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ミミズ研究の最前線

-雨が降ると路上に現れ、そのまま干からびて死んでしまう生き物- 
生態学を勉強するまでは、僕にとってミミズとは、非力で哀れな、気持ち悪い(けどちょっとかわいい)、そんな程度の生き物でした。多くの人にとって、ミミズのイメージって、そんな感じなのではないでしょうか。

ミミズが生態学の研究対象となるのは19世紀後半に遡ります。「種の起源」で進化論を唱えたことで有名なチャールズ・ダーウィンは、石だらけだった草地が、長い期間を経て平らになっていくことに気がつきました。そして偉大なこの研究者は、ミミズという平凡な生き物によって、この現象が引き起こされているのだと考えたのです。数十年に及ぶ実験と観察の後、ダーウィンは「The Formation of Vegetable Mould through the Action of Worms(ミミズの働きによる腐植土の形成)」という本を晩年(1881年)に出版しました。これは彼にとって最後の本となりましたが、ミミズの生態学的研究にとっては出発点となり、非力な生き物と見なされていたミミズは、生態系を支える生き物へと格上げされたのです。

そして現代に至ってもなお、ミミズの魅力は一部の研究者を虜にします。
先月、世界でトップジャーナルと見なされる科学誌のScienceに、ミミズに関する大規模な研究が掲載されました。ちょっと気持ちの悪いミミズの写真が表紙を飾り、ミミズの研究の最前線を世界中にアピールしました。

ということで、農業というよりは生態系の話になりますが、今回は、このミミズの研究について紹介したいと思います。

● ミミズの働き

研究を紹介する前に、なぜミミズの研究が必要であるかを理解するために、その生態系の中での働きについて少し触れてみます。ここでは、ミミズによる生態系機能を大きく3つの働きに分けて説明します(あくまで僕の分け方なので、”私が読んだのと違うぞ”みたいな場合はご了承ください)。

(1) 有機物の分解の促進
ミミズは、落ち葉などの有機物を土の粒子と一緒に食べ、団子状のウンチを出します。この過程で、有機物は細かく粉砕されて表面積が増えることで微生物にとって分解しやすい状態になります。さらに、ミミズの腸内や体表から分泌される酵素・粘液によっても、微生物の働きは活性化させられ、有機物の分解が促進されると考えられています。微生物の酵素によって分解された有機物からは、最終的に無機態の窒素や可給態のリン酸といった植物の栄養素が放出されます。ミミズの種類によっては、土の表面にウンチを排泄して糞塚と呼ばれるウンチの塊を巣穴の入り口に作ります。土壌表層の有機物を”ウンチ”に変えることで、まさにダーウィンが目撃したように、”土”を作り出していると言えます。

(2) 透水性と保水性の向上
土の中で生活するタイプのミミズは、土の中を移動する際に”坑道”と称される穴を形成します。さらに、土の中にある有機物と小さな土壌の粒子を食べウンチをすることで、「土壌団粒(Soil Aggregate)」と呼ばれる土の塊を作り出します。この坑道と団粒の形成によって、土の中は色んなサイズの隙間が豊富にある状態になります。このような土では、雨が降った時に、水がよく沁み込んで土の表面を流れる水が減ることで、”土壌浸食”と呼ばれる土の流亡の問題が軽減されます。また、団粒によってできた小さな空隙にはよく水が保持され、植物が利用できる水を増やします。そのため、透水性と保水性という一見相反するような性質を同時に持った良質な土が形成されることになります。

(3) 炭素隔離
ミミズの活動は有機物の分解を促進します。しかし一方で、有機物を土の中に蓄える働きを持つと考えられています。この逆説的な現象のヒントは、先の”団粒”の形成にあります。団粒の表面では、(1)で言ったように微生物の働きが活発になって有機物が盛んに分解されます。一方、団粒内部では、嫌気的(酸素に乏しい)環境になり微生物の働きが抑えられるとともに、有機物が粘土鉱物と結合して安定的な状態になるため、分解速度は非常にゆっくりになります。こうして、有機物中の炭素が土壌中に滞留することを、土壌への「炭素隔離(Carbon Sequestration)」と言います。
 有機物が分解される過程で炭素はCO2として大気に放出されます。現在進行中の気候変動に関して、以前はミミズの存在がCO2の排出量を増やすと考えられていました。しかし、2013年の研究では、長期的に見た時に、炭素隔離が有機物分解によるCO2放出量を上回ることにより、ミミズの存在が気候変動に対して抑制的に働くと結論づけられました。

以上3つのように、ミミズは土という生態系の中で、多様な働きをしていると考えられています。ミミズの種類や棲息している環境によってその機能の程度が様々ではあるものの、その重要性から多くの研究が行われてきたことは事実です。

● ミミズの多様性分布

(1) 研究の背景

前置きが長くなりましたが、今回紹介する研究に話を戻します。一言で言うならば、ミミズの多様性の分布に関するグローバルな研究です。生物多様性という言葉は、”遺伝子の多様性”と”種の多様性”と”生態系の多様性”の3つのスケールで考えることができますが、今回は種の多様性、つまりどれだけ沢山の種類のミミズがいるか、ということついて考えています。地上の生物多様性については多くの知見があり、緯度で考えると、一般に低緯度地域ほど多様性が高いことが知られています。熱帯のジャングルとアラスカの大森林を想像してみると、熱帯の方が植物や動物の種類が豊富というのは、イメージとしても納得しやすいのではないかなと思います。しかし、土の中の生き物、特にミミズなどの土壌動物と呼ばれる生き物たちの多様性分布についてはあまりわかっていませんでした。つまり、地球上のどの地域でミミズの多様性が高いのか、という疑問を解き明かすための研究が必要とされていました。また、ミミズの多様性を左右する要因としては、土壌のpHや有機物量(土性)、気温や降水量(気候)、土地被覆などが考えられていましたが、どれが重要な要因なのかというのが分かっていなかったことも研究の背景にありました。

(2) 研究の方法

この研究では、世界規模でのミミズの多様性分布を調べるため、世界の各地で行われたミミズ研究を統合して解析しました。180の研究データから、世界57ヶ国、6928ヶ所に及ぶ、ミミズ研究としては最大規模のデータセットを作り出しました。下の画像は、実際の論文の著者欄のスクリーンショットですが、いかに沢山の研究者がこの研究に関わっているかが分かります。ちなみに、福島大学の金子信博先生や、高知大学の塚本次郎先生、九州大学の菱拓雄先生といった日本の先生も名を連ねていますね。

データ分析に関しての詳しい話は難しいので省略しますが、世界各地の研究データから、ミミズの種多様性、個体数、バイオマス(総重量)の3つの指標のデータを抽出しました。そして、各調査地の土性や気候、土地被覆に関する12の要因を変数として、それぞれの指標の回帰モデルを作り、どの要因の重要性が高いのかを分析しました。

(3) 結果と考察

低緯度ほど多様性が高いという地上の多様性分布に反して、ミミズの多様性は低緯度よりも中緯度で高いという結果が得られました。下の図Bは、ミミズの種多様性分布の結果を示した図です。明るい色は種数が多く、暗い色は種数が少ないことを示しています。これを見ると、熱帯や亜熱帯地域(ブラジルやアフリカ、インド、東南アジアなど)で種数が少ないことが分かります。一方、種数が多い場所は、ヨーロッパ〜チェルノーゼム一帯、ロシア南東部、カナダ、オーストラリア南部、南米南部など中緯度温帯地域を中心に広がっています。

下の図Cは単位面積当たりの個体数の分布を表したマップです。多様性と多少傾向は変わるものの、ヨーロッパ〜チェルノーゼムやカナダ、ロシア南西部、南米南部などは、多様性と同様に明るい色で示されおり、個体数が多いことがわかります。東南アジアは多くなっているものの、ブラジルやアフリカ、インドなどでは個体数が低い結果が得られました。

下の図Dは単位面積当たりのバイオマスを表した図です。中緯度地域でバイオマスが高いことが見て取れます。

(やや複雑な話になりますが)、この研究での種多様性は、”ローカル”な多様性、つまり各調査地で同時に何種類のミミズがいるかを指していて、その地域全体での種数(”リージョナル”な多様性)とは別物であることに注意が必要です。例えば、本州と北海道にある二つの調査地で、それぞれ1種類ずつ異なる種類のミミズが採れた場合、日本地域全体としては2種類のミミズがいることになりますが、同じ場所に同時に2種類が存在するわけではないので、ここでの多様性は1になります。

 このことを踏まえて下の図を見てみてください。この図は、横軸に緯度を取っていくつかの緯度グループに分け、縦軸にその地域固有の種が何種類いるかを示した図です。これを見ると、赤道付近の熱帯・亜熱帯地域で地域の固有種が多いことが分かります。つまり(緯度のスパンの違いを考慮したとしても)低緯度地域ではローカルな多様性は低いのに対して、地域全体の多様性としては高い、ということをこの結果から研究者らは指摘しています。逆に、中緯度地域では、ローカルな多様性は高いが、リージョナルな多様性は低いという結果が導けます。これを説明する一つの仮説として、氷河期の氷河被覆が関係していることを研究者らは指摘します。中緯度地域では氷河期に大陸が氷河で覆われたことで、ミミズの移動・分散が促進され、広い地域に同一種が見られるようになった、という仮説です。一方、低緯度地域は氷河を経験しなかったため、ミミズの分散が起こらず、それぞれの地域で独自の種が残ったということです。(…興味深い仮説ではないでしょうか)

では、最後に、何がミミズのこうした多様性や個体数などの違いをもたらしているのでしょうか。下の図は、6個(土地被覆・標高・土壌・降水量・気温・保水性)にカテゴリーされたそれぞれの要因が、3つの指標(種多様性・個体数・バイオマス)に与える影響の大きさを、円の大きさで表した図です。これを見ると、降水量(Precipitation)が3つの指標すべてに関して重要度が高いことが分かります。他に、温度や保水性(Water Retention)も個体数に関しては重要性が高くなっていますが、研究者らの予想に反して、土壌の性質(土壌のpHや有機物量)は、いずれの指標でも重要度は低いという結果が得られました。土壌の重要度が低かった原因は、研究の規模に起因すると研究者は考えています。何れにしても、降水量や気温などの気候条件がミミズの多様性に大きな影響を与えていることがわかりました。

降水量や気温などの気候要因がミミズの多様性などに大きな影響を及ぼすという結果は、現行の気候変動がミミズの多様性とそれによって生じる生態系機能に影響を及ぼす可能性を示唆しています。現在、気候変動や森林伐採などの人間の活動による生物多様性への影響は、世界中で注目が集まり、多様性の高い熱帯などの地域で盛んな保全活動が行われています。しかし、研究者らはミミズなどの土壌動物も、生態系機能に多大な影響を与えており、それらの機能を過小に評価してはいけないと警戒しています。多様性の高い地域を割り出し保全活動を行う場合には、地上とは異なる分布を示す土の中の多様性についても考慮することが、今後求められていると研究者らは考えます。

● 読んでみた感想

この論文を見つけた時、すごくびっくりしました。というのも、8月に受けた大学院の試験で「ミミズの多様性が低緯度より中緯度の土壌で高くなる理由と、それを実証する実験の方法を考えて記述してください」という問題を解いていたから。僕は土壌有機物量の違いが影響していると思って解答したのですが、今回の研究結果的には雨の影響が大きいようですね…笑

ミミズの多様性なんて世界中で調べてなんのためになるのかと思うかもしれませんが、それだけ生態系の中でのミミズの存在感が大きいことは事実です。これだけの数の研究者が研究を行なっているというだけで驚くべきことじゃないでしょうか。

ミミズの生態系機能の多様性から、ミミズと地球温暖化の関係、ミミズと農業生産との関係など、ミミズの話題は尽きませんので、また別の機会で紹介させてもらえたらと思います。


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