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ネット投稿者の本人訴訟の真実とデマとリスク

*参考記事1:ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)
*参考記事2:【発信者側】発信者情報開示請求に対して非開示にできた事例

最近、ネット上の投稿が原因で訴えられた、という相談をよく受けています。その中には、自分で弁護士を付けないで裁判(本人訴訟)をしたい、という相談もあります。
私は本人訴訟は決して勧めませんが、やむを得ないケースもあること等から、必要なアドバイスはしています(書面の書き方とか法廷での振る舞い等)。
ただ、話を聞くと、原告を喜ばせるだけのような対応をしようとする、詳しく聞くと、ネットで教えてもらった、つまりインターネットで適当なデマを吹き込まれて信じ込んでしまっているケースが多々あります。
そこで、ここでは、ネット上の表現トラブル(ネット上の投稿)を原因として訴えられた場合における、本人訴訟のデマ等について解説します。なお、ほとんど、参考記事1でも触れている問題でもあります。

1.「慰謝料は判例で決まる」はデマ

慰謝料は判例で決まるから、どんなに反論してもしなくても関係ない、だから本人訴訟でOKだと、そう思いたいようですが、お粗末なデマです。

そもそも、慰謝料とはなにか、法律上は、不法行為に基づく損害賠償請求(権)です。
不法行為に基づく損害賠償請求権はどう決まるのか。これは、行為と因果関係のある損害により決まります。そうです。あくまで損害で決まります。ですから、他人の家に石を投げ込んだ、というケースの場合、ガラスを割っただけなら数万円でしょうが、中にいる人に大けがとなれば、数十万円、更に後遺症や死亡となれば、数百万円から数千万円となります。

ネット上の投稿は、表現だけでも無数の組み合わせがあります。しかも、それによる損害がどの程度になるか、それは、投稿された人の属性、投稿場所、回数など、様々な事情が組み合わさります。どれとして同じものは一つとありません。

ですから、判例というもので定めることができません。同じものがない以上、基準を立てられないからです。
もちろん、過去の判決等から、傾向はあります。ただ、それぞれの裁判官が独自に判断しています。ですから、当事者としては、自分にとって説得的な裁判例を提示していくことで、裁判所の判断を誘導するわけです

判例で決まるから大丈夫、というのは、そんな都合のいい判例はありませんし、その影響があるとすれば、裁判所は勝手にこっちにとって有利な裁判例を調べてくれませんから、なおのこといわれっぱなしで不利です。
そもそも、よほど重要なものではない限り、地裁高裁の裁判例を裁判所が、勝手に調べてくれて、それで判決してくれることはほぼありません。

ネット上の法律デマにはよくるのですが、「判例」とか法律用語(っぽい)ものが並んでいると、もっともらしくて信じてしまいます
ですが、これは、インチキ医療情報、詐欺的な情報商材や投資話と同じです。もっともらしい単語に騙されてはいけません。

このデマは、不法行為の基本中の基本、初歩の初歩であり、相談どころか、3分でもいいので、書籍の該当箇所を読めば分かることです。それすら看過しているというのは、相当に信用性が低いといえるでしょう。

なお、確かに賠償額が先例によって決まるケースもあります。ただ、それは、交通事故等による負傷のケースです。つまり、同じ損害(入通院とか)について賠償基準が定まっている、ということです。
結果(損害)が同じであれば基準を立てることもできるでしょう。しかし、ネット上の投稿は、同じ行為(言葉)はあっても、同じ結果は想定できません。「判例で決まる」というのは、そもそも、その「判例」が存在し得ず、その時点でデマだと判断できるということです。

2.「過去に○○円で済んだ!ネットだけではなくて本にも同じようなことが書いてあった!だから大丈夫!」はデマ

そもそも、法律専門書に掲載されているような案件は、基本的に原告にも被告にも弁護士がついて、徹底的に争い、それで裁判所が判断を下したものです。
だからこそ、掲載する価値があり、掲載されているのです。

ですから、本人訴訟で同じような結果になると信じ込むのは、そもそも前提が異なります。
医学書に「初期の癌が完治した」と書いてあったとして、それを読んで、「ほらほら!簡単に治るんだ!じゃあ、病院にも行かずに手術もしないで大丈夫!」などと信じ込むようなものです。

もし、このデマが真実であるというのであれば、欠席判決で数百万円の賠償が認められた判決を引き合いに、「ネットの投稿は1つでも数百万円が当たり前!」という話も真実だということになります。ひっくり返して考えてみれば、すぐにボロが出るレベルのデマです。

3.裁判所は公平に判断してくれるから、本人訴訟で大丈夫!というデマ

公平に判断してくれるからこそ、本人訴訟にはリスクがあります。

民事訴訟のルールは、民事訴訟法で決まっています。そこの基本的なルールは、徹底的な自己責任です。

具体的には、裁判所は、当事者が主張立証していない事実は、勝手に裁判の前提とすることはできません。なぜなら、裁判所が介入して、主張していない事実を取り上げるのは、不公平だからです。

厳密には、上記の原則は、直接法律関係に影響を与える事実に限定されますが、実務上は、広く、法的な争点についても援用されています。

裁判所は公平に判断する、だからこそ、当事者の主張に基づくわけで、それが不十分になる本人訴訟では、明らかに大丈夫ではありません

ボクシングの試合だけれども、レフェリーは公平に判断してくれるから、相手がプロでも大丈夫!」というくらい、むちゃくちゃな話です。

4.「示談(和解)は不利!」というデマ

和解(示談、合意による解決のこと)に不利も有利もありません。有利な和解も、不利な和解もあるということです。これは、「ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)」Q13、Q18でも、触れています。

有利か不利かは、内容次第で決まります。そして、私の経験上も、裁判になって0円で済ませられることは稀ですが、その前、つまり和解のための交渉での解決であれば、0円で解決できたケースはいくつもあります

ケースによっては、裁判の方が不利なこと「も」あるということです。もちろん、その逆もまたあります。

5.「内容証明郵便での請求には『裁判判決に従います』とだけ返事すれば大丈夫!」というデマ

一時期から、こういう対応が増えてきました

和解で低額に済ませるチャンスを逃すだけではなく、もっといえば、これ自体、裁判で不利になる可能性のある振る舞いです。

さすがに具体的に述べると差し支えがあるので、あえて明記しませんが、こういう返事をすると、上記のチャンスを逃すだけではなくて、請求者としては、とある争点について有利な証拠に使うことができ、かつ、とある有利な見通しを立てることができますので、かえって相手のためになる、ということです。

こういう言い方は少し過激かもしれませんが、率直に言うと、「裁判判決に従います」みたいな返事が本人から来た場合、その紙は有利な証拠になり、その後もいろいろと有利な話が期待できるので、請求する側からすると、「やったー!」という気分になります。

6.裁判例を見るとわかること

裁判と賠償額は判例で決まる、公平に決まる、だから、誰がやっても、本人訴訟でも同じ、ということがデマだということは、以上を読めば、分かるとは思います。

では、実際の裁判例はどうであるか、すこし触れてみたいと思います。

ある女性について、顔写真や住所、氏名つきで、風俗嬢である、大勢と性的関係を結んでいる、という投稿を10回以上繰り返したケースがありました。
このケースでは、慰謝料は30万円、弁護士費用で9万円、合計39万円の賠償が命じられました。

一方で、ある女性に対して、氏名を摘示して、性的な悪口を1回投稿したケースがありました。このケースでは、慰謝料は30万円、弁護士費用は80万円、合計110万円の賠償が命じられました。

また、他に、ある女性について、ぶさいく、ブスなど、悪口を数回投稿した事案では、慰謝料は20万円、弁護士費用は90万円、合計110万円の賠償が命じられました。

悪口の程度でいえば、①が一番強度です。回数も圧倒的に多く、なおかつ、プライバシー侵害の程度も大きく、今後の社会生活に悪影響が生じる可能性も、裁判所は認めています。それにもかかわらず、1件当たりに直せば慰謝料は1万円ちょっと弁護士費用も慰謝料全体の30%相当しか認めていません。

一方で、②は、悪質性は、①より低いと思われ、かつ、回数も少ないにもかかわらず、慰謝料は同額であり、しかも慰謝料の250%を超える弁護士費用の負担が命じられています。

③は、回数はあるとはいえ、①には劣りますし、容姿を揶揄するもので、悪いものではありますが、悪質性は、①より明らかに低いです。それにも関わらず、慰謝料は20万円であり、しかも弁護士費用は90万円と慰謝料の450%に相当する金額が認められています。

以上、いずれも、被告は原告の請求を争っています。それにもかかわらず、違いが出たのはどの点でしょうか。それは、①は被告に弁護士がついており、②と③には、被告に弁護士がついていない、本人訴訟となっています。

もちろん、必ずしも被告本人訴訟で高額になると決まっているわけではありません。ですが、見渡したところ、上記のような傾向があり、同じような裁判例は他にも複数あります。

まさに、「判例にしたがって」ということであれば、本人訴訟には、高額賠償のリスクが相当程度ある、ということがいえます。

7.本人訴訟を勧める心理

これは、ネット上の表現トラブルに限ったことではないのですが、ごく主観的な考え、私の経験からいうと、やたら他人に本人訴訟を勧める人は、自分でもやっている、それで不安なので仲間が欲しくて勧める、というケースが多いように思えます。

訴訟というのは不安なものです。弁護士ですら、自分の事件は他の弁護士に依頼することが珍しくありません。

強い不安感から、仲間、もっといえば道連れが欲しくて勧めているのかもしれません。

8.「本人訴訟は避けるべきというのは、弁護士の金目当ての陰謀だ!!」という話

これは法律問題に限ったことではありません。

医療の世界でも、例えば予防接種、ワクチンは製薬会社の陰謀であるとか、ある病気は放置することが正しく、その治療を勧めるのは、悪徳医師の陰謀だとか、そういう話があります。

陰謀論にはまるのではなく、よく上記を読む、実際に専門家に相談をして、自分のことは決めるべきことであり、ネットで検索して出てくる陰謀論に運命を委ねるべきでありません

9.まとめ

裁判は判例にしたがって決まるといったところで、ネット上の表現トラブルについては少なくとも賠償金については、明確に従うべき判例がないということ、参考になるものはお互いに裁判所に提示する必要があること、そして、裁判は公正に判断するからこそ本人訴訟がリスキーだということになります。

絶対に本人訴訟は駄目、するなとはいいません。そういうケースもあるでしょうし、そう言うためのアドバイスをしたこともあります。ですが、上記のネット上のデマにひっかかる、要するに「ネットde真実の法律情報に目覚めました」程度のリテラシーで、本人訴訟をすることは絶対に勧めません。

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