タイムカプセルを掘り起こした話

懐かしい話を思い出したので綴ることにする。
昔、かわたれ公園と呼ばれる公園が家の近くにあって学校の放課後によく遊んでた。
実際の公園は「空風(そらかぜ)公園」という名前だったがそれを「からかぜ」と読む人が現れいつの間にか「かわたれ」になっていたというのが僕らの通説だった。何か焼き鳥みたいな名前だとよく話題になっていたのを覚えている。
田舎ということもあり土地は有り余っているのかこの公園はかなり広く学校のグラウンド以上の広さがあった。
そのため沢山の子供たちが来ても十分遊べて縄張り争いみたいな喧嘩もない平和な公園だった。
実際僕らも中学時代くらいまではそこに良く行っていた。
幼稚園時代はお父さんお母さんとよく遊具で遊び、小学校時代は一緒に集団下校する友人とよく遊んでいた記憶がある。
中学時代になると普通に公園で遊ぶだけでは、飽きてきて少し挑戦的なことをするようになった。
その公園の近くには林があったため、そこに秘密基地を作ることにしたのだ。
秘密基地を作る時のメンバーは自分を含めて男3女2の5人だった。
流石に名前は明かせないがここからの話が分かりにくくなるので、男をタカシとリョウ、女をヒナとアカリと仮に呼ぶことにする。
タカシは幼稚園から同じ幼馴染で、リョウ、ヒナ、アカリは中学からの友人だった。
男たちはみんな所謂バカ三兄弟という感じで、女はヒナが明るいタイプ、アカリが暗い(というと印象が悪いがおとなしいといった)タイプだった。

秘密基地云々をやっていた時の日常は次のようだった。
まず放課後になるとバカ三兄弟は部活をサボりすぐに公園に向かい建築と改装(といってもブルーシートを持ってきてエリアを拡張したり、クッションを持ってきて快適にするくらいであとは雑談しているだけ)をする。
少し経ってから帰宅部のアカリがやってきて作業を手伝ってくれる。
それから18時を過ぎたころに部活終わりのヒナがやってくる。
それで夜ご飯や門限のことも考えて、大体19時手前で解散する。
流れ星が見られる日などの特別な日は夜までいたこともあったが。

やっていることは部活の下位互換かもしれないが、皆と違うことをやっているという背徳感からとても楽しい時間を過ごしていた。

中学2年生の夏休み前、僕らは完成した秘密基地でアイスを食べながらみんなで話していた。
たしか議題は「夏休みだし夏っぽいことしようぜ」で、タカシが出したものだった。
リョウは「ここら辺めちゃくちゃ虫いるしカッコイイカブトムシとかクワガタ探そうぜ」みたいなことを言い、虫嫌いのヒナに却下されていた。
そのヒナは「電車に乗って海とか行かない?」と提案したがアカリが「あまり子供たちだけで遠くには行かないように」と親に言われているらしく無しになった。
親同伴なら行けるだろうが、中学二年生ともなるとちょっと親に対して反抗的な精神が育っており何か嫌だったのだ。
結局あんまりワクワクできるいい案が出ずにそろそろ解散となった時に僕が肝試しを提案した。
「そんな夜に集まれる?」みたいな話も出たが僕には一つ考えがあった。
それは祭りに行くフリ作戦。
この公園の近くの神社で祭りがあり、大体その日だけはどこの親も門限を緩めるのだ。
その日ならここで肝試しが出来る。
これをみんなに説明すると拍手がおこった。
「よし!決まり!みんな懐中電灯とか準備しとけよ!」そうタカシが言うと僕らはその日解散した。

みんなで過ごす秘密基地生活が楽しすぎてゴミみたいなテストの成績を取ってしまったことを考慮しなければ最高の夏休みがやってきた。
塾、部活、他の友人との遊びや親戚の集まりなどもありずっと一緒にはいられなかったものの僕らはかなりの頻度で秘密基地に集まっていた。
ある日、珍しく秘密基地でアカリと2人きりになった時があった。
タカシ、リョウ、ヒナのテスト結果があまりにも酷く夏休みの講習に行くことになったからだ。
前々から気になっていたものの聞けなかったことを聞くことにした。
「何でアカリは僕らと一緒に遊んでるの?」
「それは、私がいちゃダメってこと?」
この時の僕は完全にコミュ力が終わっていた。
「そうじゃなくて、アカリってこう大人しい感じだし僕らみたいなバカみたいな集団って苦手じゃないのかなって」
「そうだね〜確かにバカみたいな集団に入るのは苦手だけど……苦手だからって憧れてないわけじゃないかな」
「それってどういう意味?」
「普段ずっと教室でも本を読んでる私からすると、読書の邪魔になる騒がしい人達は苦手。だけど、騒いでる人達って本当に楽しそうで、みんな仲良さそうだからさ、ちょっとそういう人たちの一員になれたらなぁって思ってたの」
「なるほどね」
「それで、実際ここってそういう所でしょ」
「確かにそうだね」
「そして、私みたいな人でも受け入れてくれる……よね」
「もちろん、というかそんなネガティブなこと言うなよ」
「そっか優しいんだね」
「……」
「……」
気まずい。
正直、他の子たちよりも大人しく、おとなびて見えたアカリに僕は惹かれていたので普段のように言葉を紡げなかった。
「そ、そうだ。あの来週の肝試し楽しみだね」
「そうだね。私、結構怖がりだから大丈夫かな」
「まぁ、一応2人か3人一組で回る予定だから大丈夫だよきっと」
「そうかなぁ、もし一緒になったらちゃんと助けてくれる?」
「まぁそれなりには」
男らしく任せとけと言うべきだったが、結構ビビりな僕にはこれくらいが限界だった。

夏祭り当日の朝、僕は浮き足立ってかなり早く起きてしまった。
ちょっと散歩でもするかと僕はかわたれ公園へと向かった。
祖母から後で聞いた話だが、かわたれ公園の呼び名に関する通説は間違っていたらしい。
公園の視界が悪く、明け方や夕方だと入り口から公園の中の人が誰か分からないという所が近くの神社の逸話と絡められた結果生まれた昔からの呼び名だという。
今では夕方から夜にかけての時間を黄昏時と言うが、昔では明け方も含めてこの時間帯を確かに「彼は誰時」といっていた。
なぜ、こんな話を今したかと言うと正しくその日僕は「彼は誰」を体験するからだ。
公園の入り口に着くと、林の近くに誰かが居た。
その人影はすぐに林の中に消えていった。
気になって距離を取りながら近付いていくと、林の中から焦げ臭いにおいがした。
脳内に放火の二文字が浮ぶ。
逃げて通報することを考え、急いで家に帰り消防署に通報。
結果としてボヤ騒ぎ程度で収まった。

しかし、秘密基地は消火活動でぐちゃぐちゃになり放火魔がいるということで公園の林の出入りが難しくなった。
残念ながら肝試しの計画は無くなってしまった。
それどころかみんなで集まる機会を失い、僕らの仲も少し疎遠になった。

秘密基地のこともほぼ忘れた中学卒業の頃、タカシが「最後にもう一度あの場所に集まってタイムカプセルを埋めよう」という計画を立てた。
結果アカリ以外の4人が集まりそれぞれの手紙を缶に入れ埋めた。
僕の書いた手紙は「未来の僕達は元気にしてますか〜」みたいなありきたりなものだった。
アカリは遠くの高校に行くためその準備で忙しいらしく参加出来なかった。
手紙くらい書いてくれてもよかったのに。
そういえばタイムカプセルを埋める時「みんなが20歳になる頃、2020年の3月29日に掘り出そう」なんて言ってたが皆集まったのだろうか。
20歳の頃はタイムカプセルの存在を完全に忘れていていけなかったのである。
まぁでもきっとみんなもそうだろう、大切な思い出もいつか風化する。
そういえばそんなこともあったなぁくらいになってしまうのだ。

だが、今になって少し気になってきてしまっている自分がいた。
もう地元を離れて遠くに行くことになる。
きっとこのかわたれ公園に行くことはほぼ無くなるだろう。
最後に確認してみたくなった僕はスコップを持ってかたわれ公園に向かった。
色々と林の中にある植物の配置なども様変わりしていたが、なんとか秘密基地の場所らしき所まで来た。
スコップを入れて掘り起こすとすぐに缶に当たる。
埋めた場所はこんなに浅かっただろうか、子供の頃と大人の今では見る世界のサイズ感が違うことはよくあるが流石に違和感がある。
2020年に掘り起こされたのか?
いや、おかしい。
再度埋める理由がない。
とりあえず埋められた缶を完全に掘り返し中身を確認する。
手紙が5通入っていた。
なぜか。
1通目を開ける。
「イケメンになってモテモテになっていますように」
これはタカシだな。
願掛けなら近くの神社の方にしろよ。
2通目を開ける。
「実は、リョウくんのことが好きです」
なるほど、これはヒナだな。
青春って感じだ。
3通目を開ける。
これは、俺の手紙だな今見ても面白くない。
4通目を開ける。
「ヒナのことが好き」
ほぉ相思相愛か……。
タカシが可哀想に思えてきた。
最後に5通目を開ける。
「ごめんなさい。許してくれないとは思うけどみんなのこと大好きでした」
きれいな字でそう書かれていた。
明らかにアカリの手紙だった。
さらに内容は続く。
「本当は、肝試しもしたかった。それだけじゃなくそれ以降の色んなことも、そしてこのタイムカプセルも。だけどお父さんとお母さんがダメだって。おかしいよね、私のことをずっと放ったらかしにしたのに少し帰るのが遅くなったら世間体良くないからとか悪い子と付き合うのはやめなさいとか言うなんて。ばかみたい。」
読んだ途端後悔が押し寄せた。
アカリの自己肯定感の低さや家庭環境の複雑さにある程度気が付いていたのに目を逸らしていた自分が憎くなった。
まだ続きがある。
「きっかけは肝試しの日の前日だった。明日遅くなることを伝えたら、ダメだって言われた。喧嘩をした。結果は一方的だった。全部が嫌になった。私抜きの4人で楽しそうに遊ぶ君たちの姿を想像するのも苦しかった。それに、抑圧すれば従順な良い子に育つと思い込んでいる両親に一矢を報いたかった。だから……ごめんねみんなの居場所を壊しちゃって。」
全てを悟った。
あの時の火事の後、犯人が逮捕されたみたいな話が無かったのに警備はすぐに無くなった理由、そして地元の高校に行く予定だったアカリが遠くの高校へ進学し家族丸ごと引っ越して行った理由が。

僕はリュックからルーズリーフを取りだし、6通目の手紙を書くことにした。
内容はアカリに一人で抱え込ませてしまったことの謝罪とまたみんなで集まらないかという提案、今の連絡先、そして2024年3月20日という現在の日にち。
きっと、このタイムカプセルが再度開かれることはないだろう。
だが、一縷の祈りを込めて浅く開けた穴にタイムカプセルを入れ埋め直した。

これが少し前の出来事。
懐かしい過去の話であり、これからも紡がれうる話である。

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