【観劇メモ】月組公演『FULL SWING!』を観る

 先に書いた『今夜ロマンス劇場で』の記事につづき、同じ日に観たショー『Full Swing!』(三木章雄作・演出)について記したい。三木先生の作品を大劇場で観劇するのは初めてだと思う(近年では早霧せいな・咲妃みゆのお披露目公演を手がけているが、私は録画でしか観ていない)。ベテラン作家による作品であり、やや食傷気味というファンもいるかもしれない。私も一度みただけではピンとこない場面もあった。しかし、3回の観劇を経て、見れば見るほど味わいが増す、独特の魅力をもったショーであることがわかってきた。

 幕が上がると、黒い背景に真っ赤に光る円が浮かび上がる(この円は月を表しているらしく、ショーのモチーフとして色を変えながら何度も登場する)。その中央にゴールドのトレンチコートにソフト帽の出で立ちの月城がせり上がり、ラテン風の音楽にのって情熱的に歌い踊る。傍からシルバーの同様の衣装を着た鳳月杏、暁千星、風間柚乃も登場する。インパクトのある幕開けだ。

 主題歌「Full Swing!」による群舞につづき、ジャズのスタンダード・ナンバー『Begin the Beguine』が月城によって歌われる。月城はこのようなクラシカルなポップスがよく似合う。ここで初めてトップ娘役の海乃美月が登場する。月城のジャケットとお揃いのスパンコールが散りばめられたシルバーのドレスを着ている。丈は短めだけれど大人っぽい印象を受ける。
 再び主題歌で盛り上がった後、二人のデュエットが付く。お芝居では”触れられない”という設定があったが、ショーでは気兼ねなく触れあっていて、今までのもどかしさが解消される気がする。

 つづいて、暁が中心の「NoRain, No Rainbow」の場面。クラシカルな雰囲気から一転、歪んだギターの音が鳴り響くハードロック調の音楽にのせて、男たちが激しく踊る。雨乞いの儀式のようだ。途中、女神(天紫珠李)が登場し、男たちの間をすーっと通り抜ける。ありちゃん演じるリーダー?の男が女神に触れると、雷鳴が轟く。雨が降り、虹が出る。男たちは再び激しく踊り、最後はありちゃんを頭の位置に据えた龍の形になる。
 天紫演じる女神の衣装が煌びやかで、目が持っていかれる。一瞬しか登場しないのでもったいないと思うくらいだ。最後の龍の形は、3回目の観劇で二階席からみて初めて認識できた。プログラムには、龍神に変身するとあるが、席によっては分からないこともあるのではないだろうか。

 つづいて、鳳月中心の「Just a Gigolo」。人気絶頂のジゴロが過去を振り返る。コミカルでありながら、ちょっと切ない場面である。ちなつさんの長い手足を活かしたステップが見どころか。恥ずかしながらジゴロという概念がよくわかっていない。今でいうところのホストのようなものだろうか? この場面だけをみると、テレビか映画の人気スターのようである。ついつい『ロマンス劇場』の俊藤龍之介を思い出してしまう。

 この後の「La café〜ジャンゴに捧ぐ〜」は、今回のショーで多用される芝居仕立てのシーンの一つである。銃をもった軍服姿の男(月城)が上手側に現れる。岩陰の蝶に手を伸ばすと、背後に銃声が聞こえる。男は戦地からの帰還兵と思われるが、未だ戦場の記憶に囚われているようだ。パリのカフェに到着すると、恋人(海乃)をはじめ、仲間たちが暖かく迎え入れてくれる。みなと踊り戯れる男。しかし、途中で頭上に蝶が現れると再び手を伸ばす。それを恋人の女が引き留める。最後は、二人の熱烈な抱擁で締めくくられる。

 この場面も何度かみてようやく納得するに至った。戦地に赴き、壮絶な経験をした兵士と、メディアを通じた見聞でしかその様子を知らないそれ以外の人々。両者の間には、絶対的な隔たり(=理解しあえなさ)がある。主人公の男には見えるがほかの人々には見えない蝶が、その隔たりを象徴している。死の世界に囚われたまま戻ってこられない悲劇も予感させるが、今回は恋人の愛によって男は救われる。

 舞台は一転、ニューヨークに飛ぶ。照明が当たると銀橋に生徒たちが居並ぶ。風間、暁、鳳月と歌い継いでいく。みな充実した歌唱で聞かせてくれる。なかでもありちゃんの歌声が伸びやかで印象に残る。
 最後に”フランク・シナトラ”こと月城かなとがソフト帽にスーツ姿で登場する。ここでの帽子の被り方が完璧である。目が見えるか見えないかのぎりぎりの線を攻めていて、帽子のツバの角度まで計算され尽くされているように感じる。個人的には元雪組トップスター・早霧せいなの面影を感じる。なお、ここで歌われる「マイ・ウェイ」は、原曲は概ねシナトラ自身の過去を振り返る内容であったと思うが、今回はトップスターとしての月城の門出を祝福する内容に変えられている。
 
 つづいて「ミッドナイトイン巴里」の場面。ギャングの抗争を描いているようだ。月城演じるストライプスーツの男は、売人(佳城葵)からダイヤを受け取るが、寄りそってきた一人の女(海乃)に裏切られ、ダイヤを奪われる。
 冒頭の、白地に黒のストライプのスーツを着た月城のタバコを吸う姿がなんともカッコいい。このストライプスーツ、ゆったりした幅広のつくりで、先の星組公演の「ハードボイルド」(同じく羽山紀代美の振り付けである)の衣装と似ているけれど少し違う。衣装のゆとりが大人の余裕を感じさせる。対する海乃も、煌びやかなドレスを着こなし、男を誘惑し、そして裏切る女を色気たっぷりに演じている。
 女に裏切られた後、ジャケットを振り乱して悔しがり、諦めの表情で背を向けて去っていく月城の演技がまたよい。結局、この場面全体が、この去り際の月城の姿をみせるために用意されていたのではないだろうか。

 暗転の後、黄色い衣装を着たスターたちが月にちなんだ名曲を歌い継ぐ。黒の背景に黄色く光る円が浮かび上がる。黄色い輪っかは満月を表していると思うが、中心に黄色いスーツ姿のありちゃん(暁)が登場すると”猫の目”にも見えてくる(これも二階席からみて初めて認識した)。
 実際この後、黒猫風の衣装を着た生徒らが現れ、ありちゃんと絡む。黒猫たちが勢揃いしラインダンスになる。尻尾をくるくる回す振りが可愛らしい。この黒猫の衣装が地味だという評判を耳にする。たしかに、黒い背景に黒い衣装ではあまり見栄えしないかもしれない。私が見た限りではベルベット風の光沢感があって、これまであまり見たことのない風合いだったので、これも一つの挑戦なのかなと思う。

 つづくフィナーレからパレードに至る流れが最高である。青く光る円が降りてきて大階段の前に据えられる。その中心に変わり燕尾姿の月城が現れる。両サイドから、ラテン風の音楽にのせて、娘役たちが赤いフレアのスカートを激しく揺らしながら現れ、月城を取り囲む。階段を降りた月城は、光る輪っかを”ぴょこん”と飛び越え舞台中央へ。娘役たちと踊っている間に男役の面々が階段を降りてきて、月城を中心とした男役群舞へと移る。音楽もラテン風のものからずっと現代的でリズミカルな雰囲気のものに変わる(音楽は斎藤恒芳)。羽山紀代美のクールでパワフルな振りとあいまって、見ているこちら側もノリノリになってしまう。
 羽山先生の振り付けは、オーソドックスな型の中にいつもユニークな趣向を加えていて、毎回楽しみにしている。今回の群舞では、体全体と腕を大きく使い、ゆっくりと楕円?を描くような振りが、グルーヴ感を引き出していてとてもよかった。

 パレードは、珍しくエトワールが3人いる。風間を中心に、白河りり、きよら羽龍が脇を固める(残念ながらきよらは途中から怪我で休演となった)。3人の豪勢な歌声が、ショーの終わりを告げる。さみしいが贅沢である。

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 今回のショーを通じて、”ショースター”としての月城かなとの魅力にあらためて気づかされた。月城はお芝居に定評があり、今回のショーでも芝居仕立ての場面でその力を存分に発揮していた。が、決してそれだけではないと思う。冒頭のラテンナンバーの力強い歌声を聴くと、歌唱にも強みがあることがわかる。月組には他にも歌に秀でたスターが多く、あまり目立たないかもしれない。しかし、『Begin the Beguine』のようなクラシカルな楽曲を、こんな風にしっとりと聞かせてくれるスターは、近年では稀ではないだろうか。
 また、フィナーレの男役群舞における姿も忘れがたい。腕立て伏せのように床に伏せるような振りがある。毎回ではないかもしれないが、立ち上がりぎわにゆっくりとウィンクする。正面からみていれば、完全にやられてしまっていただろう。

 今回のショー、背景の舞台装置もクラシカルな作りで、プロジェクションもまったく使われていない。セットもほとんどは昔ながらの電球で装飾されている。ただ、ショーのモチーフとしていくつもの場面に現れる丸い輪っかだけが、何色にも変わるLED照明で彩られている。シンプルでよくできた舞台装置である。それだけに、演じる生徒たちのパフォーマンスの力が問われる。月組生たちは十分にそれに答えていたと思う。本当に素晴らしいショーであった。

 


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