レモンが運ぶ至福のひととき
元気が出ない朝。ベッドでごろつく休日。気持ちが張り詰めて眠れない夜。
温かい紅茶に自家製はちみつレモンを落とす。
スライスされた鮮やかな黄色。ふわっと香るフレッシュな酸っぱさ。
紅茶を口に含むと優しい甘さが広がる。
―――ああ。生き返る。
私はあまり体力や気力に満ち溢れた人間ではない。そのくせ、好奇心だけは人一倍強くて、気になることはやってみないと気が済まないし、幸せなことに友人からお出かけのお誘いをいただく機会も多い。知らず知らずのうちに自分の体と精神を酷使して、ふとした瞬間にダウンしてしまう。
一度そうなると、ひとりで部屋にこもりきる。家族と話すことも出来ないし、SNSもシャットダウンする。部屋の明かりもベッドライトだけ。ヒノキのアロマを焚いて、ひたすらベッドで目を閉じて深呼吸し、寝る。これが私の充電時間だ。
それでも、休日が空ければ当たり前に平日はやって来る。まだ自分の心を取り戻せていないまま、抜け殻のような状態のまま、出勤しないといけないこともある。仕事や人間関係で悩んで、食事がのどを通らない日もある。そういう時、私は大好きなお茶を飲むことで自分の気持ちを奮い立たせる。お気に入りのカップに並々とつがれた液体をゆっくりと体内に取り込む。すると、なんだか幸せを取り込んだ気持ちになるのだ。
そんな私のストレスマネジメントに、最近になって新ルーティーンが追加された。『自家製はちみつレモン』である。とはいえ、時間がかかるものではない。単にレモンを輪切りにして、タッパーに敷き詰め、そこにたっぷりのはちみつを垂らして漬け込むだけだ。事前に作っておけば、忙しい朝でもお手軽に実現できる。そして、不思議なことに、そのひと手間によって幸福度がかなり上がることに気付いた。
幸せはレモンを洗うところから始まる。明るい黄色は自然と心を明るくするし、表皮ではじける水にも癒される。水に触れながら丁寧に汚れを落とす。ひんやり冷たくて瑞々しい黄色が手の中で転がる。
よく汚れを落としたら、スライスしていく。包丁の刃を通すたびに、こぼれた果汁からさわやかな香りが漂う。スライスされたレモン片が増えるほど、その香りは濃くなって、ぼんやりした頭がすっきり軽くなるのを感じる。
切り終わったら、密閉可能なタッパーにレモンの輪を敷き詰める。黄色の輪っかでタッパーが満たされたら、はちみつの出番だ。瓶からスプーンでとろとろしたはちみつをすくい、レモンに垂らしていく。ひとすくい、ふたすくい。琥珀色のはちみつが鮮やかなレモンの色をレトロに染めていく。ひたひたに浸ったら完成。私の場合は冷蔵庫に入れて保管して、1週間ほどで消費する。
はちみつレモンは、科学的にも疲労軽減効果があることが立証されているらしい。しかし、私の場合は、はちみつレモンを作り、お気に入りの紅茶に落とすという行動から癒しや幸せを得ている。作業療法のようなものなのだろうか。作る過程で疲れが軽減されて、紅茶にくぐらせている時間にほっとする。ちょっとしたひと手間で幸せは作れるのだ、などと大真面目に感じたりもする。
今朝もレモン入りの紅茶を飲んだ。お世辞にも上品とは言い難い並々の液体の中に浮かぶ輪切りを、スプーンでぷすぷすと刺してから口に含む。
―――甘い。酸っぱい。シャキッとする。ほっとする。
今日も元気に生きてる、私。
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