではなく瓶ビールを選ぶことが増えた。初めての店のビールがおいしいことだってあるし、もともと瓶ビールが好きというのもあるのだが……。
そんな私に「キリンシティのビールを飲んで、記事を書きませんか?」とのお話が舞い込んだ。「私でいいんですか?」である。キリンシティはキリンの運営するビアレストランで、申し訳ないが数えるほどしか行ったことがない。愛を語れるか不安だったが、おいしいビールが飲めるという。すぐにお引き受けした。
以下、そのレポートをお届けする。
ビールの説明でお預けをくらう
キリンシティに、私と同じように招かれた酒飲みの長谷川さんとkeikonbuさんが集まった。
長谷川さんが隣で言った。「この前、キリンシティは「ご馳走ビール」をなるべく4分以内に出すって聞いたんです。意地悪な気持ちでお店へ行って確かめたら、ちゃんと4分でした」と。
ありがたいの一言に尽きるが、それを見逃していた自分が悔しくて、大いに動揺する。思えばこれが先制パンチ。私はキリンシティのことを知らなすぎた。
今回は3種類のビールを飲ませていただけるという。注いでくれるのは、キリンシティのスタッフ2名。キリンシティのビールは、研修を受けて一定以上の技術が認められたビアマイスターしか注げない。ビアマイスターにもブロンズ、シルバー、ゴールドと階級があり、繁忙時間帯は、急いでおいしく注げるシルバー以上でないとサーバーの前に立てないという。さらに、今回集まってくれた達人は、年に一度開催されるビール注ぎグランプリで優勝した腕前の持ち主なのだ。
ビールをいただく前にキリンシティのこだわりや提供しているビールについてうかがう。キリンシティでは、ビールの種類によって注ぎ方を変え、最高の味わいを引き出す。ビールの液体が入った樽は、最高のコンディションを保つために冷蔵庫で保管。樽やサーバーの温度管理は重要で、その日の気温などによっても変わるのだそう。
技術に加えて、細かな管理も不可欠。提供時間、温度、泡、香り、のどごし、注ぐ姿勢に至るまで、どれが欠けてもおいしいビールは注げないのだと、説明の端々から伝わってくる。そして、そんなことをビールサーバーを横にして話されると、気持ちがはやる。そろそろ本物のビールとご対面したい。
一杯目にふさわしい「キリン一番搾り」
一杯目は、キリンシティ渋谷桜丘店のスタッフ山﨑さんに「キリン一番搾り」を注いでもらう。「キリン一番搾り」は2021年に味わいがリニューアルしたばかり。その進化に合わせて注ぎ方も大きく変わったのだという。
「3回に分けて注ぐ3回注ぎから、2回注ぎに変わりました。より喉越しがよくスッキリした味わいになって、一杯目に飲みやすいビールです」
2回注ぎは、最初にワッと勢いよく注いで少し時間をおいてから、もう一度注ぎ足す方法。泡の層ができて、ビールの味わいをおいしく保ってくれる。
「泡、めっちゃうま!」の驚きとともに、爽やかに炭酸の粒が喉を通り過ぎていく。心地よい喉越しとキレで、グビグビ飲み進める。これよこれ、一杯目はこれがいい。幸福が溢れて「めっちゃ一杯目の味~!」とでかい声が出た。馴染みのある一番搾りだから、そのおいしさが余計にわかる気がする。
山﨑さんは、「私たちのお店は、通りがかりで初めてご来店されたお客様も多く、最初の一杯を迷われている方には一番搾りをおすすめしています。飲んでみておいしさに驚いてくださったら、ガッツポーズ!とりあえず一軒目という感じで入ってくださって『おいしいから他の店に移動しなくていいや』というお客様もいらっしゃるので嬉しいですね」とも話す。
とりあえずの一軒目、一杯目にこれが出てきたら、酒飲みは心を鷲掴みにされるだろう。グループでの来店があった場合は、なるべく同時にビールを提供するのだそう。これで誰かが泡のないさみしい一杯を飲まなくて済む。すごい。
私の中のまる子が「わたしゃ知らなかったよ。早く言っておくれよ~」と言っている。自分で行かないでおいて、本当に勝手である。
華やかなごちそう「キリンブラウマイスター」
2杯目は最年少でビール注ぎグランプリの優勝をおさめた経歴をもつ新宿東南口店の店長、竹永さんに「キリンブラウマイスター」を注いでもらう。長期熟成された芳醇な香りとうまみが感じられるプレミアムなビールで、こちらは香りや味の変化が楽しめるポカールグラスへ3回注ぎ。初めに勢いよく注いだあと、2度に分けて注ぎ足す。
よどみない手さばきによって、フワフワの泡が仕上がる様子は美しい。3回注ぎのビールは出来上がるまで約4分間。じっと眺めていると喉が鳴ってしまう。
グラスにはクリーミーな泡が積みあがっていて、口に近づけるとフワッと華やかな香り。飲む前からおいしい。ゴクリと一口いただくと、一番搾りとは違った深さのうまみが広がり、ホップの苦味も心地よい。
「注ぎ方はどうやって覚えるんですか?」とたずねると「感覚です」と竹永さん。注ぎ方を説明してもらうが、これを感覚で注ぎきるなんて、私ができるとは微塵も思えなかった。注ぎ方をマスターするのに数ヶ月はかかるというし、繁忙時間帯は正確に注ぎながら、マルチに他のドリンクも作らねばならない。
竹永さんは優勝したビール注ぎグランプリも事前特訓なしに、日々の営業で鍛えたという。日々の一杯を大事に注いできたのだろうな…とジンとする。
「達人ブレンド」の泡は酒飲みのデザート
最後の一杯は、竹永さんに「達人ブレンド」を注いでもらう。「キリンブラウマイスター」と「キリン一番搾り<黒生>」を7:3でブレンドしたもので、注ぎ方も繊細。
この泡の上で寝たい。本来は泡と液体部分を一緒に飲むのが良いのだろうが、出来心で泡だけを吸い込む。黒ビールの香ばしさと小麦の甘みは酒飲みのデザートだ。
リッチさがありながらもブレンドしてあって重くないので、スルッと飲めて、メインのお料理と一緒に飲んでも違和感がなさそうだ。
それぞれのビールをいただいたあと、特別にビールを注ぐ体験もさせてもらったが、その難易度の高さを実感した。サーバーのハンドルさばきが難しすぎるのだ。少しでも迷いが生じればグラスからビールが溢れ、焦ればなんだか物足りない。要するに、私はこれからも飲む側でいたいのだ。
3杯を残さずいただいて解散し、次の店でひとり飲みながら楽しさを反芻。感じたのは、少しの安心だった。今度から一杯目に迷ったら、近くのキリンシティへ駆け込めばいい。「とりあえず、ビール」を目がけて行けば、最高の一杯が飲める。
P.S.
ビールを注いでくれたスタッフの山﨑さんが、「宅飲みのときも必ずグラスに注いで飲みます。絶対注いだ方がおいしいんで」って言ってたのが、すっごくよかったな〜。