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発信者情報開示請求の弁護士費用は賠償請求できるか?

令和3年3月14日更新

はじめに

詳細なQ&Aは「ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)」も参照して下さい。

最近、よく法律相談で聞かれます。そして、10分15分そこらで説明できるような簡単な問題です。ですが、誤解をしている方も多く、その原因は、ネットで読んだ、というものも少なくありません。

説明としては、そんなに難しい話ではないです。そして、頻出の質問で、「『ネットde真実(ネットスラングの一種で、ネット上の不正確な情報を安易に信じたり、誤解をしてしまうこと)』の法律情報」を集めるのに貴重な時間を費やすのは勿体ないので、ここで、あえて詳しく、まとめて説明をすることにします。

基本概念:訴訟費用と弁護士費用

基本概念として、訴訟費用と弁護士費用との二つを把握しておく必要があります。

以下、それぞれ説明します。

訴訟費用とは?

訴訟費用とは法律上の用語で、裁判所に納める収入印紙代(訴える金額で決まります。)や、切手代(郵券といわれます。被告への送達等のために使われます。)、あと複雑なのですが、当事者や証人の出廷の日当や旅費をいいます。

弁護士に支払う弁護士報酬とは別の概念です。

訴訟費用の負担ルール:敗訴者負担の原則

法律上、敗訴者負担とされています。完全に原告が勝訴した場合は、「訴訟費用は、被告の負担とする。」というように、判決主文に記載されます。

もっとも、ネット上の表現トラブルで問題になる慰謝料は、全額が認められることはあまりありません。原告も被告も、お互いに一部勝訴・一部敗訴ということになります。

こういう場合は、それぞれの勝訴割合で決める、ということになっています。たとえば、300万円の慰謝料を請求して100万円が認められた場合は、「訴訟費用はこれを3分し、うち1を被告の、その余を原告の負担とする。」というようになります。300万円のうち200万円を削ったので、3分の2は被告の勝ち、残りは3分の1は原告の勝ちですので、訴訟費用の負担もその割合に従う、ということです。

弁護士費用とは?

弁護士費用とは、文字通り、弁護士に払う報酬、料金のことをいいます。なお、実費も含むこともあります。

弁護士費用の原則:各自負担

弁護士費用の負担は、各自がするのが原則です。勝訴しても敗訴しても、自分の弁護士費用は自分で全額支払い、それについては、相手に請求できない、というのが原則です。

日本の民訴法(民事訴訟法。民事裁判のルールを定めた法律)の建前として、弁護士を付けないで行う本人訴訟が認められている、だから、自分の便宜のために弁護士を付けたのだから、その費用は自分持ちにするべき、という考えがあるようです。

もっとも、現実問題として、相手に弁護士がついているのに、自分に弁護士を付けないのは、特段の事情がない限りは危険です。裁判官へのアンケート等の調査でも、本人訴訟で本来得られる権利を失い、負うべきでない義務を負担したケースがかなりある、ということも指摘されています(ネット上の表現トラブルでも、被告が弁護士を付けてちゃんと争った結果、顔写真、住所、性的な悪口10件以上でも40万円を切る賠償金というケースもあれば、被告本人訴訟だと悪口一言で100万オーバーというものがあったりします。)。

また、弁護士費用については、敗訴者負担とする制度が検討されたこともありました。ただ、そうすると、大企業相手に訴訟して敗訴した場合、膨大な弁護士費用について負担を命じられることになる、ということで、むしろ、訴訟制度の利用の支障になる、ということで導入が見送られた、ということもありました。

そういうことで、弁護士費用は、勝訴、敗訴、被害者、加害者の立場に関わりなく、各自負担というのが原則です。

弁護士費用負担の例外:不法行為の1割ルール

さて、以上で述べたとおり、弁護士費用は各自負担が原則です。

ですが、そうすると、不都合が生じることがあります。典型的なのが不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(本件で問題になっている、ネット上の表現トラブルを原因とする訴訟もこれに当たります。)です。

100万円の物を壊された場合、100万円の賠償金をもらっても、それで「トントン」です。弁護士費用の分だけ目減りすることになり、被害回復は達成できません

そこで、裁判例、実務上、賠償額の1割を弁護士費用名目で加算して賠償を認める、という扱いになっています。これは、不法行為つまり事件・事故の類いだけなのが原則であり、契約違反とか、貸金請求、売買契約をしたので代金を払えとか、そういう訴訟では適用がありません。

上記の例でいうと、100万円の物の代金+その1割の10万円、合計の110万円を請求する、ということになります。

そして、裁判所が、それに対して物の代金(価値)は70万円と判断した場合、70万円とその1割の7万円を認め、合計77万円の支払いを命じる、ということになります。

よく、報道などで1100万円を請求していた訴訟で、裁判所は330万円の支払いを命じました、などと11の倍数で報道されるのは、このせいです。つまり、本体の賠償金+1割の弁護士費用を請求するので11の倍数になる、というカラクリです。

なお、この弁護士費用として1割というのは、あくまで名目です。実際に100万円の裁判で、弁護士の総費用が10万円で足りるということは、あまりないでしょう。これは、弁護士費用の敗訴者負担というよりは、事件・事故では、1割相当額を弁護士費用名目でおまけしてもらえる、ということが正確でしょう。

まとめると、弁護士費用について、実際に払った金額は認められないが、本体の賠償額の1割を、弁護士費用という名目で認めて(加算して)もらえる、ということになります。

もっとも、発信者情報開示請求の弁護士費用には、更に例外がありえます。それが次の問題です。

発信者情報開示請求の弁護士費用:発信者負担になることも

ネット上の表現トラブル、つまり、ネット上に匿名で誹謗中傷等を投稿された場合、それへの責任追及には、投稿先の掲示板等(コンテンツプロバイダ)への発信者情報開示請求と、その情報を元にした接続につかったプロバイダ(経由プロバイダ)への発信者情報開示請求と2回の裁判が要求されることが通例です。

そして、たびたび指摘されているように、その負担は、決して軽いものではありません。

そもそも、投稿がなければ発信者情報開示請求をする必要は無かったはずです。ですから、交通事故に遭わなければ治療の必要も無かった、代車も必要なかった、だから、治療費や代車の費用を出せ、というのと同じく、発信者情報開示請求につかった弁護士費用も賠償金に加えるべきではないか、という議論はあります。

これについては、平成24年に東京高等裁判所が、開示費用の実費(弁護士費用)を認めた判決があり、リーディングケースとなりました。

発信者情報開示請求の弁護士費用は最近は認められにくい

上記の平成24年の判決以来、しばらくは、開示費用については発信者負担とする判決が相次ぎました。もっとも、弁護士費用は各自負担が原則であること、ネット上の表現トラブルに限らず、難しい事件は他にもあるのに、この事件だけ特別扱いするのも理論的に説明が難しい、という問題もありました。

そういうことで、最近は、認めないケースも多くなっています。また、認めるとしても、実際に50万円を使ったけれども、一切の事情を考慮して、裁量で10万円くらい認めるとか、そういうケースはあります。また、1割を弁護士費用名目で認めるという話をしましたが、これを2割、3割にして調整する、というものもあります。

要するに、そのまま費用全額が認められることは少なくなってきているが、開示費用の負担については、考慮される例が多い、ということになります。

(なお、発信者情報開示請求の弁護士費用の賠償が(とても)認められやすい類型、証拠関係もありますが、専門的な話ですので、ここでは割愛します。)

最近でも発信者情報開示請求の費用が認められることも

さて、実際の賠償請求訴訟では、もちろん、開示費用全額を請求することが通常です。請求しないと認められる可能性も0だからです。

一例を挙げると、投稿の慰謝料200万円、開示請求の弁護士費用66万円、そして、上記合計は266万円ですので、賠償請求訴訟(開示訴訟ではなくて)の弁護士費用名目として、1割の26万6000円を加算し、292万6000円を請求する、ということになります。

また、発信者情報開示請求の弁護士費用のほぼ全額が認められたケースが、最近でもあります投稿の慰謝料は20万円でしたが、開示請求費用85万円とで小計105万円、さらに、1割の賠償請求訴訟の弁護士費用名目で10万円を加算して、約115万円の支払いを命じたケースが平成31年にもあります。

なお、この事件は、被告が本人訴訟でしたが、よく、なぜかネットでは、「本人訴訟でも大丈夫!否認することが大事!」なんてデマがありますが、同事件は、ちゃんと被告本人は弁護士費用も含めて争う意思を裁判所が認定しており、その結果としての判決です。

「裁判官ガチャ」なんていう前に

結局はケースバイケース、はっきりと決まってはいない、ということで、これを「裁判官ガチャ」なんていうことがあります

もちろん、裁判所の判断次第であり、そういう点で裁判官次第、というところもあります。ですが、裁判官も100%自己のフィーリングで決めているわけではありません。いろいろな要素を考慮し、その中で、実費負担に傾く要素、それを否定する要素、それぞれを検討して、結論を導き出しています。ですから、運次第、裁判官次第と断定せず、上記の要素をよく考慮するべきです。

たとえば、交通事故において、一般に医師の指示のない整骨院への通院費用は、損害賠償として認められません。

ですが、これはあくまで一般論で、医師の指示なしでも賠償を認めた裁判例があります。この場合、「裁判官ガチャ」と断じるのではなくて、なぜ、そういう結論になったか、検討が必要です(ちゃんとした理由があります。)。

まとめ

以上、要するに、訴訟費用は印紙代などで弁護士費用とは別であるが敗訴の割合で負担であること、弁護士費用については、各自負担だが事件事故は弁護士費用名目で賠償額の1割を加算してくれること、発信者情報開示請求の弁護士費用は、以前は認められたが、最近は認められないケースも増えてきた、しかし、絶無ではないし、被告本人訴訟だと認められたケースも散見される、ということになります。

「『ネットde真実』の法律情報」に目覚める前に

弁護士費用は賠償の1割しか認められない、という話は、正しいと言えば正しいです。発信者情報開示請求の費用全部が認められるのは例外だからです。また、発信者情報開示請求の弁護士費用は認められる・られない、というのも、どちらもある意味では正しく、間違いとは言い切れません。

認められる、という見解も、裁判所は、やはり発信者情報開示請求の弁護士費用が高額なことについての問題意識はあり、賠償額の算定でも考慮され得ますので、100%間違いとも言いがたいのです。

更に、一般に弁護士費用は各自負担である、加算されない、との認識も間違いではないです。繰り返しになりますが、この分野固有の特殊な問題だからです。

ネット上で法律情報、それも自分自身のトラブルについて情報を集めると、個別の情報は正しくても、誤解に陥ったりすることはよくあることです。上記の誤解は、弁護士に相談すれば10分そこらで疑問は氷解することです。ネットで延々時間をかけて情報収集するのは時間が勿体ないともいえます。

自分の問題については、「『ネットde真実』の法律情報」に目覚めるよりは、ちゃんと、弁護士に個別に法律相談を依頼した方がいいでしょう。この問題は、正しい弁護士の回答を参考にしても誤解に陥ることはある、そういう誤解の好個の事例、サンプルなのではないか、と思いました。

なお、詳細なQ&Aは「ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)」にあります。

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