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【書評】安藤祐介『本のエンドロール』

池井戸潤、真山仁といった社会派から、青木祐子などのライトノベルまで。
勤め人たちの生き様を描くフィクションは、近年「お仕事小説」の呼び名が定着。幅広い層に親しまれてきた。

安藤祐介も、07年に『被取締役(とりしまられやく)新入社員』(講談社)が『TBS・講談社 第1回ドラマ原作大賞』を受けるなど、「お仕事小説」の名人である。

彼の10作目『本のエンドロール』は、印刷会社が舞台の長編。18年の刊行以来、書店員らを中心に好評を得ており、昨年文庫化された。

主人公は豊澄印刷の営業マン・浦本。さらに印刷製造部の野末、データ制作部の福原も、重要な役目を担う。

実は作家や編集者は、モノとしての本が産まれる現場を、意外と知らない。一方の彼らにも、印刷会社の人間とは違う事情や、譲れぬこだわりがある。

異なる立場の人々が、摩擦と折衝を繰り返し、渾身の一冊を世に送る。それは私にとって発見の連続で、胸が熱くもなった。情報だけでなく、製本技術も詰まった書籍の価格は、いたってリーズナブルなのだ。

ただ、業界を知れば知るほど、それを取り巻く環境の厳しさを痛感する。
例えば、本作りには大量の水、紙、電力の消費が伴う。もしミスが起きれば、当然コストはかさむ。

また、電子出版に比べ、紙出版市場の成長は鈍い。福原曰く「本の助産師」の一人である野末も、(親族の問題があるとはいえ)好きなミステリー小説を買う余裕のない生活だ。

SDGsが叫ばれる時代、この「お仕事」は持続可能と言えるのか。『本のエンドロール』とは、本の終わりにある奥付を意味する。しかし、読み進むにつれ、紙の本自体の幕切れを予感してしまった。それでも、本を読みたい人と、それを届けたい人がいる限り、この映画は続く。

「廃れゆくことは敗れることではない。廃れゆく本を造る仕事を選んでこの場にいる限り、負けることはない」
ヘミングウェイ『老人と海』を彷彿とさせる、浦本の言葉が力強く響いた。

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