見出し画像

劇場版「きのう何食べた?」がもたらしてくれたもの

日頃自宅での家事は母任せ、まともに料理をすることのなかったわたしが急に料理をしたいと思い立ち先月から料理を始めた。

”今年こそ料理を覚える!”と毎年の抱負に掲げながら達成されることなく月日が流れ、2021年も終わりの気配を感じ今年も叶うこともないのか…と思っていたこのタイミングで。

劇場版「きのう何食べた?」を観たのがその大きなきっかけだ。

街の小さな法律事務所で働く雇われ弁護士・ 筧史朗 【シロさん】 (西島秀俊)とその恋人で美容師・矢吹賢二【ケンジ】(内野聖陽)。同居する二人にとって、食卓を挟みながら取る夕食の時間は、日々の出来事や想いを語り合う大切なひととき。ある日、史朗の提案で、賢二の 誕生日プレゼントとして「京都旅行」に 行くことになる。しかし、この京都旅行をきっかけに、二人はお互いに心の内を明かすことができなくなってしまう…。
そんななか 、史朗が残業を終え商店街を歩いていると、偶然、賢二を目撃する。その横には見知らぬ若いイケメンの青年(松村北斗)が…!さらに小日向大策(山本耕史)から井上航(磯村勇斗)が居なくなったと相談を受け…。
穏やかであたたかい毎日が一変。当たり前だったはずの
平凡でゆっくりとした日常を取り戻すことはできるのか―
シロさんとケンジの今後の人生を揺るがす、物語が始まります。

2019年にTVドラマ化されたよしながふみさん原作漫画の実写化作品の待望の続編。

ドラマ時代から”何食べ”の世界観が大好きで、出演者の方々のコミカルな演技や軽妙な会話のやりとりが心地良く、シロさんとケンジ2人の食卓を通して描かれる彼らの日常はクスっと笑えて観終わるとほっこり温かい幸せな気分になる。

元々「南極料理人」や「深夜食堂」など美味しそうな料理が出てくる作品が好きなわたしは必然のように劇場版何食べも大好きになった。今回の劇場版公開に際してパンフレットや公式ガイドブック、レシピ本特集雑誌などうきうき意気揚々と買い揃えた。趣味が映画鑑賞で年間数十本映画館鑑賞する中でリピートして観る作品、パンフレットを買う程気に入って思い入れを持つ作品というのは年に数本あるかどうか。殺伐としたこのご時世に”何食べ”という癒される優しい作品に出会えたことをとてもうれしく思う。

劇中に登場する料理がどれも美味しそう、ストーリーが面白い、それぞれのキャラクターが愛おしい、魅力的な要素は沢山あるけれど、この作品がマイノリティのリアルな現実や心情を描いているところにも心が動き胸に響く作品だと感じる。わたし自身が双極性障害というマイノリティでもあり作品内のエピソードにも共感を覚える。


特に印象的だったフレーズを挙げてみよう。

―つまんないね何がいいのか全然わかんない。孫ってそんなにえらい?子供なんていなくたって本人たちが幸せならそれでいいじゃん(ジルベール 井上渉)

同性愛のカップルの方が子どもを持てないことと事情は異なるけれど、自分の症状では体質では子供を産み育てることはできないと生涯子どもを持つことを諦める決断をしたわたし自身も以前同じように思っていたし実際同様のことを口にしたこともある。子どもが好きでいつか自分の子どもができることを夢見ていた人間としては、”普通に”家庭を築き子どもを設けることが幸せという価値観に触れると複雑な心境になる。実際兄夫婦に第一子を授かったと知った時は言葉では表せないほど激しく落ち込んでジルベールよりもヒステリックに嘆き悲しんだ。

とは言え、かつてそのように思っていた時期もあった、というのが正確なところで、今は子どもを持つ人生も持たない人生も人それぞれ、その人が幸せと思う道を歩めればそれでいい、そのように思う。だからこそジルベールの言動はかつての自分を見るようでとても共感したしどこか懐かしさも覚えた。

ちなみにわたしの母は小日向さんの包容力と優しさ忍耐強さ、佳代子さんの明るさを足してマイルドにしたような性格の人だ。


―今年の正月にケンジ君と二人で来てくれた後、母さん倒れて寝込んだんだ!(史朗父)

わかる…わかるよ…!シロさんのお母さん! わたしも兄が甥姪を連れて一家で帰省して来た時は毎回具合悪くなる 苦笑 決して彼らのことを嫌っているとかではないのに自分の意志とは関係なくどうにも体調が悪くなる…

ケンジの「会いたくない、もう来るななんてひどい」という言葉ももっともで、図らずも映画作品を通して拒まれる側のことに思いを巡らせることになった。


―信用してもらえなかったまともに取り合ってもらえなかった、ずっとそうだったもん。俺たちは居るだけで目障り。先生(史朗)達にはわからないだろうけど…戦えなんてそんな余計きつい思いするだけです。

シロさんが弁護を担当するホームレスの男性の言葉はマイノリティの生きづらさや苦悩を代弁している。”普通”ではない少数派の人間がどんなに声を上げても取り合ってもらえない、この苦しみは痛いほど痛いほどよくわかる。自身が抱える悩みや問題について周囲や社会に理解を求めて勇気を振り絞って精一杯言葉を発しても誰にも届かない応えてもらえない、やがては声を上げ続けることに疲れてしまう。

”何食べ”の人の心の機微に寄り添った繊細な描写にも心惹かれる。登場人物達は時に傷ついたり悩んだりしながら自分が大切に思う人と真摯に向き合って日々を生きている。そんな彼らの姿を観ていると元気をもらえるし観終わるとどこか晴れやかな気分になる。


***


さて、冒頭のわたしの料理の話に戻る。

料理を始めようと本気で思えばこれまでだっていつだってできたと思う。だけど虚弱なわたしの限られた気力体力でこなす”やることリスト”の中での優先順位ではずっと下位だった。自立して何でもできればそれに越したことはないけれど、現実問題としてわたしにはそれは不可能だし頼れるところは人に頼らないと日々の生活を送ることができない。

今年2021年夏以降不調の一途をたどり、もう何もやる気力が湧かないと臥せるようになり、秋にはまったく身動きが取れなくなった。最大の趣味である美容コスメはこの10年間毎日楽しんで向き合うものだったけれど、その美容にさえ疲れてしまった。

その”今のわたし”がこの作品に出会ったことに大きな意味があった、そのように思う。今までの生活の中にも”食事”や”料理”はもちろん当たり前のようにあったけれど、大好きな”何食べ”という作品を通して新鮮な意味を見出すことに繋がった。”もう自分の人生これ以上どうしようもない”と思っていた時に、これまで取り組んでこなかった要素があることに気づき、よし挑戦してみようというささやかな想いが芽生えそれによってほんの少し前向きになれた。実際に自分で料理をしそれが美味しくできるとシンプルにうれしいし、ちょっとした達成感や充実感が味わえるようになりこれからも積極的にトライしてみようと思うようになった。

映画を通して自分の価値観や考えが変化する。これも映画鑑賞の大きな醍醐味だ。

すでに4回観たけれど、劇場公開している間に何度でも足を運びたいと思う。



この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?