土壌中のマイクロプラスチックの影響に関する研究

ビニール袋有料化など、プラスチック削減を求める社会的な動きが近年高まっているように思います。プラスチックを削減しなければいけない理由としてよくメディアなどで挙げられているのが、「マイクロプラスチック」と呼ばれる問題です。マイクロプラスチックとは、一般に直径が1mm以下のプラスチック粒子を指しています(1 ←文献リストの番号を表しています)。このうち、歯磨き粉のスクラブ剤などに含まれるマイクロサイズで製造されたプラスチック粒子を「一次マイクロプラスチック」、ビニール袋などのプラスチック製品が紫外線などにより細かく分解されてできた粒子を「二次マイクロプラスチック」と呼んでいます。小さな粒子であるために、生物に接種され食物連鎖を通じて生物体内に蓄積されることが、マイクロプラスチックの問題として懸念されています。

今回は、あまり注目されることのない土壌中のマイクロプラスチックの影響について紹介・議論をしていきたいと思います。現在の科学的な知見に照らし合わせながら慎重に議論を進めたいと思いますが、まだ十分な知見が蓄えられていない分野なので、その点をご理解いただきながら見ていただけると幸いです。

土壌マイクロプラスチック研究の現状

まず初めに、土壌中のマイクロプラスチックに関する、学術研究の状況について整理をします。メディアなどでマイクロプラスチックの問題が取り上げる際、多くの場合は海洋のマイクロプラスチックの現状や影響について紹介されることが多いように思います。一方で、陸域のマイクロプラスチックの話はあまり耳にしません。学術研究の状況というのも、ここ数年前まではそのような状況であったと考えられます。

以下のグラフは、2021年7月時点において論文検索サービスのweb of scienceを用いて3種類の検索条件(①Microplastic, ②Microplastic+Marine, ③Microplastic+Soil)でヒットする論文数の推移をそれぞれ表したものになります。2010年代からマイクロプラスチック(①)に関する論文が指数的に増えてきていますが、その多くが海洋のマイクロプラスチック(②)を対象にしたものであったことがグラフから伺えます。一方で、土壌のマイクロプラスチック(③)に関する論文というのは、5年前までは殆ど存在せず、ここ数年で出始めたばかりであることがわかります。このような状況から、土壌のマイクロプラスチックに関する十分な知見の蓄積・評価がまだなされていないような現状であると考えています。ただし、論文数も指数的に増えていて、その注目は高まりつつあることは確かです。

キーワード別論文数の推移

土壌マイクロプラスチック研究の必要性

土壌のマイクロプラスチックについて、包括的に論じた恐らく世界で初の学術的な文献は、2012年にAmerican Chemical Societyに掲載されたドイツのRilligによるViewpoint(意見等を述べる論文)です(1)。Rilligは当時のこの分野の状況を踏まえ、陸域および土壌中のマイクロプラスチックに関する知見が十分に得られていないことを問題視しています。この分野の研究の遅れの原因として、海洋生態学で始まったマイクロプラスチック研究に関する研究のアイデアや手法が陸域生態学に十分に伝わっていなかったこと、水中に比べて土壌中のマイクロプラスチックの抽出が難しいことなどの技術的な課題なども挙げられています。

Rilligの論文の中では、土壌中のマイクロプラスチックの発生源の一つに、農業で用いられるマルチフィルム(写真参照)などのプラスチック製の農業資材が挙げられています。これらは紫外線(UV)によって細かく粉砕され、マイクロプラスチックへと変化していきます。こうしたマイクロプラスチックの形成には、光や雨などの環境要因のみでなく、ミミズなどの土壌生物が寄与している可能性も指摘されています。また、農地で発生する二次マイクロプラスチックのみでなく、生活排水などに含まれる一次・二次マイクロプラスチックが、作物への灌水(水やり)によって土壌中に移行・蓄積する経路も考えられます。さらには、空気中には非常に小さなマイクロプラスチックが存在しており、これが土壌へと絶えず沈降していることも考えられています。このように土壌中のマイクロプラスチックの生成・移動経路は多岐に及んでおり、実態の把握を難しくしている要因と思われます。

画像2

生成した土壌中のマイクロプラスチックが環境に悪影響を及ぼすかどうかを判断するには、土壌中のマイクロプラスチックの分解速度が早いのか、海洋プラスチックのように長く残るのかを評価する必要があります。とはいえ、海洋環境で生じているような、生物に取り込まれて食物網に蓄積されていくリスク、有害な汚染物質を吸着して濃縮してしまうリスクも当然想定されます。このような形で、土壌マイクロプラスチック研究の第一人者でもあるRilligが体系的な研究の必要性について主張したことで、実態や影響の把握に関する研究が進むことになります

陸域のマイクロプラスチックの実態に関する推定

では世界でどのくらいのマイクロプラスチックが土壌に投入され蓄積しているのでしょうか。実際に計測することはおおよそ不可能ですが、生成・流入経路に関する統計を用いて概算することは可能です。

NIzettioらは、欧米の農耕地土壌への主要なマイクロプラスチックの流入源が、肥料・土壌改良剤として投入される「下水汚泥」であることに注目をし、下水汚泥の施用量と農地面積・人口のデータ、海洋研究で得られたマイクロプラ発生量の推定結果を利用することで推定を行いました (2)。その結果、住民100万人あたり年間125〜850トンのマイクロプラスチックが欧州の農耕地土壌中に投入されていると推定しました。これは同じ海洋での推定量の110〜180トンを超える量とされています。またこれらを合算をすると、欧州では年間63,000〜430,000トン、北米では年間44,000〜300,000トンのマイクロプラスチックが農耕地に投入されていることになります。これもまた、世界の海洋への年間総投入量93,000〜236,000トンを上回る量になりました。

このように、実は海洋よりも多くのマイクロプラスチックが陸域に投入されている可能性が高いと考えられています。Hortonらの研究でも、淡水を含む陸域全体への年間の投入量は、海洋に放出される量の実に4~23倍にものぼると推定されています (3)。こうした推計を踏まえても、土壌中のマイクロプラスチックの影響を詳細に調べる重要性が見えてくるのかと思います。

まとめ

ここまで、土壌中のマイクロプラスチックの概要やその研究の現状を整理してきました。土壌中のマイクロプラスチックが果たして悪影響を及ぼすものなのかどうなのかは慎重な議論が必要な部分になりますが、少なくとも調査・議論を慎重に行う必要があるのだなということを感じてもらえたら嬉しいです。この後も長くなりそうなので、土壌中のマイクロプラスチックの影響は、その2とその3の方で整理してみたいと思います。

参考文献

1. Rillig, M. C. (2012). Microplastic in terrestrial ecosystems and the soil?. https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es302011r
2. Nizzetto, L., Futter, M., & Langaas, S. (2016). Are agricultural soils dumps for microplastics of urban origin?. https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.est.6b04140
3. Horton, A. A., Walton, A., Spurgeon, D. J., Lahive, E., & Svendsen, C. (2017). Microplastics in freshwater and terrestrial environments: evaluating the current understanding to identify the knowledge gaps and future research priorities. Science of the total environment, 586, 127-141. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969717302073?casa_token=yqFS9Hvf67QAAAAA:RUIIdugSwsZZT0W-2zlxf6Ocq0MSs-wSShOVthILzsg-PQwBi1S7iMWWWriHWs7LdE21px26Vg


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?