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#小説
閻魔さまの嘆き[ショートショート]
ある日のことでございます。
閻魔さまは、いつものごとく閻魔庁の玉座におかけになり、朝のお勤めにいそしんでいらっしゃいました。
極楽とちがって、閻魔庁に花はございません。ただ、地獄で罪人たちの奏でる阿鼻叫喚の叫び声が、風に乗ってかすかに聞こえ、そこはかとない血の香りが漂うのみなのです。閻魔さまは、その香りをクンと鼻を鳴らして楽しみ、やがて手元にある浄玻璃の鏡を覗きこまれました。
いま閻魔さまの足元
会いたいね [ショートショート]
ぼくは間に合わなかった。
ルリとパートナーになる前に、《繭》の季節が始まってしまったのだ。
一緒に《繭》に入っていいのは、家族やパートナーだけ。そうでなければ、ウイルス感染を広めてしまう恐れがあるから。
一年前にぼくらは出会った。
カフェのテラス席で、ルリは友達とお茶を飲んでいた。彼女の友達は、ぼくの友達でもあったのだ。
ぼくが子どものころ、covid-19という感染症が猛威をふる
シリアルキラーに最悪の星[ショートショート]
「やあ、ハニー」
笑顔で店に入ってきた彼女を見て、私はにこやかに声をかけた。キスしようとして、彼女がまだ、ヘルメットのバイザーを下げていることに気がついた。
私のほうは、とっくにバイザーを上げて、彼女に口づけしようと待ち構えていたのに。
「こんにちは」
彼女は何も気がつかない風情で、指先をバイザーの唇近くに当て、キスのサインを送ってきた。まっすぐカウンターに行き、ドリンクを注文した。密閉でき
繭の季節が始まる [ショートショート]
出勤途中に、路上でひどく咳き込む人を見かけた。
それが、わたしの知る限り、最初の《繭の季節》の兆候だった。
考えてみれば、前回の《繭》がいつだったか、すぐには思い出せないくらい時があいている。いつ次が始まってもおかしくはない。
「缶メシ、いま何日ぶんあったかな」
わたしはマルにメッセージを送り、仕事場に入った。
わたしが勤務しているのは、お菓子メーカーの工場だ。ビスケットなどの焼き菓子を