IUCN政策顧問による生物多様性情報開示の現状と今後に関する論考(2024, PLoS Biol)の解説メモ

この記事は、IUCNの政策顧問/保全生物学者のFrank Hawkins博士によるエッセイ論文の解説&勉強メモです。生物多様性側の人間としては、企業の生物多様性情報開示がどのように進む(べき)かという方向性がわかりやすく、一方で、私が企業の実務家の方から聞く現場の肌感覚ともかなり近い印象でした。IUCNの政策顧問というポジション・トークが多分に含まれていると思いますが、この分野はポジション込みで進んでいくものと思います。私はこの論文を読み、この分野の全体像がクリアになり、将来の方向性が明確になりました。

かなり意訳・省略しつつ、私の勉強メモが追加されています。論文自体は全文がオープンアクセスなので、興味のある方は以下の原文をご覧ください。

Hawkins, F. (2024). How will better data (and better use of data) enable us to save the planet?. PLoS biology, 22(6), e3002689.

はじめに


本稿では、ネイチャーポジティブのための、資金の流れに影響を与える生物多様性データの取得と利用方法について、私見を述べる。ただし、生物多様性の測定基準や指標を包括的に分析するのではない(そのようなレビューはすでにある)。その代わり、著者自身の国際自然保護連合(IUCN)での経験から、状況を改善するために必要な、生物多様性データと測定基準の一般的な要件を議論する 。

特定の地域の土地利用と種の絶滅の関係はけっこうわかっている(著者自身のマダガスカルの森林伐採と鳥類の例の紹介)。しかし問題は、バリューチェーン(特に農産物)全体が与える影響を解明することである。例えば、ある商品の購入が、ある種/生物多様性にどのような影響を与えるか、さらにそれが昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)の目標にどう影響を与えるか、ほとんどわからない。KMGBFを成功させるために、投資決定に影響を与えるために、生物多様性情報の収集と活用という観点から、私たちは何をすべきか?(Box1)

Box1. 昆明・モントリオール生物多様性枠組の2030年目標の例

目標15:企業は生物多様性に関連するリスクと悪影響を評価し、開示し、削減する。
目標19: 国際的資金による300億ドルを含め、生物多様性のためにあらゆる資金源から年間2,000億ドルを動員する。

生物多様性への投資を増やす

現状、企業と自然との関わり方を変えるためには、2つのアプローチがある。 ひとつは、生物多様性への投資を通じて利益を上げる方法を開発すること(Conservation Finance, 保全のための資金調達など)。 これは一見、理想的な解決策のようにみえる。 生物多様性を保全・再生するだけでなく、経済的な機会に恵まれない人々がプロジェクトに参加すれば、貧困の緩和にもつながる。 生物多様性を保全・再生するための投資には先例がある。様々な認証制度・エコツーリズム・最近では生物多様性クレジット市場などである。 生物多様性保全に関わる市場に参加する投資家の動機はいろいろで、純粋な利益追求よりも差別化とイメージ戦略のためかもしれない(Box 2)。

ボックス2. 企業が生物多様性クレジットを利用する潜在的な理由
・環境・社会・ガバナンス(ESG)の信頼性向上のため
・ステークホルダーへのストーリーテリング
・従業員の価値観
・生態系への影響
・手ごろな価格
・規制の回避
・PR戦略の保険

(おそらく、出典はBiodiversity Credit Alliancenによる
こちらの資料 Demand-side Sources and Motivation for Biodiversity Credits

しかし、生物多様性の保全・再生に資する金融商品の開発は非常に難しい。生物多様性の豊かな国(つまり、途上国)では、ガバナンスと公平性の問題が大きく、生物多様性にポジティブなプロジェクトをとりまとめ、リスク調整後の収益を生み出すことはかなり難しい(引用はConservation Finance report 2021の資料。読んでないですがいろいろ苦労が書かれてそう) 。 保全に関わる金融商品を、機関投資家が必要とする規模にするためには、通常小規模な案件を数百万ドルのビークル(組織や信託)に組み立てる必要があるが、これも大きな障害であり、金融セクターがカバーできないコストである。 環境プロジェクトに向かう名目上の資金は増加しているが、生物多様性を冠したファンドはほとんどない(2023年には10%未満)。また、ほとんどすべてが、世界的に生物多様性が重要な地域ではなく北側先進国の生態系が対象である。 真に保全に資する取引は、採鉱や石油・石炭の採掘のような環境破壊的な事業のほんの一部に投資される資金に比べも、まだほんのわずかしかない。 保全のために必要な資金と、実際に投資されている資金とのギャップは、年間約5000億ドル~1兆ドルであり、民間資金によって埋められるには程遠い。また、補助金への政府支出(訳注:引用の文章から推測するに、いわゆる「有害な補助金」のことか?)は、自然保護への公的資金の約2~4倍である。

自然保護への民間投資を拡大する障害は明確である。投資家は常に安価で簡単なリターンを求めているが、ほとんどの保全プロジェクトはリスク・リターン特性が悪く、規模が小さく、設立コストが高い。低金利融資・助成金・一次的損失に対する保証金・信用保証を提供することで、投資家のリスクを低減すべきである。開発金融機関にリスク・ファイナンス(訳注:リスクが顕在化した際の企業経営への負の影響を緩和・抑止する財務的手法)に必要な資金を提供させて、取引をより魅力的にすることは非常に困難だった(訳注:著者の個人的経験?)。 私には、このような形で開発金融を活用して、生物多様性という非常に重要なグローバル公共財への民間投資を増やすことが、公的資金の理想的な使い方であるように思える。 また、それにより地域社会は新たな持続可能な経済活動への参加という恩恵を受け、これまで社会から切り離され/権利を奪われていた人々(多くの場合、最貧困層の人々)にも資金が流れ、世界はより多くの、より良い自然を手に入れることができる。しかし、金融プロジェクトの引き受け案件フローがほとんどないところでは、リスク・ファイナンスの需要も少なく、利用できるリスク・ファイナンスも少ないため、鶏と卵の問題がある(訳注:プロジェクトが沢山ないとリスク・ファイナンスも発達せず、リスク・ファイナンスが発達しないとプロジェクトがたくさん生まれない)。 この問題に対する解決策は明白だが、実行されることは少ない。

もちろん、プロジェクトが始動した暁には、必要とされる巨額の投資が約束した生物多様性への好影響を確実にもたらすことが不可欠となる。 しかし、これは保全生物学者にとっても難しい課題である。投資家たちは、投資を導くには適切な生物多様性を測定する枠組みないことが障害となっていることを認識している。これまでのところ、特定の場所で、具体的な企業活動による生物多様性の損失を測定し、それに対応する企業の対応策を提案し、KMGBFにおける生物多様性目標に定量的な貢献を実現するための実用的な方法論は存在していない。

メモ:この節は多くの文に同じ引用が当てられている。保全投資に関する文献が少ないことを反映しているのかも。特に以下の2つは重要文献ぽい。
・Coalition for Private Investment in Conservation. Conservation Finance report 2021.
・Coalition for Private Investment in Conservation. Building a capital continuum for nature-positive investments. 2023.

生物多様性リスクの理解

企業と環境との関わり方を変えるためのふたつめの選択肢は、生物多様性関連リスクに焦点を当てたものである。 これらのリスクは、依存リスクと影響リスクに分類される。 依存リスクとは、自然が喪失することで、企業が製品生産能力が低下すること(訳注:企業が受けている生態系サービスと同義?)。影響リスクとは、企業が自然を毀損するリスク。例えば、農業用地を確保するために熱帯雨林を伐採するなどの企業の行動が、生物多様性の損失を通じて社会全体にコストを課す場合を指す。

まず行うべきは、悪質な企業行動が生物多様性に与える影響と、それが企業にどのようなリスクをもたらすかを特定すること。そのためには生物多様性がどこでどのように影響を受けているかを知る必要がある。管理権限を行使できる土地資産を持つ企業にとっては、生物多様性リスクを把握することは比較的簡単である。例えば、IBATのようなサービスを使えば、企業は自分たちの行動が現場レベルで生物多様性にどのような脅威をもたらしているかを評価できる。

メモ:IBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool, 統合生物多様性評価ツール) https://www.ibat-alliance.org/?locale=en
任意の地点を入力すると、①その付近に分布するIUCNレッドリストの種数②保護区③生物多様性の保全上重要な地域(KBA)④STARという指標(論文中で後述されます)をが返ってくる。直感的に操作出来て、非常に使いやすい。UNEP, IUCN, CI, バートライフなどが開発。①ー④の指標のほぼ全てがデータも計算方法も公開されている。例えば、②保護区と③KBAのデータベースは以下のサイトから誰でも一次情報にアクセスできる。
世界の保護区:https://www.protectedplanet.net/en/thematic-areas/wdpa?tab=WDPA
世界のKBA:https://www.keybiodiversityareas.org/kba-data

IBATには無料版もあるが、1地点ごとしか入力できず、大雑把なデータだけしか返してくれない。有料版は年間約70万(Basic)~500万(Enterprise Plus)。

環境省がツールの解説・使い方資料を公開している。  https://www.env.go.jp/content/000168520.pdf

日本企業のTNFDレポートでも、IBATを利用している例を見ます。例えば:ドコモグループ住友ゴムなど。ただ、IBATが提供する最も重要な指標であるSTARを使っているレポートはあまりない印象。

金融業界では、投資をするときに、可能な限り生物多様性に対する影響を最小化されるよう推奨されている。しかし、その本気度(訳注:コミットメント)には、依然として大きなギャップがある。資産運用者の間では、生物多様性の重要性への認識は向上している。しかし、生物多様性や生物多様性関連リスクに対するコミットメントがほとんどなく、リスク評価が不十分である。

おそらくより重大な課題は、農産物の生産地域とそれらのバリューチェーンにおける利用を結びつけることである。様々な組織が公開しているリスク評価ツール群(メモ参照)は、せいぜい国レベルかそれ以上の広域な基礎データソースから、各企業セクターの生物多様性に対する影響を集約している。このような評価ツールを使った分析結果は、企業がリスクにさらされる可能性のある地域を大まかに把握することはできるが、リスクを最小化するための行動を特定することにはあまり役立たない。企業にとって明確な課題は、生産がどこで行われ、その結果、基盤となる生物多様性にどのような影響が起きているかをより詳細に特定できるようにすることである。

メモ:生産拠点とバリューチェーン全体のリスク評価ツール
Biodiversity Risk Filter by WWF:https://riskfilter.org/biodiversity/home
日本語紹介資料:https://www.env.go.jp/content/000174921.pdf
Trase:https://trase.earth/
Forest IQ:https://forestiq.org/
ENCORE:https://encorenature.org/en
日本語紹介資料:https://www.env.go.jp/content/000174922.pdf
Exiobase:https://www.exiobase.eu/
Nature Risk Profile:https://www.spglobal.com/esg/solutions/nature-risk-profile-methodology.pdf

日本企業のTNFDでは、ENCOREを利用している例をよく見る。これは、各企業が関与しているセクターを入力すると、そのセクターの平均的な(?)影響リスクを、要素ごと(土地利用、水利用、大気汚染、土壌汚染など)ごとに返してくれるサービス。自社の影響リスクではなく、あくまでセクターの平均的な影響リスクを教えてくれるだけのサービスという点に注意。つまり、環境対応に先進的な企業でも、遅れてる企業でも、同じセクターであればENCOREで出力されるリスクは同程度になってしまう。自社が所属するセクターの重要課題を見つけるのを補助するツールという感じでしょうか。

これを行うための最初のステップは、「商品生産の位置」と、「生物多様性への影響」を結びつけることである。これには、例えばTrase(メモ参照)というツールを使い、商品生産の調達先の位置情報に関するデータが必要である。生物多様性への影響に関しては、「ボトムアップ型」の空間的に明示的なデータセットから、生物多様性指標を生成することが不可欠である(3つ下のメモ参照:生物多様性の指標にはボトムアップ型とトップダウン型がある)。このようなボトムアップ型の指標の1つが、STAR(Species Threat Abatement and Restoration, 種の脅威緩和および回復)であり、特定の地域における商品生産の影響を定量化できる。その後、絶滅危惧種や生態系の存在を確認、脅威の存在と深刻度を確認し、行動を特定し、脅威の強度を減らすための目標を設定し、KMGBFの目標へ定量的に貢献することできる。このプロセスはIUCNのMeasuring Nature-Positiveイニシアチブでより詳細に説明されており、これは、Science-based Targets Network (SBTN) のアプローチに基づいている。(訳注:この辺は、IUCNの宣伝っぽくなっている)

しかし、実際の影響リスクを、不透明なバリューチェーンに沿って追跡するのはとても難しい。最終製品を提供する企業にとってバリューチェーンの各段階を遡るのは極めて難しく、調査するために必要な時間とリソースを確保できない。バリューチェーンの開示のもう一つの重要な障害は、特に小規模な企業が、自社の調達を機密情報と見なしていることである。また、たとえ企業がバリューチェーンの中に悪質なサプライヤーを発見したとしても、より責任のあるサプライヤーに切り替えるための取引コストは高く、また適切な品質を維持できないという懸念が伴うことがよくある。

これらの障害が、企業の自主的な開示を抑制している。しかし、近い将来、より厳格な開示および報告要件が生じ、企業に対して、使用する商品の生物多様性への影響をより詳しく理解することを強いる可能性がある。自然関連財務開示タスクフォース(TNFD)などの枠組みは、企業に開示の概念を導入している。TNFDが国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)の一部になる可能性があれば、TNFDが生物多様性に関連する核心指標を適切に要求する限り、企業行動に与える影響は非常に大きくなる可能性がある。しかし、現在のところ、TNFDには種の絶滅に関する「仮の核心指標」しかない。企業の開示が本当に生物多様性への影響に関連するようにするためには、この仮の指標を、特定の場所での絶滅危惧種に対するリスクと影響を真に反映する指標、例えばSTARのようなものに置き換えることが重要である。KMGBFでも同様に、現在は「企業や金融機関が生物多様性に対する影響や依存を開示することを奨励する」という弱い目標しかなく、これによって企業の開示は生物多様性と直接関連しない自主的かつ一貫性のない開示にとどまっている。

ただし、TNFDのアプローチを試行する企業は、現在の形式でも負担が大きいと述べている(深野メモ:私も企業の実務者からそのように聞きます。脱炭素・水・その他のサステナビリティ業務が膨大にある中で、さらに生物多様性が追加されるというイメージ)。そのため、生物多様性への影響を把握し対策するための追加の労力は、可能な限り簡素で自動化されたものである必要がある。

企業の開示が、生物多様性への影響を大幅に減少させることにつながるためのもう一つの重要な要素が、規制によって裏付けられていること。特にEUでは、この規制フレームワークが進展している。EUの欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)、特にデジタル製品パスポート(DPP)など(Box. 3)。2023年に成立したEUの森林破壊防止法(EUDR)は、森林破壊に関連する商品の輸入を禁止するため、カカオ・コーヒー・パーム油・大豆などの生物多様性への影響を減少させる可能性がある。しかし、意図しない逆の影響もあり得る。つまりEUDRによって、企業の調達先が、(森林破壊をしていない保証する能力が低い)小規模生産者から(保証するためのコストを負担できる)大規模な生産者へ切り替わっているようだ。これにより、市場を失った小規模生産者は、自給農業をはじめることで、結果として森林破壊がさらに進む可能性がある(引用はこちらのロイターのニュース記事)。

Box 3.  生物多様性への影響に関する企業報告のためのEUの新しい枠組み
2023年7月に採択された欧州持続可能性報告基準(ESRS)、特にE4は生物多様性と生態系に焦点を当て、前例のない規模で報告要件を強化している。 2024年に報告義務を負うのは上場大企業・銀行・保険会社のみ。その他の大企業は2025年、中小企業は2026年で、その後2年間はオプトアウト(脱退?)が可能である。 懸念点は、報告企業が何を重大なリスクと考えるかを正当化する必要がないため、例えば複雑なバリューチェーンを通じて発生する影響など、詳細な情報を持たない影響を単に除外することができる、というものである。(訳注:企業側が、報告する/しない情報を決められるシステムになっているということか)

根本的な問題は、企業の関心が「影響リスク(企業→自然)」ではなく、「依存リスク(自然→企業)」に集中していること。そして、これがさまざまな開示フレームワークに反映されていることである。例えば、UNの環境経済勘定SEEAでは、経済活動が生態系に与える影響ではなく、経済パフォーマンスが生態系に依存しているかどうかに焦点を当てている。同様に、TNFDも依存と影響に関する報告するような開示フレームワークだが、企業活動がKMGBF目標1~4(保全割合など生物多様性保全への具体的目標)にどのような影響を与えるか、その影響を緩和する方法には言及がない。欧州サステナビリティ報告基準でも、「ダブルマテリアリティ(メモ参照)」に言及されているものの、生物多様性への影響を理解するための指針が十分に整備されていない。KMGBFでも、目標15は企業が報告と開示行動を改善することを求めるだけで、基盤となる生物多様性の目標1から4の達成とは結びついていない。

メモ:マテリアリティとは
企業が取り組むべき重要課題のことをマテリアリティと呼ぶ。環境や社会が企業の財務に与える影響を重視する考えをシングルマテリアリティと呼び、企業活動が環境や社会に与える影響も重視する考えをダブルマテリアリティと呼ぶ。(依存リスク vs. 影響リスクに対応すると考えていいのだろうか、あるいは投資家目線 vs. 社会・環境も含む目線ともいえる?)

これらの開示フレームワークの良い点は、企業が生物多様性に関連する問題に精通し、自社の自然への依存が単に重要であるだけでなく、自社が管理可能な問題であると認識し始めていること。一方で、企業が社会全体に与える生物多様性への影響は一般的に重要とは見なされていない。

ただし、保険と年金セクターは、影響リスクを重視し始めている。保険会社は、被保険者であるすべての企業のどこに、どのようなリスクが顕在化するかについて戦略的かつ長期的に考えているため、他の多くの企業と比べて影響リスクにさらされているといえる。 そのため、保険会社は、影響リスクを管理していない企業に対しては、保険料を高く設定することができる。 年金セクターも同様の長期的かつ広範な視点を持っており、投資先が将来にわたって同じようなリターンをもたらすことを知りたがっている。 企業が生物多様性への影響を軽減しない場合、システミック・リスク(連鎖的で大規模な損失につながるリスク)に見舞われる可能性が高く、この増大するリスクを管理しない企業は、株式売却の格好のターゲットとなる。(メモ:この辺、研究としても未解明な部分が多いはず。マクロ生態学は、生態系の破壊がシステミックリスクにつながる可能性を説得力を持って明らかにできれば、投融資の動きを変えることで、生物多様性保全につながるかも)

生物多様性の指標

資金の流れを適切に調整するためには、資金の流れが生物多様性に与える影響について、その供給源(訳注:投資家??この段落、訳が不安)が説明責任を果たさなければならない。 つまり、生物種や生態系の分布のばらつきを反映した微細なスケールでの生物多様性の空間的分布に関する知識を、資金の流れによって賄われる活動(訳注:保全に資する企業活動?)とリンクさせなければならない。 したがって、生物多様性の指標として重要な要件は、生物多様性へのインパクトを測定できるだけでなく、企業にとってのリスクを低減するために役に立つものでなくてはならない。多くの企業が様々な指標を開発しており、混乱している。中には、企業が回復や保全を行ったと主張する「フットプリント」によって、不誠実な企業の信頼性の隠れ蓑を提供する企業もある。このアプローチは、特に金融セクターで広く採用されている(訳あってる?結構な批判に思えるが、この文に引用はない)。上記のリスク評価ツールで使用されているトップダウン型のフットプリント手法を使えば、企業は行動を開始すべきセクターや、もしかすると地域まで特定することができる。 しかし、生物多様性の急速な損失を防ぐためには、特定の場所で介入し、変化を起こし、実際の生物多様性が改善される必要がある。(トップダウン型の指標だとそれができない、と言いたいのだと思う。メモ参照

したがって、生物多様性指標は「ボトムアップ型」で構築され、生物多様性の変動の規模に則した空間的解像度を持つ必要がある。また、何らかの介入をすることで生物多様性に対する脅威がどのように変化するかを示す必要がある。IUCNが提案するMeasuring Nature-Positiveイニシアチブやその中で用いているSTAR指標を薦める。このフレームワークでは、セクター企業のフットプリント、国の政策目標、そして最終的にはKMGBFに統合することが可能である。

メモ(長い):ボトムアップ型とトップダウン型の生物多様性指標
ここで説明する内容は引用されてた以下の論文から。同じ著者です。トップダウン型ではなく、ボトムアップ型の指標を使うべきだ、というのはこの方の大きな主張なのだと思います。
Hawkins et al. (2024). Conservation Biology, 38(2), e14183. 

企業が使えるような地球レベルで整理されている生物多様性の指標として、MSA(平均生物種豊富度)、PDF(種の潜在的消失率)、IMPACT World+(LCAに地域性を加えて生物多様性への影響も評価する方法?)などがある。(深野の解釈:これらの指標、現地の生物多様性とは関係なく、既存のデータベースなどから計算されるという意味でトップダウン型の指標といえる?)。例えばMSAは、GLOBIOというアプローチで計算され、ある地点の土地利用タイプや幹線道路からの距離などから、その地域の生物が無傷な状態と比較してどれくらい劣化しているかを評価できる。(メモ:地球全体を1km×1kmくらいに切った区画ごとのMSAが計算されオンラインで公開されています。見た方が早いかも。URL:https://www.globio.info/globioweb)。このような指標は、様々なツール群や、金融機関のポートフォリオに含まれる企業の生物多様性フットプリントを推定する際に使われている。(メモ:例えば、BNPパリバは、MSAをベースにした生物多様性フットプリントを独自で計算し、投資先を評価している。またTNFDの仮のコア指標としても挙げられている。)

トップダウン型の指標は広域で、既存のデータベースから計算できるという利点があり、企業や投資家は広域の情報を簡易的に手に入れることができる。一方で、重大な制限が結構ある。①指標自体が生物多様性の保全と関係がないという点。例えば、保全上非常に重要な地域そうでない地域に同じ値になることはよくあるし、保全活動をしても値は変わらない。②スケールが大きく、種の分布/絶滅が適切に反映されない。③推定値は大まかな外挿に依存し、現地調査による評価はなされないので誤差が大きい(メモ:MSAのマップをよく見てもらえるとわかります。日本のデータは多くの生態学者の直感とズレてるところも多い気が)。④計算上、生物多様性に強い影響を与える「持続不可能な資源利用(採掘など?)」と「外来種」の影響を考慮できない。

このような問題は、企業と生物多様性の関係を改善する上で大きな障害となる。まず、現地調査と組み合わされない指標なので、誤差が修正されず擬陽性・偽陰性の両方が起きる。そして空間的解像度が低いので、せっかく調達先を負荷の少ないところに変えたとしても、フットプリントの値が変わらない可能性もある。また、全球で生物多様性が相対値としてあらわさられるので、生物多様性の低い砂漠生態系で種数を半分にする企業活動と、多様性が非常に高い熱帯雨林で半分にする企業活動が同じ値として評価される。

こういった問題があるので、実際の現地調査をベースにした「ボトムアップ型」の指標で補完する必要がある。ここでは、ボトムアップ型の指標として2つ例示されている。
Global Persistence Score https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/2041-210X.13427
STAR(Species Threat Abatement and Restoration)
https://www.nature.com/articles/s41559-021-01432-0
STARの計算方法はこちらで紹介されてる
https://youtu.be/uHd-YX5vX80?t=58

MSAなどトップダウン型の指標では、ある地域に介入して生物多様性が増加しても、それが指標に反映されない。そのため、企業が生物多様性リスクが大きい調達先を見つけたとき、そこを介入によって改善するのではなく、調達先から除外するようなモチベーションにつながる。そして放棄されれば、状況は悪化するだろう。一方、STARなどボトムアップ型の指標では、介入より状況の改善が指標に反映されるため、企業が適切な介入をするモチベーションにつながるはず。

結論として、第一段階の広範囲・大まかな・迅速なリスク評価にはトップダウン型の指標を用いて、リスクの高い具体的な地域が特定されたらボトムアップ型の指標を用いた方が良い。

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という結論。深野もそのように思う。トップダウン型指標は現地調査無しで評価できるので、企業のサステナ部門も扱いやすいし、コンサル企業も提供しやすい。しかし、生物多様性というのは地域性ありきの概念なので、ボトムアップ型の指標で補完される必要がある。と思う。

またいずれの指標も、全て論文でデータや計算手法が公開されている。生物多様性の情報開示では、営利サービスであっても、データや計算手法は全て論文として公開して再現可能な状態にある。当たり前ですが、第三者が検証不可能なブラックボックス的な指標や値は、投資家への開示情報として不適切なのだろう。

データ収集と提供のための技術

AI、e-DNA、カメラトラップ、音響データなどの新技術は、種の存在を確認し、脅威が軽減されたことを確認する上で大きな可能性がある。 しかし、現在のところ、(特にe-DNAについては)リファレンス情報やデータ検証が不足している。

IBATやリモセン・e-DNAのような技術を提供する組織は、サブスクリプションやデータを販売するというビジネスモデル。生物種のデータについては、これが現在のところ、データのキュレーションとアップグレードにかかる費用の一部をカバーする唯一の方法である。というのも、慈善団体や政府の財政部門がこのような重要なグローバル公共財を支援することに対して、奇妙なほど消極的だからだ(やじ:著者のIUCNとしての恨み節が聞こえる)。もしこのような消極的な組織や政府からの財政的支援があれば、データの配信時に料金を課さず、意思決定のためにデータを使用することに制約を設けないようにすべきである。

KMGBFを達成するには、世界中のあらゆる場所で潜在的な貢献が評価されるようにするための基礎となるデータセット、何千もの入力を処理するための十分な帯域、それぞれに必要となるすべての計算資源など、非常に堅牢なサポートが必要である。

「もし」、こうしたデータ(全世界的な高解像度の生物多様性情報)が無料で提供されれば、私たちの利益は計り知れない。企業が報告・開示義務を守れるようになるだけではない。例えば、政府がより持続可能な農業への移行を支援することで消費による生物多様性に対する影響を緩和しようとしたとき、このようなシステムは膨大な価値を持つだろう。また、十分な規模とリスク・リターンを持ち、生物多様性に持続的な好影響をもたらす金融商品が開発されれば、ポジティブ・ファイナンスの大きな可能性が生まれる。 しかし、それは大きな「もし」である。

生物多様性クレジットへの関心の高まりは、投資家の関心がそこにあることを示す明確な指標である。 しかし、現在のところ、生物多様性クレジットの需要がどのように機能するのかを正確に把握することは難しく、生物多様性への影響の指標に関する大きな課題があります。世界中のどこでも同じように適用可能で、客観的かつ科学的に確かな方法で評価された指標である必要がある。

保全への投資拡大に必要なデータと知識

手つかずの生物多様性が十分に安定した重要な価値を持つ場合、保全への投資は、先住民や地域社会(IPLCs)に長期的かつ公平な収益をもたらす開発経路の基礎となり得る。 このような公正な移行が達成されるためには、IPLCの構成員が生物多様性が意味するものについて、投資家と共通の枠組みで合意できなければならない。 また、投資家とIPLCの間の合意は、過去の反省を踏まえ、対等な交渉力を持つ立場で締結されなければならない。

上記で開発されたデータと指標を使用して、対象を絞った検証済みの生物多様性クレジット・債券・債務スワップ・成果ベースのソブリン債(メモ:こういうの?絶滅危惧種保護を資金使途とする世界初の「野生生物保護債券」)など、保全の成果を達成するための金融にイノベーションが必要である。しかし、これらは、IPLCなどの構成員の関心や能力を反映するように調整する必要もある(メモ:金融商品は仕組みを理解するのが本当に難しい。よくこんなの考えたな…という感じ)。各地域のプロジェクト開発者・金融機関担当者の能力を上げることや、保全取引のデューデリジェンスの支援、なにより大量の助成金や低利融資が必要。そしてこれらの支援は、KMGBF生物多様性目標に対して重要な貢献を果たす可能性が最も高い、地域コミュニティ、先住民、中小企業(SME)を対象とするべきである。

理想的な結果は、様々な人たちが利用でき、同じ指標を参照することができる大規模なデータ管理システムである。TNFDおよびそのパートナーは、レッドリスト・KBA・世界の保護区など革新的なデータセットが統合されたシステムを構築するように提案している(メモ:こちら)。このようなシステムと、IUCNのMeasuring Nature Positiveアプローチなどと組み合わせれば(メモ:隙あらば宣伝)、様々な人が計画し、実施し、報告するための道筋を得ることができる。

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まとめは省略。以上です。




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