会いたいね [ショートショート]
ぼくは間に合わなかった。
ルリとパートナーになる前に、《繭》の季節が始まってしまったのだ。
一緒に《繭》に入っていいのは、家族やパートナーだけ。そうでなければ、ウイルス感染を広めてしまう恐れがあるから。
一年前にぼくらは出会った。
カフェのテラス席で、ルリは友達とお茶を飲んでいた。彼女の友達は、ぼくの友達でもあったのだ。
ぼくが子どものころ、covid-19という感染症が猛威をふるったときに、家族以外の誰かとリアルに会う際に、万が一のウイルス感染を防ぐには、風通しのいい場所で、なるべく離れているようにするのがいいと、人類は学んだのだ。
だから、ぼくらが少しずつ距離を詰めていくには、時間が必要だった。
ぼくは調理の専門学校を出て、レストランのデリバリー部門で働き始めたばかりだった。
いまでもよく覚えているのだけど、ぼくが子どものころ、レストランやカフェなどの飲食店は、奥に厨房があって、手前にはテーブルと椅子の客席がずらりと並ぶのが一般的だった。たくさんのお客を入れるために、客席がとても近い店もわりとふつうにあった。
いまは、客どうしの間隔をなるべくあけるように、衛生局に指導されている。そのため、客席の数は以前にくらべるとずっと少なくなった。
そのかわり、飲食店が始めたのは、オンラインでの注文とテイクアウトやデリバリーのサービスだ。いまや、ほとんどの飲食店が手掛けている。むしろ、イートインのスペースをなくしてしまった店のほうが多い。リスクが高いからだ。
その昔は、テイクアウトはお客が食べるまでに時間があくことがあり、その間に食物がいたんで食中毒が発生するリスクがあると言われたのに、まったくの正反対になってしまった。
ぼくらは学校で、料理をいかに見栄えよく撮影するかのテクニックも教わった。オンラインで、写真や動画を見ただけで、生唾がわくような撮り方ができるかどうかが、飲食店の死活問題になるからだ。
そういえば、学校といっても、ぼくが子どものころ通っていた「学校」と、いまの学校はだいぶ異なる。なにしろ、いろんな理由で教師の数が足りなくなっていたところに、covid-19が来て、長期にわたる休校となったのだ。
まず始まったのは、「学校とは何のためのものか」という議論だった。各教科を学ぶところ。社会性を手に入れる場所。子どもが学校にいるから、親は安心して仕事に集中できるという意見もあった。学校機能のすべてをオンラインに置き換えることはできなかったが、学習に関しては、多くの部分を動画とオンライン教室に置き換えることができた。
動画は、すべての教師が作成するのではなく、教科書と同じように、何人かの教えるのがとびきり上手な「スーパー先生」の授業を撮影し、全国でそれが使われるようになった。
そんなことをすれば、先生が余ってしまう?
心配ご無用。動画を見ただけでは授業の内容を理解できない子どもも大勢いるし、サポートを必要とする子どもたちはたくさんいる。
むしろ、これまであまりにも忙しくて、子どもたちひとりひとりのケアを丁寧にできなかった教師が、やっと本来の仕事に割く時間を得られたのだ。
あれ--何の話だっけ。
そうそう、ぼくが調理の専門学校を出て、レストランで働いていたという話だね。イートインのスペースには、テーブルがふたつだけ。メインはデリバリー部門で、オンラインで注文を受けると料理をつくりはじめ、ドローンを呼んで、お客の指定した場所まで運ばせる。そんな店だ。
ルリは、デザイナーだった。
covid-19後、世の中は大きく変化した。なにしろ、人類の多くがウイルスの免疫を獲得するまで、数年間もかかったのだ。
そのあいだ、ぼくらはできるだけ他人との接触を減らすことを考えて生きなければならなかった。
ひと月やそこらなら、まだいい。
一か月、家に閉じこもり、ひたすら頭を下げて、ウイルスという「弾」に当たらないよう、身を縮めていればいいのなら。
その間、どうにか命をつないでいけるだけの金や、食料などがあれば、どうにかなる。
だが、covid-19の影響は、数年間続いた。
当初は1年から1年半と言われ、いつしかそれが少しずつ延びて、2年、3年、結局、世界中で完全に落ち着くまで5年はかかった。
5年のあいだ、みんなが生きていくためには、仕事も必要だ。経済はマグロといっしょで、常に動き続け、泳ぎ続けていなければ死んでしまう。生き物なのだ。
おまけに、突然変異で人類の脅威となったウイルス感染症は、covid-19だけではなかった。それひとつでも、人類を破滅させかねない強敵が、その5年の間にも、つぎつぎと襲ってきたのだ。
人類はウイルスと共存しなければならなかった。
だから、これまでと同じ働き方はできなかった。
デスクワークは、なるべく自宅からリモートで行うようになった。顔を見て話さなければいけないときは、テレビ電話で話した。オフィスで働く人が減ったため、広い場所が必要なくなり、オフィス用の不動産が、ずいぶん値下がりしたという話だ。
もちろん、オンラインだけではできない仕事もある。工事現場。工場。警察官。消防署。病院。物流。「モノ」を扱う必要があれば、オンラインで完結させることはできない。
工事現場や工場には、どんどんロボットが投入された。警察や消防もそうだ。物流には、自動運転車やドローンが投入された。病院ですら、初診はオンラインで、というところも増えた。
いちばん大変だったのが、国際的な分業体制だ。
それまで、地域ごとに得意とする産業があって、食料生産、繊維、金属、各種の部品、各国から輸入して最終的な製品をつくるのが当たり前だったのに、その前提が崩れてしまった。
とはいえ、自国内ですべての産業を完結させることは、現実的ではない。
どの程度まで海外に頼るのか? ウイルスの影響を最小限に食い止めるためには、
そんな世界で、あまり変化がなかったどころか、重要性が増した職業のひとつが、デザイナーだった。なにしろ、オンラインが重視されるようになると、「見た目」の重要度が高まったのだ。
ルリは、澄んだ茶色い瞳の、おっとりした女の子だった。でも、タブレットをもつと、タッチペンや指先で、魔法のようにすばやくさまざまなデザインを生み出すことができた。
ぼくはその指先に、うっとりと見とれた。
『ねえ、どうしてる? 今日も元気?』
画面の向こうで、ルリが尋ねる。
「うん。元気だよ。ルリは?」
『元気。仕事してる』
鮮やかな色彩が入り乱れるタブレットの画面を、こちらに見せる。ルリのデザインも美しいが、それを持つルリの指先や、横顔が美しい。
「ぼくも、《繭》のあいだに、レストランのメニューをつくる動画を撮る予定なんだ」
『いいね。それを見て作れるのね』
「うん。休みのあいだ、ぼくらの味を忘れてほしくないから」
ぼくたちは、《繭》の季節に入ってから、毎日、なんども通信機で会話している。とても、たあいのない話ばかりだ。
何を食べた。美味しかった。こんなものを見た。あれを読んだ。聞いた。素敵だった。一緒に踊った。あの動画、笑った。良かったね。
話はつきない。いくら話していてもいい感じだ。
でも、ルリはここにいない。
画面ごしに、顔を見るだけ。声を聞いて、話をするだけだ。
「--会いたいね」
『うん。会いたいね』
画面にうつるルリの髪に、そっと指を当てる。コツンとつめたい感触がかえってくる。今から家を飛び出して、彼女の家に飛んでいきたくなる。
『少しだけの辛抱だよ。ひと月すれば、《繭》があけるもん。それまでの我慢』
「うん。そうだね」
《繭》があけたら、ぼくはまっすぐルリの元に飛んでいく。間違いなく。
そうして、ぼくのパートナーになってくれるよう、申し込むのだ。
その日が、待ち遠しくてしかたがない。