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【中国語教材】単艾婷著『冷蔵庫にやってきたペンギン』~中級教科書・DX~

 中国語中級の教科書は選定が難しい。大学1年生の授業のためには出版社や大学が個性ある教科書を出版しており、汗牛充棟の様相を呈しているのに対して、中級の教科書は絶対数が少ない。特に、「講読」「作文」は限られた中から選ぶしかないというのが現状だ。
 「講読」についていえば、現実の中国語の文章には倒置や省略や複雑な長い文がよく見られる。初級教科書の規範的な文法だけで活きた文章を読むことは難しい。中国語の特徴や読みのポイントを教えられる中級教材が必要になる理由である。昨年度出版された単艾婷著『陳諶『冰箱里的企鵝 冷蔵庫にやってきたペンギン』は、その欠落を埋めることができそうな教材だった。


 書誌情報:単艾婷著『中国 ことばの世界を旅する 陳諶『冰箱里的企鵝 冷蔵庫にやってきたペンギン』朝日出版社、2022年。

短編小説を扱う本書の特徴

 本書は中国の若手作家・陳諶の短編小説「冰箱里的企鵝(冷蔵庫の中のペンギン)」を本文に、文法解説と練習問題、さらには現代文学研究の基礎を紹介するページがつく。練習問題の内容は文法事項の確認と、小説の内容に関連した作文である。本文を読解・日本語訳して終わるのではなく、より発展的に学習できる工夫がされている。小説の内容は日常的ながら意外性とユーモアがある。
 (ただし、作文の練習問題は小説の読解や理解を問うものが多く、授業では「もしあなたが主人公ならどうしますか」など、学生自身の視点で答えやすそうな問い、様々な回答が生まれそうな問いに置き換えた)
 テクストの文体上の特徴は、「流水文」と呼ばれる長い文が頻繁に使われていること、地の文には文章語(書面語)の多々見られることである。やや上級の、歯ごたえのある文体である。

 橋本陽介『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』東方書店、2020年。
 本書でも紹介がある中国語「流水文」の研究書

DXに役立つ副教材のデータ

 さて、昨年度末、出版社に本書の採用通知を送ったところ、教師用のてびきのみならず副教材ダウンロードのためのリンクが送られてきた。その副教材はパワーポイントなどの電子データである。これらは、教育のDXを進めるために非常に役に立った。
 例えば、送られてきたデータの中には授業用のスライドや教科書本文のデータがあるが、それらのデータがない教科書では、教員各自が教科書をスキャンしたり、本文を手入力したりする手間がかかっていた。画像撮影とOCR(光学文字認識)を使えば文字を電子データに変換できるが、それでもチェックの手間がかかる。外国語教科書の文字には下線や網掛けなど装飾が多いうえに、日本語と外国語が混じるためか、誤字脱字が多く実用性が低かった。ピンインの声調記号が読み込めないのはわたしのスマホだけだろうか。
 そのため、コロナ禍で各大学が一斉にオンライン授業を開始した時、大学教員は教科書の本文のデータ化に多大な時間を費やしたのではないかと思う。そもそもデータの状態出版社の手元にあるテキストを、現場の教員が一人一人の手作業で文字起こしするのは、壮大な無駄である。
 ただし、欲を言えば、PPTのデータは、よりシンプルで編集のしやすい形での配布が望ましかった。教室の設備に合わせて、全体のレイアウトや文字の大きさは変える必要がある。配色やフォントについても教員の好みがある。
 (筆者の授業では、必要部分を自作のスライドにコピーし、レイアウトやフォントを調整して使用した。中国現地事情や本文の補足説明のスライドは一部のみ使用したが、学生の評判は良かったと思う)
 無駄な事務作業を省くため、より深い理解と学びを促すため、教育のDXが推奨されて久しい。しかし、オンライン授業を行い、教室でスライドやスマホを使うためには、適切な教材がなければ、単純作業のための多大な無駄が生じてしまう。その点でも、教科書本文の電子データや授業用スライドの配布が普及してほしい。

大学は電子教科書の夢を見るか

 小中高校では電子教科書が使われはじめた。ゆくゆくは大学にも電子教科書の波が来るのだろうか。特に、音声や画像データを多用する外国語教育は、電子化に対応しやすいと思われる。ただし、現状ではDXに合わせていない教材と、DXに合わせていない設備を使って、現場の努力でその場をしのいでいる。
 今回は副教材のDXを取り上げたが、いずれは教科書自体が電子版になるかもしれず、あるいはアプリやソフトウェアを使った授業が主流になるかもしれない。教員と学生、出版社の三者の視点からどのような教材が望ましいか、今後模索していく必要があるだろう。

 余談ながら、奈良県葛城市では、こども議会で中学生が提案したことを受けて、タブレット端末を置ける広い机が導入されたという。教員の視点からはDXの方法が最適か見えないことがある。今後の授業づくり、学校づくりには、学習者の視点を活かすことも求められる。

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