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入れ歯作りはものつくりの歴史

医療が一般的になったのはごく最近のことです。歯科治療など、床屋の延長だと思われていましたし、歯を作るなどの素材が開発されたのも戦後です。

ただ、日本には16世紀には『入れ歯師』という職業が記録されています。江戸時代には本居宣長の家に『入れ歯師』を呼んだと記されていますので、今で言う訪問診療でしょうか。日本人は柘植の木を削って作られ、噛んだ跡も残っているので、きちんと機能できた義歯でした。ジョージ・ワシントンも歯がなかったらしいのですが、遺骨を見ると明らかに変形していて入れ歯を無理に使っていた疑いがあるそうです。日本の木彫りの入れ歯はもともと❝仏師❞と呼ばれる職人が製作していました。昔から日本の職人は高い技術を会得していたのです。余談ですが平安時代の『お歯黒』も化粧とされていますが虫歯治療の一環と言えましょう。

時代は下って、1950年代に、ドイツのDr.Gerberがコンデュレーター理論を発表し、それが総義歯治療の『standard』であり『comprehension』であり『universalisation』であると確立されました。

当時は(もちろん現在でも)歯科大生は虫歯の修復物や義歯を自分で製作出来るよう厳しい指導を受けていましたからそれなりの理論と技術は持ち合わせていたものの、段々と様変わりしていきました。医療と言えども時代の流れとともにあります。

良い義歯は特殊な職人技なのか

1950年代はまだ日本は敗戦の色濃い、法整備などもまだまだ着手したばかり、試行錯誤の時代だったと言えます。

今では当たり前の国民皆保険制度は1961年にスタートしました。健康や病気の予防の必要性が身近になり始めたころです。義歯も歯医者の❝言い値❞ではなく、やっと日本全国、どこでも同じ料金で作れるようになりました。それまでは、せっかく理論が確立し良い入れ歯が作れるように教育された歯科医師が誕生しているのに、10年以上も❝安価❞で❝良い❞入れ歯は供給されなかったことになります。

では皆保険制度でどう様変わりしたのか?安くて良い入れ歯を提供できたのか...?

皆保険制度で、1医院当たりの患者数は飛躍的に増えました。先輩方から待ち患者さんの列が表まで並んだ、とか、午前中の親知らずを20本抜いた、とか数々の武勇伝を聞いたものです。

繁盛するのは良いことです。より良い環境を整え、スタッフや後輩に良い教育を伝授できます。

2021年現在、新型コロナウィルスで医療崩壊が叫ばれていますが、なぜ病床が足りないのか、看護師が集まらないのか、マスクや防護服がすぐ手に入らなくなるのか、皆保険制度が原因と決めつけることはしません。ただ間違いなく要因のひとつでしょう。

今後、日本は未曽有の少子高齢化社会を迎えます。皆保険を維持しながら限られた予算内で技術を磨き、教育もし、設備投資もしなければなりません。現場のリストラだけで実現できるでしょうか?歯科だけでなく医療は社会の重要なインフラだと私は考えます。大事にしたい、もっと良くしたい、そう願ってやみません。

翻って、歯科医師は常に『医療人』としての研鑽を積み患者さんの信頼に応えることをやってきたのか....?

これは自戒の言葉でもあります。























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