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【イベントリポート④】糸井重里さんによる特別講演

リポート① リポート② リポート③
ここまで3回にわたってお届けしてきました、イベントリポート。
大変遅くなってしまいましたが、今回が最終回です。

イベントでは、糸井重里さんによる特別講演
「復興につながる”アイデアづくり”」をテーマにお話しいただきました。

糸井さんは、東日本大震災の後、主宰を務める「ほぼ日刊イトイ新聞」での活動などで、さまざまな復興支援の活動を実践されてきました。
今回は「復興につながる”アイデアづくり”」というテーマでお話しいただきました。

聞き手として、アナウンサーの渡辺真理さんと、FUKKO DESIGN発起人で、
NHKエンタープライズの河瀬も一緒にお話ししました。

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河瀬大作さん
何の打合せもないんですよね。

糸井重里さん
河瀬さんは僕のところに相談に来るんです。ときどき。

河瀬
そうですね。1年に2回くらい。だいたい悩ましい時です。

糸井
どうにもならないんですよ、頭の中がごっちゃになって…という時に僕のところに来て、いろいろ話を聞いて、「○○なんじゃないかな」、「あ、そっかぁ」というやり取りがあって、しばらくすると、こういう状況になりましたという報告があって。先ほどのパネルディスカッションにしても、ちゃんと仕事として復興に関わっている方々なわけだから。僕は本職ではないわけで、一番よくわかってないのは僕なんですよ。

渡辺真理さん
私も1週間ほど前に、河瀬さんから「やって!」といわれたので、わかっているかといわれたらわかっていませんし。

河瀬
僕が糸井さんになぜ相談に行ったかというと、どうやってやるものなんだろう、こういうことは、と思ったからです。僕はNHKエンタープライズの社員で、仕事の部分も多少はありますが、まだこの活動でお金が生まれているわけではないので。基本的に手弁当で、今日来ていただいている参加者のみなさんをはじめ、お二人にも手弁当でやっていただいています。以前、東日本大震災の時に「クローズアップ現代」のゲストで糸井さんに来ていただいた時に、「復興っていうのはサステナブルなもの、持続しないといけないから、やっぱりお金が回らないと」という話をずっとされていて。ところで、こういう活動をやるといったものの、どうやっていくものなんだろう、と悶々と考えて、糸井さんに相談に行ったのが始まりです。しかもその時、時間を間違えて1時間くらい遅刻しちゃって…しどろもどろで聞いたんですね。

糸井
ということは、つまり、経済と復興みたいな話を僕がすることを望んでいる?

河瀬
そうですね。

糸井
それは無理だろう(笑)。

渡辺
資料によると、2011年3月にほぼ日のホームページに寄せた糸井さんのコメントについて話しましょう、と指示があります。

糸井
僕が、いま興味があるのは、実は、さっきの話ででた「邪悪なものを持っていない人と組みましょう」ということですね。あれこそ本当に話し合うべきテーマだと思っています。心の中に入っていくタイプのものだから一番難しいし、自分も邪悪な部分が絶対にないわけではないですから。あれを最初にいっちゃうのはすごい発明だな、と思いますね。しかも行政をさんざんやっていた佐々木さんの口から出たことが興味深いですよね。

あからさまに邪悪な人ってあんまりいなくて、それどころかみんな、よかれと思ってやって、結果的に現地の人が困ったりするんです。だから言い方がとても難しいんですけど、何かが起きた時って、たとえば「俺も何かしたんだよ」という人だらけになるわけです。街頭の募金に100円玉入れて「俺も募金したんだよ」と主張する。間違ってないんです。極端にいうと、「たいへんだ!」「がんばろう!」ってTwitterで言ったよ、というだけで終わる人もいる。言わないよりいいのかもしれない。でも、東日本大震災のとき、ただ言ってるだけの人たちに対して、この人たちは何に覚悟して、何に身を切っているんだろう…というふうに、正直にいうと、よくない印象を持ったんですね。まぁ、100円募金して威張る人はおそらくいないと思うけど、1,000円札2枚募金箱に入れた人は、「だいぶ寄付をしたな」と思うと思うんですよ。一方で、とても大きな災害の現状がある。人が亡くなったり、家が流されたという状況がある。その一方では、1,000円か2,000円で何かやった気になった人がいる。これで何ができると思っているの? っていう。普通に大人として暮らしている人間として、このバランスは嫌だなと思うんですけど、もちろんそのままの意見は言えません。それで、考えに考えて、「寄付について」という意見をTwitterに書いたんですね。

3月11日の金曜日に震災が起きて、その週末のうちに書きました。神戸の経験から、みんなが現場にただ押し寄せてしまうのは一番迷惑だから、それは行くべき時が来たら行けばいい。ただ「寄付の相場」があった方がいいんじゃないかと思ったんです。金額の分量で語り合うのは非常に難しいことだけれど、自分にとっての「このくらいのことをしたらどうだろう」という相場が無さ過ぎると思ったので、アイデアとして問いかけてみようと思ったんです。

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「あなたが3日分働いた賃金はいくらでしょうか。それを寄付するというのを一回、相場にしたらどうでしょうか」とツイートしたんです。そうしたら、「それを出してもらってよかった」という意見がたくさんあった。けれど、まぁ、やっぱり怒られるんです(笑)。「じゃあ、お前はいくら寄付したんだよ」と。僕はそんな少しではないです、と本当はいいたいけれど、その場でもし言ったらまた別の論争がはじまる。月給が30万円の人だったら3日分で3万円ですよね。そういうものがちゃんと集まったら「ある力」になるだろうと思ったんです。違う言い方をすると、みんなが考えているのは少な過ぎるんじゃないですか? と。もし自分が被災地に行ったとして、3日間いろいろな仕事をしたとしたらいくらだった、ということなら、怒る人や論争したがる人が出ない程度の数字の提案になるんんじゃないかなと思って。

まさしく復興と経済というものの下支えとなる心をみんなが持つぐらい、大きなことが起こっているんです、ということを言いたかったんです。すると「私みたいに普段の生活も困っている人がした寄付をあなたはバカにするんですか」というような意見もいわれるわけで、もちろんそういう反応も全部想像した上で覚悟していたので、とにかく耐えましたけど、あれは言って本当によかったといまは思ってます。やっぱり、いまだに10円や100円の寄付が「いや、寄付は心だから」って流れていくような時代のままだったら困るけど、いまこうやって人が集まっているのは、やっぱり現実的に力になろうという考えが少しずつ広まったからだと思うんです。

渡辺
いま糸井さんから伺ったお話しは、ほぼ日のホームページへいくと詳しく出てくるのですか?

糸井
ここにはもっと詳しいことが書いていますけど、大雑把にいうとツイートをしました。

Twitter上でみんなが半鐘を鳴らしているような状態で、あっちだ、こっちだとみんながいい合っているんだけど、結局それが状況を混乱させる原因にもなっていましたし、基礎的な筋道に関わるようなことをしていきたいと思ったので、僕はいろいろな意見があると思いますが、赤十字に寄付することにしました、と。するとまたTwitterでは赤十字はこういうマイナスの面がある、という意見が出てくるわけです。

こういうのはほかにもあって、またあいつは金のことばっかりいっているだとか、“余震は基本的に本震より小さくなる”という気象庁が出しているホームページからの引用を書いたら「お前が責任取るんだな」とか。めげますよね、けっこう。

渡辺
「それでもやろう」と思うのはなぜなのでしょうか。

糸井
言っているだけの人の声が大きくなっていって、それに巻き込まれる人が本当にいるんだっていうのはちょっと癪にさわるんです(笑)。ここは負けちゃいけないって。人生観にも関わることだから。でも、そこで論争すると相手の思う壺なんですよ。声が大きいと大きな意見になってしまうから、ちゃんと一歩退いて、次のアイデアを出して提案するという。その都度、説得力を持つアイデアを出さないと、前のところにずっといるわけにはいかないから、注目を持たせながらその話がいい方に向かえばいいんだなっていうのを囲碁のように打っていく感覚です。

渡辺
そのアイデアはどんな風に出るのですか?

糸井
それは普通の仕事と同じで、僕は「そういう依頼があった」と思っています。今日のテーマ、「“復興”につながるアイデアづくり」もそのアイデアを出すことだと思いますが。

河瀬
日々どうやって向き合っていくかということのような気がします。有事の時は困るから、いやおうなく巻き込まれていってしまうし、どんどんやっていくしかなくなりますよね。

糸井
言ってるだけの人に、現場の人が巻き込まれて嫌だなっていうことを解決したいという気持ちがひとつと、ちゃんとボランティアの団体が何に困ってるのかを調査したいなというのがひとつ。
僕の会社では4月の段階でボランティアの団体が何に困っているかを調査していたのです。もうその時点で様々な人が支援をしていて、たくさんの団体があって、一番差し支えなさそうな支援ということで、子供たちが避難所で退屈しているから絵本を配る、というものがあるから、それをやればいいかなと思ってやったんだけれど、どうも求められていることと僕らがやろうとしていることがしっくりいかない。あるルーティーンの中に入れば自分は楽なんだけど、もっと考えろよ、お前プロなんだからという気持ちがあるわけです。次々にあれやろうこれやろうをやっていったら、役に立つことをしたくなるに決まっていて。最初は「何かやらなきゃ」という意識が高いからみんなが立ち上がって、自分もおそらくそうだったと思うんです。

次に、常にその場に行くことを考えている人と、いつもは考えてないけど、たまに考えられる人とに分かれる。いつも考えている人のよくない傾向としては、声が大きくなりすぎるんですよ。その人のお陰で、ちょっと考えているだけの人は居心地が悪くなるんです。その関係性がよくないなと思うから、僕は「花屋さんは今日も花を売りましょう」っていうようなメッセージをしつこく毎日送っていました。自分に対してのメッセージでもあったし、みんながそうなってくれればと思って。友達と連絡がつくってことは、そもそもすごくありがたいことなんだよというのはわかっていたので。傷病兵みたいに病院に来る人もいて、そこで「黄色い花がすごくよかった」みたいな話はよくあるんですよ。ただ、そういうことで精神的に救われたといっても、実態的に役に立つ方法って何だろうと考えると、ものすごい無力感に苛まれるんですね。

渡辺
実態的となると、なかなか無いですよね…。

糸井
何が求められているんだろう、と個人としては一生懸命調査する段階が入って、僕がたまたまツイートしたことに対して怒りの返信をしてきた人がいたんですよ。それでその怒ってきた人に、謝りがてらツイートを返したら、決して悪い人じゃなくて。その子は漫画家になりたい高校生で、たまたま東京に来るタイミングがあったので会いましょうかということになった。

その時は、花見は自粛しましょう、みたいな時期で、これは本当はどうなんだろうな、という気持ちが僕の中にはあったんだけれど、彼女が東京に来て、照明を暗くしてくれていてすごく嬉しかった、といったんです。これは新聞には書いていませんよね。「忘れられてない」って気が付いただけで嬉しいというわけです。その人と「そんなことは何の意味もないんだよ」って論争できますか?そこで違う考えが二つ生まれて、二つ生まれただけで、この次の活動のヒントになる。

そういう風にして実感したいろんなことを総合して、といっても「こう決めました」とはいかなくて、暗くしつつ、これをやりますとか。さっきのボランティアの団体に寄付をします、というのは一回してみてピンと来ないなという感覚があって。そこからすごくありがたかったのは、当時の財務担当が「糸井さん、これ予算組みしましょう」といったんです。つまり年間で東北に対していくら使うかを会社が試算してくれて。支援活動はしたいに決まっているからするけれど、ここから先、これ以上やったら共倒れしますから、助ける側にも予算組み、懐具合がありますから。何年も続くことなら、早くお金使っちゃったらもう止めたになってしまいますからね。だから持続的にという意味では、もう7年は経っていますけど、うちは予算組みができていたからずっといろんなことができるんです。まずはみんなが集まって相談できる場所、ほぼ日の支社を気仙沼に作ろうということを震災の起きた年の夏に決めて、11月にはスタートさせました。

その時また問題が生まれるんです。早く家を直したいのに大工さんが足りなくて建築ができない、復興のための大工さんを僕らが奪ってしまうということ。一方で、本部ができないとみんなが集まれる場所がないので、結局材木屋さんが売れなくなって困っている木材を使ったりして支社をつくりましたが、いちいち難しいんですよね。いろいろな矛盾の中での決断でやるわけですが、そういう風にお金が使えたのは年間の予算があったからこそです。

立川志の輔師匠に出演いただいた「気仙沼さんま寄席」は地元の方から、普通にみんなに気仙沼に来てほしいという意見を聞いて企画しました。お客さんに来てもらうのに、津波の被害を見に来てくださいっていうのはおかしいわけだし、みんなが「笑いに来る」っていうのをまず決めて。これは僕のすごく打算的なところだと思うんだけど、落語以外で人が呼べて予算がかからないことってあんまりないんですよ(笑)。座布団1枚で何百人を満席にできるっていう。志の輔師匠のチケットは東京でも手に入らないほど人気があるから、それを気仙沼に持って行けば、東京から落語を観にお客さんが来てくれる、と。気仙沼の人たちにとっても、同情しに来られるよりも、ゲストを迎え入れる側に立つことができると。雪の降る日に、このイベントをやったんだけども、これは慰問ではなくて興業だから、スタッフとして働く地元の人は観られないんです。地元の人は手が空いたら少し観られるけれど、師匠はそのことを気に留めていて、第2回目の「さんま寄席」は2回公演にして地元の人向けにも1回やりました。

地元の人にとっては、観光バスで来た人が街を歩く姿を見られたことが本当に嬉しかったそうです。悲しいことばっかりだったし、新聞記者の人はどう大変かの取材しか来ないから。笑っていいんだという場所に来て、地元のお土産を買ってくれる人が、同じ場所でお酒を飲んでいたっていうようなことができたわけです。

河瀬
「被災地に行く」というと、腰が重いというか。何となく理由を作ってもらえれば、人は行きやすくなりますよね。これは、行動をデザインしているということかもしれませんね。

渡辺
いま私はすごいジレンマがあって、時間が…。しかも会場には有働由美子さんがいらしていて、少しお話ししていただけないか、最後までいてくださるのかがすごく気になっています。

河瀬
10分延長しましょう!有働さん、前に来ていただいてお話ししてくれませんか。

糸井
ここからが面白くなるからね(笑)。僕はこういうのは普通の仕事として考えているから。NHKの番組に出た時に、これもまた怒られたんだけど。復興支援の缶詰を作っている人たちがいて、生番組で味見をしたんです。みんな「あ、おいしい」というんだけど、正直ぼくはおいしくはなかった。「どうですか糸井さん」と聞かれて、「ノーコメントです」といったことがあって。そこで無意識で嘘をつくのは復興どころか商品をダメにするんです。同情がなかったら買ってもらえないものは、いずれ破綻するぞ、と。世界的な競争力のあるものを気仙沼から出したいと思って、アラン島のニットを真似して、地元の人が編み手となって手編みのセーターを作る「気仙沼ニッティング」という会社を立ち上げる企画をスタートしました。

アランニットはもともと新聞記者が考えたことだそうですから。アラン島の産業のないところに、手が余っているからそこでニットを作ればいいんじゃないかということで、市場は日本とアメリカと決めて。「気仙沼ニッティング」を始めるにあたって、僕らはアラン島に挨拶にも行っているんですね。
手編みのセーターってひとつ作るのに55時間もかかるんです。それを2万円ぐらいで売っている。そんなものでは何の意味もないから、高いセーターを国際競争力のあるデザインにして出しましょう、という会社を作り、先日ようやくほぼ日から離れ、独立した会社になりました。

河瀬
独立したということですね。それはすごいですね。

糸井
そのために、編み手になってくれる人は誰がいるの?と聞いてまわるところから始めて、毛糸屋さんをあたったり。「編みましょう」のワークショップで編み手の人たちを集めて育てていって、会社にしていったんです。ケネディー駐日大使もセーターを買ってくれているんですよね。

河瀬
有働さんも気仙沼ニッティングを買っているんですよね?

有働由美子さん
そうなんですよ。私が東日本大震災の被災地を周った時に、たまたま船に乗ったんですよ。そこでいきなり「私、気仙沼ニッティングの編み手なのよ」とおばちゃんに声を掛けられて。その編んでいる方たちの自負がすごいな、と思いました。

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糸井
ものすごく嬉しいです。つまり、助けてもらう仕事じゃなくて、自慢できる仕事を作りたいというのが、最初からの目標だったんです。気仙沼ニッティングの編み手の人たちは、マイスターなんですよ。けっこう検品の基準が厳しいからね。

有働
ちょっと質問してもいいですか。気仙沼ニッティングを含めて、糸井さんの活動はサステナブルに続いていると思うんですが、次々と災害が起きて、そっちに関心がいってしまう中で、どんな風にすれば、気持ちや経済的な面でもサステナブルな支援が行えるのでしょうか。ひとつの災害を支援し続けるには、何が一番のポイントだと思いますか。

糸井
最初に自分たちがサステナブルではない行動を取りがちだということをものすごくよく認識しています。2012年の秋には、地元の人はもう来年の正月には、みんな忘れちゃうよねと話していて。地元の人はあと3年は我慢しなきゃなと覚悟していたつもりだけど、3年じゃ全然復興しないんですよね、事実は。それで、2012年の秋に「大丈夫だよ、気仙沼のほぼ日は2年契約だから」といったんです。つまり、場所を持つというのは不動産屋との契約の話で、2年はいるよ、という証明になるんです。飽きっぽいに決まっているというところからスタートするので、年間予算を取る発想に近いと思いますが、その後、いろいろな災害が起ころうが、縁があってとしかいいようがないんですね。僕は本職として復興の仕事としているわけじゃないんで、たまたま知り合いがいたからとか、ここに行っていた時に何か起こったとか。そういうのを「縁だから」といってやるしかないね、っていうのが今の僕の立場です。


そこで河瀬さんは頭がいいから「災害クーポン」みたいなことを考えたみたいで。次々に何かが起こるから、全部手伝うのは難しいという人が多いと思うんだけど、振り分けは私たちがやりますから、あなたはいつでも手伝う気持ちでいてください、というようなプロジェクトなんですよね? FUKKO DESIGNは。いわば復興の紙幣が流通する、復興予算があるということです。とりあえずは、いつも新しい災害に心を痛めている状態が求められているわけではない気がするので、好きなように普段は暮らしていいけれど、だけど仲間に何かがあった時はそのクーポンを使って助けるっていうものですよね。労働力以外にもお金だったり、場所を提供することだったり、クーポンの形は個人個人で変わると思います。


ほぼ日が東日本大震災の後に取材したことをまとめた「できることをしよう」というタイトルの本があるんですけど、そこにはまさしく被災地でできることをした例がたくさん書いてあるんです。たとえばクロネコヤマトの人たちは、本部の許可なしに現地で無料で水を運んだりしていて、それは彼らのできることだったわけです。できないことをするのはサステナブルじゃなくて、できることをしようというのが、続けることのベースにあると思います。熱情とかキーワードになる言葉って本当にありがたいんだけど、檀家の人たちみんなが一生懸命お寺の掃除ばっかりやっていたら、お寺に寄付は集まらないわけで。お布施も懐が傷まない程度にお願いします、っていう。

ボランティアの組織で一番辛いのは、一度登録すると、その人のところに何度も何度も狙い撃ちみたい来るでしょ。狙い撃ちというとことばは悪いんだけど、来られる側はそう思いますよね。そういう普通考えないようなことまで話し合って、いかに取り入れていくか。そういったことをいかに塑像として組み入れていくか。プランニングする時に、線を引くというよりは、練って造っていくみたいな発想をすればいいのだと思います。

河瀬
その辺りのマッチングができればすごくいいですよね。

渡辺
有働さんがNHKからNews ZEROに就任なさる前に、ご自分で取材とは別で東北に行かれますよね?

有働
3.11が起きた後に、これはもうみんなで支えるには大変だと思って、NHKに企画を提案して通らなかったんですが…。私ひとりが被災地何軒かを背負うのは大変だけど、石巻の○○さん、という個人的な付き合いだったら、この先50年くらい縁をつなぐことはできると思いまして。一対一を結びつける、被災地と被災地外というのをキャンペーンでやれないかと思ったんですね。

糸井
それはペンパルフレンドみたいなものですよね。僕も、東北の中でも気仙沼以外はほとんど行っていないんですよ。全部を助けるなんてことは絶対無理だってことをまずはわかっておかないと。

河瀬
マッチングだと思うんですよね。どういうニーズがあって、被災地にこういうニーズがあるんだけど、「有働さんはこういう形でご一緒していただけませんか」、「糸井さん、ここちょっと一緒に手伝ってもらえませんか」という風にデザインをするということです。その辺を整理する部分が今までなかったんじゃないかと。そこができていくだけでも、ずいぶんいろいろなところが変わっていくんじゃないかな。

糸井
こういう話をすると、どうしても優等生的になって、一生懸命だといいことがあるという風に思われがちなんですよね。被災地にもいい人ばっかりがいるわけではなくて、もしかしたら悪い人だっているわけで(笑)。一方、行政のすごいところって、文句や批判を受けながらも道路を作ったり、鉄道を復旧させたりしていて、あれは僕らには絶対にできないことだから。いい人とか悪い人とか言っていないで、全部セットで持ち上げる、というのが公共の人たちならではの仕事の凄みだと思います。僕らはそれに対して血の巡りをよくするくらいしかできないんじゃないかな。だから僕は「できない」という覚悟をしていることの方が多いですね。

河瀬
ボランティアっていう言葉が、ものすごくよいしょって腰が重くなるイメージがありますよね。もっと裾野を広げられたらいいと思っていて、糸井さんにボランティアに変わる言葉がないか…という相談です。

糸井
そういわれて困っちゃったんだけど。原稿を書く時に、自分たちがやっていることを表現する言葉を無意識に使っていると思ったんだけど。「御用聞き」いうのはどうかな、と思います。何かをやるにしても、いちいち現場とやり取りをして決めていかないとダメなんですよ。「マッチング」という言葉もいいと思うんだけど、マッチングのシステムがうまくできればできるほど、ダメになっていきかねないから。

河瀬
そろそろまとめてください、という指示が出ました。

糸井
どこかで立派な人とか頭のいい人ばかりがやっているんじゃなくて、ダメな人がやっているという感覚を取り戻して欲しいとは思います。ダメな人も含めて復興をしていかないと数が足りないし、全体の底上げはできないんですよね。木村さんみたいな人と話しているとすごくよくて、「こういうのがいい」ってあまりいわないので。彼はダメじゃないだろうに、ダメな人の役をちゃんとしてくれていますよね。

木村充慶さん
自分がずっと現地に行って、たまたま運よく毎回面白い人がいて、一緒に活動をして来たんですが、いまは僕が一生懸命がんばってやっているだけにしかなっていなくて、どうしたらもっとうまくつながるのかな、というところを聞きたかったのですが。

糸井
Twitterや SNS以後って、「俺たちが小さくても声を上げればみんなが賛同してこうなってくれる」みたいなことを思い過ぎだと思うんです。もちろんそういうこともあるけど、そこにはこんな要素やあんな要素もあったっていう複雑なつながりもあるし、穴掘るみたいなすごく地道なところがあるわけで。さっきみたいに、有働さんが気仙沼に通っている話の方がよっぽどピンと来ますよね。

有働
大事なご指摘をいただいて、今日は本当にありがとうございました。ダメな人も一緒にやるんだ、というのはひとつ大きな考えるヒントにしたいなと思いました。

以上、ありがとうございました(会場内拍手)。

文: Aiko TSUJI
写真:ボラ写PROJECT(宿野部隆之)
編集協力: FASHION HEADLINE

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いろんなお話が次から次へと出てきて、大盛況となりました。

この時、最後にも発表しましたが、
次回は12/1(土)にイベントをやる予定です。
また詳細が決まり次第お知らせします。

#fukkodesign  #復興 #復興支援 #被災地支援

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「⺠間ビジネスの力を結集して新たな”復興”をつくる」を活動テーマに、様々な活動を行っていきます。 https://fukko-design.jp/
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