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うさつむりちゃんといっしょ-邂逅(前編)

しずかな しずかな はるの よるです。
もりの ちいさな はらっぱの こかげで、
うさつむりちゃんはふと めをさましました。
あたたかな よかぜが ふうわりと、
やわらかく みみを くすぐります。
すぐちかくから ホー、ホー、と、
ふくろうの こえが きこえてきました。
うさつむりちゃんは こわくなって、
くびをすくめて からにもぐりました。
こんなときは おもいだせばいいのです。 
やさしい おかあさんの えがおを。
そして おだやかな うたごえを。
でも、なんだかきょうは うまくいきません。
うさつむりちゃんは からのなかを てらす、
あかるい つきのひかりを みつめました。
そして、あのよるを おもいだすのです。



それにしても実に美しく長閑な昼下がりだ、春の太陽はこの自分にも潤沢に平等にご親切にも降り注ぐ。風も雨も真夏の光も確かにある意味同じだが、耐え凌ぐ居心地の良い場所が自分などに有る訳もない。自らの進みが生み出す風を浴び、滑る躰を陽射しに反射させながら、かたぎは人参畑の農場へと力強く向かっていた。小川の潺が聞こえてくる、もう間もなくだ。飢えた腹が捻じ切れるような空腹感を訴えてくる。滴る涎が粘つきを増し撒き散らかされ風で後ろに流れて行くのが分かる。ああ、いい気分だ。小川に架かる橋を越えるのもまだるっこしく、勢い一跳びに渡ろうとしたその瞬間、

うさつむりちゃんは、ふりむきました。
はるの たのしい にんじんばたけ。
なかまの うさぎたちと やってきて、
のうかの やさしい おじさんに、
ひときわおいしそうな にんじんを
わけてもらった そのときです!
あたりがきゅうに くらくなり、
つめたいかぜが ふいてきました。
そらをみあげた おはなに ぽつりと、
あめのこつぶが おちました。
「たいへんだ!あらしが くるよ!」
「かえらなくっちゃ!」
「かえろう かえろう!!」
みんなあわてて にんじんを もち、
ぴょんぴょんともとののはらに むかいます。
うさつむりちゃんも よいしょ!よいしょ!と
いっしょうけんめい むかいます。
おがわにかかる はしに きたとき、
はげしいかぜが ふきました。
しっかりだいた にんじんの おもみで、
ああ なんということでしょう!
うさつむりちゃんは かぜにあおられて
くるくる とんでしまいました。
そしてなんと おがわに ぽちゃり!と 
おっこちてしまったのです。

うさつむりちゃん溺れる


激しく増水した川をも悠々と泳ぎ、適当な岸辺を見つけて躰をくねらせ這い上がる。ここらで軽く飯にしようと人参を濡れた地面に転がすと、微かにかしゃりと音がした。見るとちっぽけな蝸牛の殻だ。人参にひっついて一緒に流されてきたのだろう、角で突くと細かに震える。チッ、生きてやがる。腹の足しにはなるだろうが未だ命の有るものを殺して食うまで落ちぶれちゃいない。蝸牛が付いた人参を咥え直して手近な水車小屋に這い擦り寄って忍び込む。なあに、死ぬまで待てばいいのだ。



きがつくと あたりは まっくらでした。
きっともういまは まよなか なのでしょう。
からだのあちこちが、ずきずきといたみます。
そうだ、さっき かわに おっこちて……
そのあとのことはよく おぼえて いません。
まっくらくらあい やみのなか。
でも めをしっかり こらしてみると、
あっ だれかが いる けはい!
きっとこのひとが たすけて くれたんだ!
うさつむりちゃんは いきをすいこみ、
ねつでくるしい のどのおくから
いっしょうけんめい こえをだしました。
「…こんばんは、うさつむりちゃんです…!」


かたぎは度肝を抜かれてつい物音を立ててしまった。決して誰も知らない筈の幼い頃の空想の、理想の生き物の名前が不意に耳に飛び込んできたからだ。兎牛。それは小さく愛らしく、白く柔い兎の上半身と自分だけの城たる殻を持つ、神に世界に祝福されし素晴らしい生き物の名なのだ。いいや今のは夢か嘘かだ、さもなければ幻聴だ、そんな事があっていい訳がない。激しい動悸を泳ぐ視線を荒れる呼吸を押し殺す。これは、決して、現実では、ない。そう願いながら、あの小さく弱弱しい声がした闇の中へと恐る恐る目を凝らす。
しかし、目が、合ってしまった。

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おそろしいふくろうの なく こえが、
ふきあれる あらしとともに きこえます。
でもここは あんぜんな こやの なか。
うさつむりちゃんは うとうとしていました。
とってもいいゆめを みて いたのです。

―――うさつむりちゃん、ぐあいはどう?
ほら すりおろした にんじんよ、
これなら たべられるでしょう……―――

ねつをだしたとき おかあさんはいつも
やさしく かんびょうをして くれました。
そして だいすきな にんじんを、
おさじで たべさせて くれました。
ああ また あのにんじんが たべたいな…
つかれと ねつで もうろうとして、
あたりがよくは みえません。
でも、だれかが そばにいてくれているのは、
しっかり かんじられました。
おかあさんかな?ちがうよね、
でも あめからも かぜからも 
ふくろうからも まもってくれる、
まるで おかあさん みたい……
うさつむりちゃんは なみだぐみながら、
とろとろと やさしい ゆめのなかに
ふたたびおちて いきました。


それから どれくらい たったでしょう。
あさのひかりのなか、みんなのこえがします。
「うさつむりちゃん、しっかりして!」
「うずまきのからに ひびが はいってる!」
あわてて あたりを みまわしましたが、
そこには もうだれも いませんでした。



まよなかの のはらのにおいに つつまれて、
うさつむりちゃんは ためいきをつきました。
あのとき ひびわれた うずまきのからは、
まいにち すこーしずつ よくなっています。
おもいうかべる おかあさんの まなざしに、
あのひとのおもかげが よみがえります。
くらくてかおもよく みえなかったけれど、
きっと やさしく してくれた ひと。
あのひとはいま どうしてるかな?
げんきに してると いいな。
そして また あえると いいな……

うさつむりちゃん野原で寝る


くものあいだから つきのひかりが 
のはらを やさしく てらしだします。
うさつむりちゃんは ねむりに つきました。
はるの くさばなたちが こころやさしく、
あたりいちめんに ゆれていました。





うさつむりちゃんといっしょ-邂逅- 後編
うさつむりちゃんといっしょ(第一回)


さく・え @kiris_kirimura うさぎとかたつむりのことが好き。 

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