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土の中のリン1 - リンの形態

リンは植物にとって必須な養分の一つです。窒素(N)やカリウム(K)と並ぶ肥料の三要素としてよく知られており、リン欠乏は作物の生育に大きな影響を及ぼします。ただ、ひとえにリンといっても、土の中では様々な形態で存在しており、その形に応じて化学的な特徴が異なります。特に植物による吸収という点で見ると、その形態や動態というのが重要になります。窒素に比べるとあまり注目されていない感じはしますが、色々複雑で面白いのでnoteにまとめることにしました。(土壌化学には詳しくないので、間違いがあれば指摘していただけると助かります)

まず、以下の図は土の中でのリンの動態を自分なりにまとめてみた図になります。(文献によって分類の仕方などが違うので、正直なところこれが正しいか自信がないわけなのですが)
今回はこの図に沿って、リンの多様な形態とその特徴ついてまとめてみました。

(1) バイオマスリン
バイオマス、つまり植物や土壌微生物などの生体中に含まれるリンのことです。菌根菌との共生を除いて、植物がバイオマスリンを吸収することはありませんが、死滅や組織の脱落によって有機態リンへと変化して、土壌中へ供給されていきます。

(2) 有機態リン
土壌有機物に含まれていて、炭素(C)と結合したリンを有機態リンと呼びます。これは死滅した生物、排泄物、脱落した組織などが元になっています。有機態リンは、微生物や植物根から分泌される酵素によって、さらに無機態リンへと加水分解されていきます。この変化を無機化と言い、リンの無機化を担う酵素を「ホスファターゼ」と呼びます。有機態リンには様々な形がありますが、その形態によって無機化されやすいものとされにくいものが存在しています。土壌中に最も多く存在する有機態リンはフィチン酸(イノシトール6リン酸)と呼ばれる、無機化されにくい難分解性のリンです。

(2020.5.30 追記) 上記の「土壌中に最も多く存在する有機態リンはフィチン酸(イノシトール6リン酸)」の箇所ですが、近年の研究においてはフィチン酸の量はそんなに多くなく、腐植とリンの結合体の方が多いのではないかという認識がリンの研究者の間で共通認識になっているようです。この点に関して詳しく書いて頂いた記事がありますので、以下のリンクからぜひ読んでみてください。

(3) 無機態リン
炭素と結合しない形のリンで、有機態リンの分解や化学肥料の投入によって生成します。その形態に応じて、植物による利用のしやすさが大きく異なります。以下では無機態リンをさらに分類しています。

(3-1) リン酸イオン
植物は土壌溶液中に溶けているリン酸イオン(H₂PO₄⁻, HPO₄²⁻)を吸収しています。ただ、これらの存在量は2 mg/L程度と非常に少なく、無機態リンの大部分は後述の金属イオンなどと結合した形で存在しています。

ちなみに、リン酸イオンは、他の養分(NO³⁻, K⁺, NH₄⁺)に比べると土の中を移動する速度(拡散の速度)が遅いという特徴があります。硝酸イオンの吸収では、水の移動(マスフロー)や拡散と呼ばれる現象よって、吸収に伴って根へと新たな養分が移動してきます。一方、リンは根の吸収に対して供給が追いつかず、根の近くではその濃度が低くなってしまいます。したがって、リン吸収においては、根(根毛)の伸長や菌根菌との共生などによって根圏を拡大し、新たなリン酸源にアクセスしていくことがとても重要になります。

(3-2) 肥料中のリン(水溶性リン/く溶性リン)
過リン酸石灰や重過リン酸石灰といったリン酸質肥料の主成分である Ca(H₂PO₄)₂(リン酸二水素カルシウムまたは第一リン酸カルシウムと呼びます)は水に溶けやすく、速やかにリン酸イオンに変化します。一方、焼成リンというリン酸質肥料の成分である(CaNaPO₄)(レナニット)などは”く溶性”のリンで、水には溶けず、根などから出る酸によって徐々にリン酸イオンに変化します。熔成リンというリン酸質肥料は結晶構造を持ちませんが、同じくく溶性のリンを含んでいます。

(3-3) 難溶性リン
土壌のリン酸イオンや水溶性のリンは、アルミニウム(Al)や鉄(Fe)、カルシウム(Ca)などと反応して、植物が容易に利用できない難溶性のリンに変化します。この変化を「リン酸固定」と呼びます。リン酸固定のメカニズムはやや複雑なので詳しくは書かないのですが、以下で少しだけ説明します。

一般的な土壌条件ではAl酸化物やFe酸化物とリン酸イオンが反応することで、固定が進みます。土壌中のAl酸化物は、アロフェンやイモゴライトといった二次鉱物(粘土鉱物)や、Alと腐植の複合体に含まれています。同じように、Fe酸化物は、ゲータイトやフェリハイドライトといった二次鉱物や、Feと腐植の複合体に含まれています。これらの酸化物の水酸基(-OH)にリン酸が配位結合という結合をすることで、粘土鉱物や土壌粒子の表面にリン酸がくっつきます。この反応は「収着(Adsorption)」と呼ばれています。また、このような反応性の高いAlやFeは、活性Alや活性Feと呼ばれています。東日本を中心に広く分布する「黒ボク土」では、土壌中に活性Alや活性Feを多く含むため、リン酸の固定量が多いことがよく知られています。

また、土壌の酸性化が進んでくると、アルミニウム(Al³⁺)や鉄(Fe³⁺)といった単体の陽イオンが遊離していきます。これらの陽イオンとリン酸イオンが反応すると、リン酸アルミニウム(AlPO₄)やリン酸鉄(FePO₄)にといった難溶性の塩に変化します。この反応を「沈殿 (Precipitation)」と呼びます。リン酸固定はこの沈殿と収着の2種類の反応によって進行することが知られています。

AlやFeによるリン酸固定は酸性土壌で増加しますが、アルカリ性の土壌ではカルシウム(Ca)によるリン酸固定が増えてきます。リン酸イオンが土壌中の炭酸カルシウム(CaCO₃)などと反応すると、(CaHPO₄)(リン酸一水素カルシウムまたは第二リン酸カルシウム)や(Ca₃(PO₄)₂)(リン酸三カルシウム)が生成します。これらはAlやFeとの沈殿物に比べると溶け出しやすいわけですが、さらにCaとの反応が進むと(Ca₅(PO₄)₃OH)(水酸化リン酸カルシウムまたはヒドロキシアパタイト)などのより難溶性の高い化合物に変化していきます。近年では石灰資材の過剰投入によりCa過多の土壌も増えているようなので、Caによるリン酸固定も十分な影響を及ぼしている可能性があります。

また、嫌気的な水田土壌ではリン酸固定の形が少し異なります。低地土では活性Feに収着するリン酸が多いのですが、水が張って嫌気的になると活性Feは第一鉄(Fe²⁺)に還元されます。この変化に伴い、収着していたリン酸の多くは第一鉄と沈殿反応を起こして、[(Fe²⁺)₃(PO₄)₂・8H₂O] (ビビアナイト)に変化します。中干しなどで好気的な条件に戻ると、第一鉄が酸化されるので、リン酸は再び活性Feに収着することになります。このように収着と沈殿を行き来するのが水田の特徴です。土壌溶液中のリン酸イオン濃度は嫌気的条件時の方が高くなります。

(3-4) 一次鉱物中のリン
アパタイト[Ca₅(PO₄)₃X, X=F,Cl,OH]と呼ばれる一次鉱物(風化を受ける前の鉱物)に難溶性のリンが含まれています。土壌中にもっとも多いのは(Ca₅(PO₄)₃F)(フルオロアパタイト)と呼ばれるものです。これらのリンは風化を受けることで、非常にゆっくりと土壌中に供給されていきます。

(補) 有効態リン(可給態リン)
植物が吸収可能なリンを、有効態リンまたは可給態リンと呼んでいます。手法的には、硫酸によって抽出されるリン酸のことを指しています。有機態リンや固定されたリンの一部も含んでいると考えられます。

以上、土壌におけるリンの主な形態についてまとめみました。リン酸固定などは非常に複雑な感じですが、複雑さゆえ面白く感じます。次回は、リンの動態に関して、土壌微生物や植物根の働きを中心にまとめたいと思います。最終的には自分の専門に近づけて、緑肥とリン酸吸収の関係についての話にもって行けたらなぁといつのが今のところの目標です。


参考文献
武田容枝. (2010). 土壌リンの存在形態と生物循環. 土と微生物, 64(1), 25-32. 
西尾道徳, & 木村龍介. (1986). リン溶解菌とその農業利用の可能性. 土と微生物, 28, 31-40.
S. Sheraz Mahdi, M.A. Talat, M. Hussain Dar, Aflaq Hamid and Latief Ahmad. (2012). Soil Phosphorus Fixation Chemistry and Role of PhosphateSolubilizing Bacteria in Enhancing its Efficiency for SustainableCropping-A review.  Journal of Pure and Applied Microbiology, 6(4), 1905-1911.
南條正巳. (2018). 土壌におけるリン酸イオンの収着・沈殿現象. 土壌の物理性, 138, 5-12.
伊藤豊彰, 木川直人, & 三枝正彦. (2011). 黒ボク土におけるリン酸収着と土壌リン酸の可給性: アロフェン質黒ボク土と非アロフェン質黒ボク土の違いに注目して. ペドロジスト, 55(2), 84-88.
・大学で学んだ知識 など

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